第8話
神無月十夜の戦闘スタイルは基本は徒手空拳で、喧嘩などは一対一ならば勝てる。
それが二対一になると辛勝で多対一にもなると考えるまでもなく逃走するのが彼だった。
そんな徒手空拳を基本とした十夜が使い慣れない武器を、しかも一際小さい苦無を片手に握りまともに使えるのかと少し考えていた。
「(それでも――――――――――)」
それでもやらなければ、恐らく数秒先にはあの魔物の持つ凶器で十夜は一瞬でミンチに変えられてしまう。
「(落ち着け―――――落ち着けば何とか)」
なる。そう思った時にはオーガが振るう棍棒が目前に迫っていた。
「っづ、お、ッッッ!!?」
間一髪に避けた十夜だったが、それでもその猛攻は止まる気配がない。
一瞬でも気を抜けば肉体と魂が乖離するという危機感が十夜の背筋をなぞるように奔る。
「(クソが!! 図体はあるクセに無駄に動きが早い!!)」
オーガの動きはかなり素早く、先ほど戦ったブラックハウンド以上に俊敏だった。
そして力も凶器を振り回す際の技術もこの森で戦った猪や鳥などの魔物よりも段違いだった。
「(ま、さか―――――)」
危険を察知し十夜は一度距離を取る。
そして刃こぼれした苦無を構えながら肩で息をする。
「コイツ―――――魔物を食ってレベルを上げてるのか?」
よくあるゲームや小説でも主人公やパーティーメンバーがモンスターを倒し、レベルが上がっていく話はよくあるが、進行形で魔物のレベルが上がっていくのは少々反則ではないのだろうか、と苦無を持つ手に力が入る。
ざっと確認するだけで十や二十以上の魔物を食べているのが見える。
この異世界でのレベルの上がり方は不明だが、恐らくこの森の中ではこのオーガは最強に近いのだろう。
そんな十夜の不安を読み取ったのかオーガはニマニマと嗤っている。
「こ、のっ―――――」
頭に血が上った。
目の前が真っ赤になっていく。
自然と身体が冷え切り頭が急速に冷却される。
しかし心は熱くこの目の前の敵をどう処分しようかを自然と考えてしまう。
「(って何考えてんだよ)」
自分の考えを頭を振って否定した。
どうも殺気が渦巻くこの世界に来てからというものの物騒な考えが頭から離れなかった。
「ったく、本当にめんどくさいな、
内側から侵蝕してくる『呪い』はゆっくりと、そして確実に蝕んでくる。
それは彼の身体に刻まれた刺青のように広がる『痣』が物語っていた。
しかしそれでも十夜は止まる事は無かった。
絶対に元の世界へ戻るという信念を胸に力を籠める。
相手は筋骨隆々の物の怪の類―――――十夜は一度、頭を冷やし冷静になる。
どうすればこの魔物を斃せるのかをもう一度改めて考えてみる。
自分の手元には一本の苦無が握られているだけだ。
あとは自分の徒手空拳しかないのだが、それは瞬時に却下する。
あの鋼のような肉体を前にまともに殴るのはこちらの拳が駄目になってしまう。
ではスライムを喰らったあの〝影〟は?
それも却下だった。
あの『
同時に、十夜を蝕む『呪いの痣』は徐々に広がり最終的にどうなってしまうか分からないのだ。
いらないリスクは避けたかった。
「仕方がない、か」
十夜は身体の力を抜き、だらりと両手を下げた。
そしてゆっくりとオーガへと近付く。
「グォッ?」
自分へと向いていた敵意が消えた事で刹那の間だがオーガは気を緩めた。
そして、
十夜は手にしていた苦無をオーガへと投げ捨てる。
友人に頼まれた物を投げ渡す様にゆっくりと、しかし低めに投げたので苦無はオーガの顔の前に向かって来る。
「!?」
咄嗟の判断だったのだろう。
手でその投げられた苦無を振り払った。
まるで虫を追い払うかのように軽い気持ちで。
その瞬間、
十夜は足元に散らばっている苦無の一本を拾い上げオーガの懐に飛び込んでいた。
オーガは気付いていない。
投げ渡す様に放物線を描いて飛んできた苦無を振り払っただけの動作の中に、死角は多数存在する。
ただでさえオーガの片目は十夜に、そして苦無には大百足の神経毒が塗り込まれていたのだ。
反応は十分に遅くなっていた。
十夜は苦無をオーガの正中線、鳩尾辺りに突き立てる。
もちろんそれだけではオーガに傷一つ付ける事は出来ない。
だから、
右手の指を軽く曲げ熊の手のような形に変える。
腰を捻り弓のようにしならせ右腕を極限まで引き絞る。
右手を捻じりながら掌底を繰り出し苦無の柄を叩きつける。
力を一点に集中させ捻じれた切っ先はオーガの肉体へ食い込んでいく。
不意に訪れる強烈な痛覚にオーガは声にならない悲鳴を上げる。
苦無を身体の中に捻じ込まれたオーガは棍棒を振り回す。
「ッッッ!!?」
咄嗟にガードをするが至近距離で防御はしたが十夜の身体は簡単に吹き飛んでいく。
「が、ハッ―――――――――――――」
目の前がチカチカと点滅し視界がぼやける。
どうやら今の攻撃が随分とお気に召したようだった。
不敵に笑いながら十夜は中指を立て「ざまぁみろ」と呟いた。
激情したオーガは体内を巡る神経毒に侵されながらもその巨体を十夜へと突進してゆく。
やれる事はやった。
あとはどうするべきか、と呆ける頭を覚醒させながら身体を起き上がらせる。
ズンンンンッッッ!!
激しい衝突音が響く。
あの巨体に突進力が加わればトラックに撥ねられるほどの衝撃が襲う―――――そう思っていた。
しかし、いつまでのその衝撃は襲ってこない。
「な、んだ?」
土煙が舞う中、十夜は目を凝らす。
「カカッ、何とまぁ奇怪な武術だ―――――スマンな少年」
土煙が風によって流される。
十夜の目の前にはオーガと、そして大きな背中が壁になるように立ち塞がりオーガの突進を己が肉体一つで止めていた。
「少し驚いたが、このデカブツの相手は拙僧がしよう」
虚無僧姿の男が十夜を守るようにそこに立っていた。
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