第44話

 ヘカトンケイルはその巨腕を大きく振り上げ、全てを薙ぎ払った。


 「チッ!!」


 十夜と万里の二人はそのかいなを躱す事が出来たが、国王と王国の兵士達がその攻撃に間に合わず巻き込まれてしまった。


 「ま、待て!! エスカトーレ団長! 私だ! わたしをわすぼぷぎゅっ!?」


 国王はヘカントンケイルに握りつぶされそのまま絶命する。

 他の兵士達も逃げ遅れてしまったのか、気が付けば全滅していた。


 「見境ありませんね―――――」

 「鳴上ッ、他のみんなは!?」

 「皆さん全員避難してもらっています。ただこれだけ派手に暴れるといずれは他の騎士団にバレて来ますでしょうし、流石に分が悪いですよ」


 蓮花の言いたい事は分かっている。

 分かっているのだが、それでもこのヘカントンケイルを放置する事は出来ない。

 そんな彼が何を言いたいのか分かった蓮花はこの世界に来て何度目かのため息をつく。


 「まぁそんな事だろうと思いました。―――――。後は何も考えずにあの巨人を斃す事だけを考えましょう」


 蓮花の言葉に、


 「マジで?」


 と素で返してしまった。


 「マジです。ですが流石にあんなのに邪魔をされると失敗する可能性がありますが…………」


 それを聞いていた万里が拳を構えながら叫ぶ。


 「拙僧も尽力しますが、如何せん腕が多すぎますぞ!! あの腕もどうにかせんといけませんな!!」


 どうすればこの状況を乗り切れるかを十夜は考えていた。

 それに、


 オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォオォォォォッッッ!!


 大量の怨嗟の声が空洞内を響かせる。

 あのヘカントンケイルを構築しているのはエスカトーレが今まで殺めてきた、もしくはあの研究室に付着していた大量の血を見るに人体実験で命を落とした者達の集合体のようなものだろうと考えた。

 ならば、


 「鳴上、万里―――――俺を信じれるか?」


 十夜が呟く。

 その言葉に二人は耳を傾ける。


 「俺に考えがある。上手くいけばあのデカブツを何とか出来るし、みんなで脱出する事が出来るで一石二鳥なんだけど?」


 十夜の額には汗が浮かんでいる。

 失敗すればここで全滅する、との事なのだろう。

 だが、


 「選択肢なんてありませんよ」

 「ふむ、ここで何もせんよりマシですな」


 二人が即答した。

 それを聞いて十夜は驚いたが、不敵に笑みを浮かべる。


 「ホントお前らはイカれてるよ―――――いいか?」


 十夜が考え付いた作戦を伝える。

 上手くいくかは分からない。

 だが、

 今はそれ以上の選択肢がなかった。


 十夜の作戦を聞き万里がいつものように笑う。


 「カカッ! やってみて損は無いでしょう! 蓮花殿も良いかな?」

 「拒否権はないですよね? なら私も気合いを入れるまでですよ」


 三人が三人ともするべき事をする為に一度散り散りになる。


 十夜はその場から動かず、意識を集中させる。


 「いいか! アンタらはそっから〝絶対に〟動くなよ!! あのバケモンは俺らが何とかしてやる!!」


 後ろにいた〝元〟罪人達に叫ぶともう一度、目の前にそびえる百手百腕の巨人ヘカトンケイルを睨みつける。


 「何か分かるよ―――――もこんな姿にされるためにこの世界に来たんじゃないって、でもな」


 今までの構えを解き、そして両手をゆっくりと開き合わせる。

 大きく深呼吸をし、そのまま吐き出す。



 「だからって今を生きる―――――関係のない人達を巻き込むのは駄目だ。だから俺は今からお前らを痛い目に遭わせるけど、怨むなよ」



 十夜はゆっくりと足を運び円を描くように回り始める。

 その姿はまるで〝舞い〟を舞っているようだった。


 「始まったかの―――――さて」


 万里はヘカトンケイルの正面に立っていた。

 手には兵士から先ほど頂戴した〝土属性〟の『付加術式エンチャントコード』を持つ槍を地面に突き刺すように構える。

 そして万里は意識を集中させる。


 万里が『気功』を扱うように槍全体に流れる〝何か〟を感じ取る。

 が、それよりも早くヘカトンケイルの攻撃が万里に向かってくる。

 その巨腕は全てを粉砕する勢いで迫ってきており、一撃でも食らえば幾ら万里の身体が強靭だと言ってもただでは済まない。


 「――――――――――こんなものでいいですかな」


 そう呟くと万里は槍を地面に突き刺し槍に込められた『魔力』を


 地面から岩石の棘が無数に飛び出し範囲は万里を中心に数メートルほど広がった。


 「おぉ、やってみるものですな―――――うむ、どうせならこの技を『石破穿陣せっぱせんじん』とでも名付けましょうかな」


 万里が満足そうに呟くとヘカトンケイルの拳を岩石の棘が貫いていく。

 思わぬ抵抗に咆哮を上げるが、それと同時に〝土属性〟の『付加術式』を持つ槍が砕けた。


 「ぬおッ!? 壊れてしまいましたな」


 だが、それでも問題は無い。

 万里は拳を握りしめ大きく振りかぶる。

 そこには繊細な技術も複雑な思考もいらない。



 単純シンプルな力さえ有れば事は足りるのだ。



 「ふんッッッ!!」


 その気合いと共に拳を振り抜く。

 ヘカトンケイルの巨腕と衝突し、


 「ふむ、勝ちましたぞ!!」


 万里の拳は『気功』により強化されている。

 今なら

 とはいえ、さすがに十本の腕全てを相手にするとなると少し疲れてしまう。


 なので万里は


 「(あとは頼みましたぞ、蓮花殿)」


 万里は


 「全く、相変わらず無茶な人です」


 蓮花は上空から万里の戦いを見下ろしていた。

 上空―――――それは


 「では、私も―――――」


 蓮花が呟く。

 同時にヘカトンケイルが蓮花に気付き敵を粉砕しようと拳を振り上げる。

 万里とは違い、華奢な身体つきをしている蓮花がその一撃を食らってしまっては一溜まりもない。


 蓮花は指先を様々な形―――〝印〟を結び対抗しようとするが、

 ズドォォォンッッッ!! と凄まじい衝撃が彼女を襲った。


 はずだった。



 しかし、


 「せっかちな人? ですね。ちゃんと見せてあげますよ―――――忍びのわざを」


 蓮花はそう言うと


 大空洞内は今でも地響きが起きており、いつ崩れるか分からない。

 だが、そんな中あの巨体を持つヘカトンケイルを見下している。


 咆哮を上げ残った拳を蓮花へと連撃する。

 一撃一撃が的確に蓮花の命を奪おうと襲い掛かる―――――が、


 「無駄ですよ」


 ガガガガガガッッッッッ!! と何かにぶつかるように

 まるで硬い壁が彼女の周りを囲っている。

 そんな風に思えるのだ。


 「もう、終わりですか?」


 蓮花の冷たい視線はヘカトンケイルを射抜く。

 しかし巨人も負けていられなかった。

 拳に力を溜め、腕の一本が膨張していく。

 一気に力を発散させようと拳を握り締め、蓮花を粉砕する為に重い一撃を繰り出す。

 しかし、その一撃は蓮花には届かない。


 「この世界に来て―――――」


 蓮花はポツリと語り始めた。


 「この世界に来て一番苦労したのは、?」


 蓮花の語りを邪魔するかのようにヘカトンケイルの巨腕が二本、三本、四本と襲い掛かる。

 その様子を冷静に俯瞰しながら蓮花は人差し指と中指を立て横に空を切る。


 その初動一つで

 何が起きたか理解が追い付いていない。

 巨人の腕はまるでかんぬきで食い止められているように固定されている。


 「『夜刀やと』忍軍―――〝鳴上家〟が秘術『空匣からばこ』」


 蓮花が呟く。

 土煙が舞う空洞の中、蓮花の足元が煙によって彼女が立っているが浮かび上がっている。

 それは中身の無い空っぽの箱だった。

 よく見ると、そこには無数の形の〝匣〟があり正方形や長方形の形などが多数設置されている。


 「この『空匣』は私の秘術にして最強の〝矛盾〟」


 ヘカトンケイルは残った腕と磔にされていた腕を引き千切り拳を振るう。


 「つまりそれは〝盾〟になり―――」


 拳は蓮花の目の前に造られた『空匣』に阻まれ、


 「〝矛〟にもなる」


 蓮花の指先が何度も空を切る度にヘカトンケイルの腕や身体が串刺しになっていく。

 血飛沫が飛び散り『空匣』の姿が鮮明に写される。


 「さて―――――後は頼みましたよ」


 蓮花が呟く。

 彼女の声が聞こえたかは分からないが、〝舞い〟を終えた少年はピタリとその動きを止める。


 「あぁ―――――後は任せな」


 十夜の身体には〝痣〟が浮かび上がっている。


 ここに来て十夜は幾度となく攻撃を受けていた。

 その度に自分の〝影〟に取り込んだスライムがダメージを受けることになっていたのだが、それでも吸収仕切れない攻撃もあった。


 それでも十夜はまだ生きている。

 それは何故か?


 「さぁ――――


 〝影〟がカタカタと震える。

 同時に禍々しい気配が濃くなっていく。





 神無流鬼神楽『災禍さいかの陣』〝厄災招来やくさいしょうらい〟。





 「喰らい尽くせきやがれ


 十夜の呟きに〝影〟が反応し拡がっていく。

 それは形を成し、やがてうぞうぞと蠢く〝何か〟になった。

 無数の伸びる手、無数の口、無数のギョロリと見開く眼。



 「無尽悪食空洞ノ祠むじんあくじきくうどうのほら



 形容し難い〝何か〟が顕現した。

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