第2話 佐藤さん

「まさか女神アイツ・・・俺を元の世界じゃなくパラレルワールドに送り間違えたんじゃないだろうな・・・はぁ・・・。」


一瞬異世界でテヘペロしてそうな女神に疑念を抱いたが、グチグチ言っていても問題は解決しない。俺はため息を吐きながら鑑定画面に視線を戻した。


「氏名は『unknown』・・・それに『生ける』・・・『感染者』か・・・どういう意味だ?」


「うぅ・・がああああああああああ!!!」


鑑定内容に気を取られていたようだ。距離が縮まっていた看護師ゾンビが、突如ナースステーションのカウンター越しに口をガパッ!!と大きく開けて襲い掛かって来た。


「おっと!」


画面を閉じた俺は後ろ足で素早く廊下まで下がった・・・が、看護師ゾンビは勢いよくカウンターにぶつかって激しく転んでしまった・・・うーーん・・・知能も低そうだ。


しかし驚いたのは襲い掛かって来る勢いがさっきまでの鈍さとは全く違かった事だ。


噛みつけそうな距離感になるとスイッチが入るのかな?


「あぁあ・・・ああああああああ!!!!」


看護師ゾンビを観察していると狂ったように首を左右に振り、喚きながら立ち上がろうとしている看護師ゾンビが名札をぶら下げている事に気がついた。注視すると血で大半が汚れていたが何とか看護師ゾンビは『佐藤さん』だという事が分かった。


「鑑定に出た氏名は『unknown』・・・不明か・・・。」


俺は佐藤さんであった『生ける』に一抹の望みを込めて人差し指を差し出した。


「無駄かもしれないが・・・・『完全回復パーフェクトヒール』」


そう唱えると指先から直径10cmほどの光の玉が飛び出した。


光の玉が佐藤さんの体に吸い込まれると、パァアアア!!と輝かしい光が溢れ出し佐藤さんを優しく包み込んだ・・・が、


「あぁ・・・あ?」


佐藤さんの様子に変化は無かった・・・のそのそと立ち上がった佐藤さんだった看護師ゾンビが再び歯を剥き出して俺に向かって来た。


「やっぱり・・・肉体から魂が離れたからもう佐藤さんじゃないって事か?」


死んでしまった人を生き返らせる蘇生魔法なんてものは、俺が転移していた異世界には存在していなかった。死んでいなければ『完全回復パーフェクトヒール』で何とかなるが・・・死んでしまえば終わりだった。


『unknown』という表示に違和を感じていたが、この事でその理由とゾンビ化してしまった人を元に戻すことは出来ないと理解した。


「おぉお・・・がぁあああああああああああ!!!」


俺を捕まえようと両手を伸ばし、噛み付かんと向かって来る以前佐藤さんであったゾンビに俺は謝罪の言葉を口にした。


「佐藤さん・・・ごめん・・・。」


『ストレージ』


病院の廊下といえど剣を振り回すにはちょっと狭いと感じた為、空間に出したストレージの黒い穴に手を突っ込みショートソードを取り出すと看護師ゾンビの首を斬り落とした。


「ああぁぁぁ・・・・・。」


ボトッと床に落ちたゾンビの頭は俺に視線を向けたまま呻き声を上げていたが、瞳の色がどす黒く変色すると動かなくなり、首から下は壁にぶつかるとズルズルと崩れ落ちて動かなくなった。


「はぁ・・・。」


倒れたゾンビを鑑定しHPが0になっている事を確認した俺は、再びため息を吐くと床に開いたストレージの穴にショートソードを落とし入れた。


『生ける』になっていたとはいえ、名札を下げたであった『佐藤さん』を斬った事に気落ちした。


もちろんアルトシアにも『ゾンビ』や『グール』の類は存在した。


しかしゾンビ化した佐藤さんとは違い向こうのゾンビは


**************************

氏名:no name

称号:クリーチャー

種別:ゾンビ

性別:unknown

LV:6

HP:103/103

MP:16/16

魔 法:empty

状 態:興奮

特 性:引っ搔き・噛み付き・無痛

**************************


という感じで『感染』の文字は無く、アルトシアに暮らす人々はゾンビに噛まれて死ぬことはあっても『ゾンビ化』することは無かった。


そう言えば邪神教の神官たちがゾンビの類は邪神が死体に魔物の魂を入れて創造したとか何とか言ってた気がするな・・・まぁいい。


とにかくアルトシアのゾンビ類はそういう魔物だという認識だったから斬っても心は痛まなかったのだが・・・。


「しかし『感染』するって事は・・・・・腹を括るしかねぇな。」


ここが元の世界だろうが、パラレルワールドだろうが・・・生き残るためには今後もゾンビ化した人たちを倒さなきゃならない。


「情けや躊躇は命取りになる。」


散々向こうで学ばされた事を口にした後、両手で頬を二度叩き気を引き締めた。


すると・・・


「きゃぁあああああああああああああああああああ!!!!」


少し遠くからガシャン!と何かが倒れる音と共に女性の悲鳴が聞こえて来た。


「襲われてるのか?」


急ぎ悲鳴が聞こえて来た方向に走っていると、続いて「来ないで!!」と叫んでくれたおかげで女性が正面に見える階段の下にいることが分かった。


ピョン!ピョン!と一気に下階まで飛び降りると、廊下の中ほどで薬品等を大切そうに両手で抱えた看護師と思われる女性が壁に背を預けていた。彼女の足元にはワゴンが倒れ包帯や薬が散らばっている。


目を凝らすと廊下の奥からは7、8人・・・いや7、8体と言った方が良いのだろうか・・ゾンビ化した人たちが彼女に向かって歩いており、手前には3体のゾンビが同じく彼女に向かってのそのそと歩いていた。


きっと骨折して入院していた人たちだったのだろう・・・目に入った縦縞のパジャマを着たおじさんゾンビはギブスを巻いた腕を垂れ下げ、片足にギブスを巻いた若い男性ゾンビは歩きずらそうにしている。


だが、まだ彼女との距離はあるが詰まればさっきの『佐藤さん』と同じように   一転して勢いよく彼女に襲い掛かるのだろう。


俺は再びストレージからショートソードを取り出した。

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