第22話 ファンはアイドルの表面しか知らない



「じゃあ行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい!」



 朝から仕事に出ていく凛を見送る。

凛が玄関から出ると俺はすぐにリビングに戻り、

洗い物を始める。


 ここからは勝負だ。

いかに早く洗い物や掃除を終わらすかで、

1日のスケジュールが決まってくる。


 俺はアイドルの凛に養ってもらってる引きこもりニートだが、

良いふうに言い換えれば”専業主夫”でもある。

しっかり家事をこなすのが俺の仕事だ。


 洗い物を進めているといきなり、

ドンドン!と壁を叩く音が聞こえた。


 ・・・隣の三島の家からだ。

これは来い、という合図だ。


 俺はマンションの隣人の三島に、凛と付き合っていることがばれてしまった。

さらにその三島は凛のライバルアイドルグループに所属している。

三島は週刊誌に情報を売らない代わりに、雑用などをこなす奴隷になれと言ってきた。


 ドンドンと壁を叩く音が聞こえるが、放っておいて洗い物を続けていると、

さっきよりも強い勢いでドンドンドン!と壁を叩かれる。



「うるせぇ!洗い物の途中でしょうがぁ!」



 俺が壁にそう叫ぶと、

ドンドンドンドン!と壁が壊れそうな勢いで返される。


 渋々洗い物を止め、

隣の三島の家に向かう。


 自分の家の玄関をゆっくり開け、

周りに人がいないことをよく確認し、三島の家にサッ!と入る。


 玄関で靴を脱ぎ、リビングに進んでいく。

マンションだから間取りはほぼ同じだ。

奥にはソファーに腰掛ける三島が見える。



「遅いですよ。合図したら10秒以内に来てください」


「無理だわ!」



三島は腕と足を組んでソファーに座っており、こちらを見下すような目で見ている。



「これから仕事なので、部屋の掃除をしといてください。あと洗い物と洗濯も」


「いやいや、俺の家のも終わってないんだけど」


「そんなの知りません」



 もっと文句を言いたいが、

凛との関係を知られている以上、従うしかない。



「自分の立場わかってます?週刊誌に情報を売ってもいいんですよ〜」



 三島がニヤニヤと煽るような口ぶりで言う。

普通なら引っ叩いてるが、今は我慢しよう。

仕方なく掃除を始める。



「それでいいんですよ」



 三島は俺を横目に、

優雅にくつろいでいる。

これから仕事じゃねーのかよ。


 三島は凛の所属するヴィーナスのライバルグループ、

インフェルノの人気メンバーだ。


 部屋の感じを見ると、

三島に男の影はない。



「お前、彼氏とかいないの?」


「いないですよ。なんてったってアイドルですから。あなたの彼女と違ってね」



遠回しにアイドルとしての正論を言われる。



「アイドルってやっぱ裏では彼氏いるの?あんまり凛以外のアイドルのこと知らなくてよ」


「人によります。でもみんな裏では遊んでますよ」


「まあそうだよなー、芸能界ってカッコいい奴いっぱいいるしな」


「ですね。そんな中、あなたが彼氏なのは奇跡ですね」


「俺は顔以外の魅力いっぱいあるんだよ」



 まあ確かに奇跡だ。

凛だってイケメン俳優やミュージシャンからたくさん言い寄られてるはずだ。

でも俺を選んでくれた。



「お前も他のアイドルと同じで裏では遊んでるのか?」


「・・・私はそんな2流のアイドルとは違います」



 三島は暗い表情で呟いた。

予想外の返事に、思わず掃除の手を止めて三島の顔を見てしまう。



「そういうアイドルは、いつか誰かのリークや流出でバレますよ。隠し通して卒業できるのは稀です」


「・・・まあそうだよな」


 

 三島は真面目にアイドルやってるってことか。

こいつはこいつなりにプライドを持ってアイドルやってるんだな。



「お前、なんでアイドルになったんだ?」


「もちろん、センターになるためですよ」



 センター・・・

それはインフェルノの一番先頭に立つということだ。



「お前ならできるんじゃないか?」


「全然です、もっと頑張らないと。ファンも応援してくれてるし」



 こいつ、マジですげーな。

彼氏も作らず、応援してくれるファンのために、目標に向かって努力する。

これがアイドルの本来あるべき姿なのかもしれないな。



「でもアイドルなら寄ってくる男もいっぱいいるだろ?」


「いっぱいいますよ。無名の俳優から体目当ての業界人まで。実際にファンを裏切って、その汚い欲望に答えるアイドルが多いんです」


「それは凛も言ってたよ。アイドルはそんなに清純じゃないって」


「そうです。私は特殊なのかもしれないですね。他のアイドルみたいに俳優やミュージシャンと遊びにいかず、家と仕事場の往復ですよ。ダンスも歌もどのメンバーより必死で練習してる」


「・・・嫌にならないのか?他が遊んでる中、自分だけ裏で頑張っても評価されるのは表の面だけだろ?」


「それでいいんです、私は努力する人間は報われると信じてますから」



 熱い奴だな。

なら、表では清純アイドルだが、裏では彼氏がいる凛は一流アイドルとは言えないのだろうか。

でもそんなこと、ファンはどころか世間の人は全く知らない。



「じゃあ私は仕事に行きます。あとはよろしくお願いします」



三島が立ち上がって準備し始めた。



「おう、後はやっとくわ」



 三島のアイドル話を聞いてから、

なぜか俺は奴隷であることを完全に受け入れていた。



「あ、勝手に下着とか漁らないでくださいね。もしそんなことしたら殺しますから」



 三島はそう言って仕事に向かった。

三島の家に一人取り残される。


 アイドルってなんなんだろうな。

真面目にやってる奴が必ず評価される世界ではないし、

言い方は悪いが事務所のゴリ押しってだけで人気のアイドルだっている。


 ファンはアイドルの表面を好きなだけで、

裏でどれだけ遊んでいてもそれは知られることはない。


 俺は凛はアイドルとして人気と実力共に飛び抜けた存在と思ってた。

でも三島からすると他の有象無象のアイドルと同じなのかもしれないな。


 ぐるぐると頭の中で考えてしまう。 

気持ちを切り替えるように無音の部屋の中でスッと立ち上がる。

ふと目に入ったタンスの元へ向かう。


 タンスを開けると、

そこには下着が入っていた。

ふーん、可愛いの穿いてるじゃねーか。



「よし、アイドルの私物として売って一儲けしよう」



そんな悪い考えが浮かんだ俺だった。


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