第29話
早朝とも呼べる時間、十夜と万里は城門の前で様子を窺っていた。
門の前では大きな欠伸をしている門番が二人いるだけで、後は静かなものだった。
「二人、ですな」
「あぁ、あとは鳴上が戻ってくれば―――――」
デュナミスへの尋問を終えた三人は、取り合えず今後について話し合った。
彼の話によると城の地下には『愚者の迷宮』が広がっているらしく、そのどこかに『魔薬』の材料である〝鉱物〟と異世界人召喚用の〝魔法陣〟があるという話しだった。
「やる事は決まったな」
その声に蓮花と万里は頷きそれぞれの役割を全うする為に早朝から動き始めたのだ。
「これからは時間との勝負だ。いくら『王国騎士団』が原因だったといえど周囲の住人が忽然と姿を消したってなると騒ぎになるのは時間の問題だからな」
今はまだ日は昇りきっていない。
行動を移起こすなら今の内だと判断したのだ。
「しかし、意外でしたな」
「あ? 何がだよ」
門番の様子を窺いながら小声で聞く。
万里も同じように小声で、
「いや、あの騎士の事ですぞ。あのまま解放してしまうとは―――――てっきりあのまま影へ取り込むかと思いましてな」
万里が何を言いたいのかが理解した。
十夜達があのデュナミスから聞き出した後、意外にも十夜はあっさりと彼を解放したのだ。
条件として〝街から出る〟のを取り付けてだが。
「あぁ、多分大丈夫かなぁって思ってな」
「その根拠は?」
「アイツ、多分城で拷問紛いの事でもしてたんだろうな。城に近付けばアイツに憑いた怨霊達が襲うようになってる。正直な話だけど、逃げても怨みが強いヤツはずっと付き纏って呪い殺すヤツもいる―――まぁそれはそれで自業自得だから仕方がないって思ってるし、それが
なるほどと万里が呟く。
確かにこれ以上の効果はないだろう。
自分が犯した罪の重さを思い知りながらデュナミスは怯えながら過ごすのだ。
これほど合理的な罰はないと感心していた。
「にしても鳴上遅いな」
時間的にそろそろ戻ってくるかなと思っていると、
「すいません、お待たせしました」
背後から蓮花の声が聞こえた。
振り返るとそこに立っていたのは、群青色の鎧を纏ったデュナミスだった。
「うわっ、スゲェ」
「これはまた――――上手く化けたものですなぁ」
デュナミス―――――の姿をした蓮花が女性の仕草で自分の格好を見せてきた。
「どうですか? 久しぶりに変装をしたのですが、違和感はありませんか?」
姿や格好は文句無しにあの群青の騎士そのものだ。
気になると言えば、
「その姿で鳴上の声は違和感しかないけど、まぁ元々がツンドラレベルで冷たかったから大丈夫だ」
「ふむ、元々凹凸がそこまで無かった故に問題ありませんぞ! カカッ!」
余計な事を言う二人は気付いていない。
あのデュナミスの顔でニッコリと微笑む蓮花の手には苦無が握られている。
早朝の木陰で死に体の男共が二つ転がる事になった。
「すまないがそこを通してくれるか?」
「デュナミス副団長、おはようございます!」
先ほどまでかなり眠そうにしていた門番が姿勢を正し敬礼をする。
どうやらデュナミスに扮した蓮花の変装はバレていないらしい。
「取り急ぎエスカトーレ団長に用がある。そこを通してもらっても?」
「はっ、分かりました―――――ですが後ろの者は?」
門番の視線が
「なに、ちょっとした不敬罪でな。それ込みの報告だ」
何やら不思議な圧が副団長から発せられていたので門番は何も言わず門を開ける。
その際に後ろでは「もう拷問受けてますけど」や「何故拙僧まで」とブツブツ言っていたが聞かなかった事にした。
そのまま三人は城内へ無事侵入する事が出来た。
尊い犠牲はあったが、目立たずに侵入する事が出来たのは結果として良かった。
城内は静寂に包まれており、赤いカーペットが敷かれた通路は三人の足音を消すのに役立っていた。
「静かですね」
一般兵は違う場所にいるのか全く見ない。
「潜入が呆気なさ過ぎて罠を疑ったが―――――そうでもなさそうなのが逆に怖い」
「まだ昨夜の事は明るみになっておらんか、もしくは知っていて揉み消したか。これはいよいよこの国の長も怪しく感じますな、カカッ」
いつもの様な笑い方をする万里だったが、さすがに場所を弁えているのかいつもより小声だった。人の気配を感じたのは最初の玄関ホールだけで長い廊下にあるいくつかの部屋からは人の気配は感じなかった。
客室なのか。
それとも給仕達の寝室なのか。
西洋の―――――というよりも、まずそもそも城に入った事が無いので構造を把握するのに時間が掛かりそうだったが、今日の目的は地下にあるという『愚者の迷宮』だ。
とにかく地下への階段らしき場所を探し回る。
「しかし神無月くん。本当にいると思いますか?」
「フェリスとリューシカの事か? まぁ確かじゃねーけどいるだろうな―――――アイツ言ってたろ? 罪人を働かせてるって。よく思い出してみな、クスリを造るのに最も必要な花を持っていて、尚且つ門番と揉めていたんだ。罪人扱いするには十分じゃねーか?」
正直そんな理由で捕まるのは馬鹿らしいのだが、この国の騎士団はどうやらその気があった。
でなければ副団長一人にあれだけの怨霊に憑かれたりはしない。
「ま、俺らも実際にこの目で見てみないと何とも言えないけどな…………ん?」
気付いたのは十夜と蓮花の二人だった。
気配もそうだが、違和感のようなモノに敏感な二人はこの長い廊下には不釣り合いな〝風〟が吹いている事に気付いたのだ。
「神無月くん」
「あぁ、今の風は――――――――――ここからだな」
ありきたりなのだが、その隙間風は廊下の道中にあった国王らしき肖像画の裏から流れてくるのが分かった。
肖像画をズラすと、そこには地下へと延びる階段が。
「隠す気はねーってか」
罠なのか、それとも絶対の自信を持つのか。
それは分からないが、十夜は振り向き蓮花と万里に問いかける。
「俺は元の世界に帰る為の手掛かりはここにあると思う。もちろんそれも重要だが、フェリスとリューシカも心配だ。だから二人に聞くけど、覚悟はあるか?」
その問いに、先に答えたのは蓮花だった。
「覚悟? それは何のですか? 私も目的は同じです―――――帰る為の方法を見つける。
「ふむ、拙僧はその子供達に出会った事が無いので絶対に助けるとは何とも複雑で言えませんが、少なくとも死ぬ覚悟はしておりませんな」
蓮花はいつものように、万里も口癖のようにカカッと笑った。
それを聞いた十夜は「今更だったな」と苦笑いをする。
「オーケー、んじゃま」
パキパキと拳を鳴らしながら十夜は不敵に笑う。
「行きますか」
鬼が出るか蛇が出るか。
三人は不安を抱きつつも、何の迷いもなく迷宮へと入っていった。
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