第8話 握手会潜入
あまりの寒さに目を覚ます。
最近、朝に寒くて起きることがよくある。
パジャマもまだ薄手の物を着ている。
そろそろ衣替えしないとな。
隣では凛が寒そうに体を犬みたいに丸まらせて寝ている。
小動物みたいで可愛いな。
・・・二度寝するか。
凛に布団を掛け直してもう一度眠りに入る。
寝ている凛を抱きしめて暖まる。
あったけー。
これはすぐ寝れるわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二度寝して数分、
凛がモゾモゾ動いて起きた。
起きたか。
俺も起きておはようと言おうとすると、
頬に何か感触を感じた。
薄目を開ける。
凛が俺の頬を指でツンツンしてる。
・・・俺が起きてないと思ってるな。
そんなにツンツンしたら普通起きるぞ。
そんなことを思いながらも寝たふりをする。
凛は俺が寝てるのをいいことにヒゲを触ったり、頬にキスしてくる。
薄目を開けると、凛は嬉しそうにニヤニヤしていた。
「凛・・・」
名前を小さく呟く。
寝ている時でも凛のことを考えていますよ、とアピールする。
それが余程嬉しかったのか、寝ている俺に抱きついて胸に顔をうずめてくる。
可愛いやつだなー。
そろそろ寝ているフリもやめるか。
「んーっ、おはよう、凛」
寝ぼけた声と顔で、
わざとらしく寝起きのフリをする。
「おはよう、かーくん。えへへ」
「なんでそんなニヤニヤしてんの?」
「あのね、寝ながら私の名前呼んでたよ!」
知ってます。
「嘘だー、呼んでないよ」
「呼んでたって!」
「ほんと?じゃあ寝ている時も凛のこと考えてるってことだね」
まあ起きてたけどな。
「んー!」
凛が足を絡めて体を密着させ、キスをせがんでくる。
手で俺の体をさすったり、首元を舐めたりもしてくる。
こいつはたまに大型犬みたいになるんだよな。
「もー、はやくー!」
凛が待ち切れないのか催促してくる。
「ファンの人びっくりするぞ、自分の推しが朝にこんなことしてたら」
「いいの!」
そう言って俺の体を揺さぶってくる。
「わかったから」
チュ、と小鳥みたいな優しいキスをしてやる。
「んふふ」
それでも凛は嬉しそうだ。
凛から声にならない喜びが漏れてる。
「今日握手会だろ?」
「うん。・・・めんどくさいな」
「そんなこと絶対言ったらダメだろ」
そう、凛は今日握手会だ。
ファンの人と直接触れ合える機会。
ファンとしてはアイドルと握手できるという最高のイベントだろう。
まあ俺はいつでも握手できるけどな。
・・・実は今日、思い切ってこの握手会に潜入してやろうと思っている。
前に凛のフィギュアを壊して外に出てから、
タガが外れたのか凛にバレないようにちょくちょく外に出ている。
出ていると言ってもコンビニとか近くに散歩とかばっかりだけどな。
でも今回のように遠出するのは初めてだ。
握手会に参加する理由は、
他の可愛いヴィーナスのメンバーに会ってみたいというのと、
彼氏が握手会に参加するという優越感を味わいたいからだ。
まさかファンの人も彼氏が握手会に参加しているとは思うまい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ行ってくるから!・・・外に出ちゃダメだよ!」
「わかってるって、ファンの人とのお話楽しんできてー」
「はーい」
俺もあとで行くんだがな。
凛を見送る。
・・・よし、俺も準備するか。
握手券、サイリウム、凛の名前が入ったタオル。
よし!これで準備完了!
いざ、握手会へ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
電車を乗り継ぎ1時間ほど。
イベントやライブが行われる大きな会場へ到着する。
そ、それにしてもすごい人だな。
会場の外は人で溢れかえっていた。
そうだよな、この前の凛の配信でも5万人ぐらいみてたもんな。
アイドルはこんな人数と握手するのか。
アイドルも大変だな。
それより握手会が初めてで要領がわからん。
どこに行ったらいいんだ。
とにかくみんなが進んでいる方向に向かう。
ちょくちょく凛の名前が入ったタオルを持っている人を見かける。
やっぱ凛は人気なんだな。
ファンも若い人から大人まで男女幅広い世代がいる。
俺のイメージだともっとおじさんばっかりってイメージだったんだけどな。
それは偏見だったようだ。
向こうに「握手会入場最後尾」のプラカードを持った人が立っている。
ここに並ぶのか。
俺も同じように並ぶ。
俺の前には女性の2人組が並んでいる。
俺より全然若い、高校生ぐらいかな。
わいわい楽しそうに話している。
「凛ちゃんの髪ってなんであんなにサラサラなんだろ?どうやって手入れしてるのかな?」
やっぱ女性のファンはそういうのが気になるのか。
「きっとエステとか行って丁寧に手入れしてるんだよ!私もあんな髪、憧れるなー」
確かに凛は頻繁にエステに行ってるな。
「凛ちゃん、彼氏とかいるのかな?」
いますよ、僕です。
「どうだろ?でも絶対、超絶イケメンな男と付き合うんだろうな!」
いや、実際は髪ボッサボサの軟禁ニートです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
列はどんどん進み、ついに入り口っぽいとこまできた。
なんか持ち物検査をするみたいだ。
並んでいる人はみんなカバンを開けて自分の番を待っている。
飲み物を持っている人は一度飲まないといけないみたいだ。
握手会って結構セキュリティー硬いんだんな。
持ち物検査を通過し、いよいよ会場に入る。
人、人、人。
どこをみても人しかいない。
会場は人でパンパンだ。
人口密度が高すぎる。
まるで満員電車に乗ってるみたいだ。
移動するのも一苦労だ。
立ち止まることなんてできない。
と、とにかく一度広いところに出よう。
休憩スペースのようなところで座り込む。
握手会がこんな場所だとは思わなかった。
・・・もう疲れたわ。
しかしここで帰るわけには行かない。
俺も可愛いアイドルと握手するぞ。
さあ、誰と握手するかな。
会場を見渡してみると、
人がパンパンに並んでいる列と、ガラガラな列がある。
凛の列は長蛇の列ができている。
人気の差ってことか。
なんか厳しい世界だな。
公式サイトのメンバー表を見て誰と握手するかを考える。
人気メンバーと握手したいけど、あんまり並びたくないな。
・・・あっ!この子にしよう。
黒髪ショートで目がクリッとした子。
選抜メンバーだけど、列もそんなに並ばずにすみそうだ。
早速列に並ぶ。
握手するところにはパーテーションが置いてあり、
握手する直前までアイドルの姿を見ることはできない。
どんどんと自分の番が近づいてくる。
なんだこの高揚感は。
普段感じない、ワクワクする緊張感。
握手し終わった人はみんなニヤニヤしている。
俺もこうなるのだろうか。
順番がすぐ近くまで迫り、パーテーションから顔が見れた。
うわ!可愛いな!
細くて色も白いし、芸能人って感じだ!
ついに俺の番。
「あ、あの!僕初めて握手会来たんです!」
「そうなんだ!私のとこに来てくれてありがと!」
そう言って俺の手をギュっと強く握る。
あっ、好きになっちゃいます。
「す、すごいお綺麗ですね!」
「えー!ありがと!私のこと好きになった?」
「は、はい!大好きにな・・・」
「お時間でーす」
強制的に終了させられる。
かわいい!かわいい!かわいい!
おい!アイドルってこんなに可愛いのか!
自然と顔がニヤニヤしてしまう。
まじで好きになりそうだったわ。
実感させられた、これがアイドルか。
・・・凛とも握手したくなってきたな。
凛はどんな感じなんだろう。
・・・まあ、バレないだろ。
マスクもしてるし。
そうと決めればすぐに行動だ。
凛の列に並ぶ。
さっきの子とは比べ物にならないぐらい長い列だ。
これは時間がかかりそうだな。
まあ気長に待つか。
俺の前に並んでいる人は3人組の男性だ。
大学生かな?
みんな凛の名前が入ったタオルを首から掛けている。
「おい!この前の凛ちゃんのブログ見たか!?」
「見た見た!あの写真可愛すぎだろ!」
どうやら熱狂的な凛のファンらしい。
「凛ちゃんってクールだよな」
「うん、彼氏に甘えたりしないだろーな。ツンデレだし」
デレデレです。
わかってねーなお前ら。
凛はめちゃくちゃ甘えてくるぞ。
所詮は”ファン”だな。
「そういえば、この前もアイドルの熱愛があったけど、凛ちゃんは絶対大丈夫だな!」
「うん!凛ちゃんはファン思いだし彼氏なんていないって!」
います。
君たちの後ろにね!
心の中で悪魔のように笑う。
「凛ちゃんはスタイルもいいよな!」
「彼氏になったらあの体を好きにできるんだもんなー」
できるぞ、好きに。
帰ったら尻でも撫でてやるかな。
そんなことを思っていると自分の番が近づいてきた。
なんだかドキドキするな。
自分の彼女のはずなのに。
次の次ぐらいまで自分の番が迫り、
凛の姿が見えた。
可愛い!
なんか家で見るのと違うぞ!
アイドルしてる!
キラキラの笑顔でバッチリ決まった衣装。
雰囲気も相まって超絶美人に見える。
ついに俺の番。
バレないだろうか。
「あの、凛ちゃんのこと大好きです!」
「本当に!?ありがとね!」
よかった!
バレてないようだ。
「釣ってください!」
さっき覚えた言葉だ。
なんかこれを言うと可愛い姿が見られるらしい。
凛が手をニギニギして顔をグッと近づけてくる。
「好きだよ?」
やべーわ。
くそかわいい。
でもファンにこんなことしてんのか!
嫉妬心が溢れる。
すると凛が顔をしかめていることに気づいた。
まずい!なんか怪しんでるぞ!
「あなた・・・」
「つ、釣ってくれてありがと!じゃ、じゃあね!」
強制終了させられる前に自分で終了した。
あっぶねー!
もうちょっとで気づかれるとこだったぞ!
それにしても可愛かったなー。
家で見るのとは違った可愛さだったな。
よし、帰ろう。
握手会を存分に楽しむことができた。
凛の姿も見れたし。
満足して会場を後にする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マンションの近くまで到着する。
いやー、でも人が多くて疲れたな。
次は違うメンバーとも握手してみたいな。
・・・ん?
なんか電信棒の後ろに隠れてマンションの方を見ている奴がいるぞ。
なにやってんだこいつ。
女性みたいだが。
あれ?この人どっかで見たことあんな。
・・・こいつ!前に会った白川って記者じゃねーか。
まずい、すぐにでもここを離れよう。
マンションに背中を向けて歩き出す。
まさか凛が言った通り、本当にマンションの前で張り込んでるとは!
後ろから走ってくる音が聞こえる。
「す、すいません!ちょっとお話伺ってもいいですか?」
あ、終わったわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます