第30話

 地下へ降りた時に感じたのは〝薄ら寒さ〟と〝何かが腐敗した匂い〟だった。

 それを感じたのは十夜だけでなく、蓮花と万里も感じていたらしい。


 「これはこれは、負の陰気といいますか―――――空気が濁っておりますな」


 綺麗に整備された通路は誰かが出入りしている証拠だし、地面には大小合わせて少なくとも二十以上の足跡を確認が出来た。

 狭く薄暗い廊下の先をデュナミスの変装を解いた蓮花が目を細め見てみる。


 「…………駄目ですね、遠くは見えません。何か妨害を受けてる可能性がありますね」


 普通の視力ではない蓮花が見えないと言うことは十夜と万里の二人には遠くを見る事が出来ないのだろう。

 ここで立ち止まっていても仕方がない。

 三人は先へと進んだ。


 『愚者の迷宮』と言われているだけあってかなり入り組んだ道になっている。

 本格的RPGのような迷路ダンジョンは壁から床まで丁寧に舗装されている。


 「私、迷宮って初めてですけどこんなに綺麗なんですか?」


 蓮花の問いに十夜は首を横に振る。


 「いや、本来はもっと自然に出来ると思うんだけど……それに何かしらの罠とか魔物も配置されてるイメージが強いんだよな」


 これもほぼゲームの知識なので全てが正解とは限らないのだが。

 そう思っていると、ふと嫌な気配を感じる。

 思わず十夜が上を見上げるとそこには天井に張り付いたスライムが数匹いた。


 「ラッキーっと」


 軽い感じで十夜はステップを踏むと影が伸び天井に張り付いていたスライムを影の中に取り込んでいく。

 ずるっぴちゃっと影から咀嚼音が狭い通路に響く。

 改めて見ていた蓮花と万里は若干引き気味な表情をしていた。


 「何か、形容し難い不気味さがありますね―――――話を聞いた後ですと特に」

 「ふむ。悪食とはよく言ったものですな。名前の通りの存在なんでしょうな」


 と十夜の後ろではブツブツと好き放題だった。


 「あのなぁ」


 十夜が振り返ろうとした時、


 


 「なぁ、ここってホントに王国の中なのか?」


 十夜が構える。

 同じように蓮花と万里も構え周囲に気を配る。

 気配は徐々に大きくなっていき、

 そして、


 「躱せ!!」


 ゴッ!! と爆発音が響く。

 十夜の声に反応した二人は間一髪で何者かの攻撃を避ける事が出来たが土煙が舞いすぐには視認する事が出来なかった。


 「何奴!?」


 万里が持っていた錫杖を攻撃が来た方向へ投げつける。

 土煙が舞いあがっていたので分からないが、投げたと同時にガギィィィィンと高い音が鳴った。

 


 「何かおるようですな」

 「あぁ―――――しかも」


 視界が悪くなった先から大きな石と石がぶつかり合うような鈍い音が聞こえる。

 それが足音だと分かった時には狭い通路を塞ぐように巨体が立っていた。

 ゴツゴツとした肌質に加え目の部分だけが遮光器土偶のように細く紅く光り輝いている。

 一歩踏み出すたびに全体が揺れるような感覚。


 「俺ら三人もいて直前まで気配が希薄な存在―――――この地下迷宮にはなんつーモンがいるんだよッ」


 十夜が忌々しく呟く。

 彼らの目の前には岩石の身体を持つ魔物―――――『ゴーレム』が立ち憚っていた。

 三人の内でも万里は大きい方だがそれ以上の体格を持つゴーレム。

 自分の意思を持たず、ただ命令に従い人を襲うだけの物言わぬ魔物。

 そんなゴーレムはその太い腕を振り上げ力を籠めたように見えた。


 「駄目です!! 躱して下さい!!」


 蓮花は叫ぶと一歩大きく下がりながら手にしていた苦無を投げつける。

 しかし、それらは全て岩石の外皮で阻まれる。


 「岩石の魔物って言うんだから硬いよ、なッッッ!!」


 十夜は腰を捻り後ろを向きながら回し蹴りを放つ。

 鋭い一撃は相手の胴体に傷一つ負わせる事も出来ず、ただ硬い岩を蹴っただけに終わってしまった。


 「おいおい…………ダンジョン攻略一歩目で何か嫌な予感すんなッ!?」


 ゴーレムの一撃は速くはない。

 しかし当たれば痛みを感じる間もなく、ぐちゃぐちゃの肉塊にしてしまうのが分かるほどの重圧プレッシャーを感じるのだ。


 「――――――――――」


 物言わぬ岩石の魔物ゴーレムはその腕を乱暴に振り回す。

 まるで子供の駄々っ子のような攻撃だったが、この狭い通路では逃げる隙が無かった。


 「チッ!」


 苛立ちを隠さず十夜は舌打ちをするとどうにか攻撃の隙を見つけようとする。

 しかし十夜が使う『神無流』は人体にはどんな防御をも貫く威力を持つが、〝岩石〟を相手にするのは初めてなのだ。

 それが効果があればいいが、その判断を間違ってしまうと命の保証は無かった。


 「(どうする!? そもそも急所はどこ―――――)」


 思考している時にゴーレムが破壊した瓦礫の破片が十夜へ飛んでくる。

 その破片を弾き、



 ゴーレムが繰り出す拳が十夜の目の前に迫ってきた。



 「な、――――――――」


 咄嗟にその拳を受け流そうと構えるが、瞬時に


 触れれば腕は砕かれ全身が粉々にされてしまう。

 『スライム』という物理攻撃を吸収する見えない鎧を着ていてもこれは無理だと思ったのだ。


 「やべ」


 影がうねり十夜の身体に痣が広がる、

 しかし影の手は間に合いそうにない。


 グシャァァァァッ!!

 鈍い音が迷宮の通路に響く。

 十夜の頭が潰されたトマトのように弾け飛ぶと、



 



 


 そして、


 十夜の前に立っていたのは黒い袈裟を着た破戒僧。

 いつも聞き慣れていた住職の「カカッ!」と口癖のような笑いが耳に届く。


 「これまでは、拙僧のような年上の生臭坊主よりも若人が頑張ってくれておったんです」


 自称・破戒僧―――――永城万里えいじょうばんりはいつものような余裕を持った笑みを浮かべ構える。





 「たまには大人である拙僧が本気を出してもバチは当たりますまいッ!!」


 

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