『雨の情景から始まる魂の4000字企画』 BEST 5
自分の意思よりも親からの躾や世間体を優先してしまう主人公。
誰からも後ろ指を刺されないように、周囲に迷惑をかけないように生きる彼はまるで海面を漂う海月のような存在。
けれどある雨の日に出会ったあどけなさの残る少女に彼はその内面を一瞬で見透かされ、そして差し出した何気ない親切を拒絶される。
「命あれば海月も骨に会う」
本来は長生きしていれば幸運に出会うこともあるだろうという意味合いの諺だが、この作品では『骨=幸運』ではなく、ストレートに『生き方の根幹』として表しているように解釈できる。
幼少期から厳しく躾けられ、いつのまにか自分以外の誰かの指示や考えに従うことがほとんど唯一の行動決定指針になっていた彼は、彼女に出会うことでその思い違いに気付くことになった。
云うなればそれは彼にとって啓示であり、まさしく彼女こそが骨そのものであったのだろう。
彼はふたたび同じ親切を彼女に差し向ける。
理由を尋ねられた彼はそれが自分の意思であると主張する。
その時点では彼の得た骨はまだ柔らかい軟骨のようだ。
けれど彼女と歩む駅までの道のりの中で、あるいはその先にある彼の未来に彼女が居てくれれば、軟骨はいつしか頑強な骨となり、やがて海月は水中を自由に泳ぎ回る魚となれるのかもしれない。
ラスト、骨の曲がったひとつ傘の下、彼女と肩を並べて降りしきる雨中に飛び出していく彼にエールを贈らずにはいられなくなった。