この小説、すごく臭います!!

ちびまるフォイ

気づかれにくい臭い

「君には最新の消臭剤の開発を頑張ってもらいたい」


「私が!? いいんですか!?」


新しい消臭剤を好きなだけ開発できる。

これほど名誉なことはない。

このプロジェクトをなんとしても成功させなくては。


私は来る日も来る日も匂いの研究に明けくれた。


どうすれば頑固な匂いも消臭できるのか。

私に求められているのは匂いの上書きではなく、完全なる消臭。


時間がたつとはがれてしまうような付け焼き刃の消臭ではない。



そして……。


「主任! 主任できました! 最新の消臭剤です!」


「これはすばらしい! さっそく商品化だ!!」


できあがった新消臭剤『消臭根しょうしゅうこん』はまたたくまに大ヒット。

ほか全ての消臭剤を過去の遺物にしてしまうほどの差をつけた。


一大プロジェクトを見事大成功におさめて鼻が高い。


「君のおかげで大儲けだよ。本当にありがとう。

 ここのところずっと研究ばかりだったし、この機会に休むといい」


「ありがとうございます。そうですね、もうずっと研究室から出ていなかった気がします」


たまには旅行でもと泊まりきりだった研究室を出たときだった。



「う゛っ!?」


鼻につく強烈な匂いに目の前がチカチカした。


「なにこの花のにおい……! た、耐えられない……!!」


研究室にいるときは開発中の消臭剤によって匂いは感じられなかった。

部屋の外がこんなにも強烈な匂いに包まれていたなんて。


原因は外にある花壇だった。


研究室に一度引き返すと、消臭剤をスプレーボトルに詰めて外へ出た。


「この! この! 消臭しなくちゃ!!」


花壇に消臭スプレーをかけると、やっと普通に呼吸ができるようになった。


「気づかなかった……。街の外がこんなにも匂いに満ちていたなんて……」


荷物をまとめて研究所の外に出ると、ふたたび強烈な匂いが鼻に飛び込んできた。


「なっ……なんなのこの匂い……!!」


鼻をおさえても香ってくるこの匂い。

人間の体臭がいくえにも重なった強烈な匂いが飛び込んでくる。

今にも吐いてしまいそう。


「ううう……なんて匂い……! みんなどうして平気なの!?」


自分の3歩前にスプレーをかけながら歩く。

こうしないと匂いで前に進めなくなる。


通りかかる通行人は消臭スプレーをかけられて怒る。


「ちょっとあんた! なにかけてるのよ!」

「き、君! なにするんだ! 大事なスーツが濡れたじゃないか!」


「だったらあんたたちも自分の体臭なんとかしてよ!

 こっちだって好きでやってるんじゃないんだから!!」


こんなことで騒ぎになると、あっという間に警察がやってきた。

逮捕されたのは異常な臭いを出している人たちではなく私だけだった。


警察署に連れて行かれても私の話は誰も聞いてくれなかった。


「なんでみんなあんな臭いのに我慢できるの!?」


「わかった。わかったから一度その消臭スプレーはしまってください」


「匂いがまだ残ってるのよ!!」


ひとしきり警察署を脱臭したうえで、これ以上匂いが入らないようにした。

これでやっと安心できる。


「君の事情もわかるが、ここは人間社会なんですよ。他の人間とも折り合いをつけなくちゃいけない決まりなんです」


「無神経な人間のために私が折れなくちゃいけないんですか!?」


「まあそう怒らないで……あ、ほら、差し入れのカツ丼でも食べて落ち着いてください」



「うぐっ! こ、この匂い……!!!」


むせ返るような匂いが鼻に直撃する。

消臭スプレーを取り出すとカツ丼にぶっかけた。


「ちょ、ちょっと!? なんてことするんですか!!」


「こんな匂いの強いものを持ってこないで!! 死ぬかと思ったわ!」


「君は匂いを気にしすぎですよ! 少しは慣れてください!」


私は消臭された密室に閉じ込められた。

そこでは毎日少しづつ、外の世界の香りがうすく、うすく入るようになっている。


ここで数日過ごして体を外の世界に慣らしていくというものらしい。


「数日すればこの扉を開けますから。それまでおとなしくしててください」


「せめて消臭スプレーは返してよ! あれは私のものよ!」


「返したらまた消臭するからいつまでも匂いになれないでしょう!」


消臭部屋での監禁生活がはじまった。

食事は専用に脱臭されて外の部屋から運ばれてくる。

匂いになれるようにと薄く外気も入ってくる。


でも薄くても外の匂いは強烈で毒ガスでも入れられているんじゃないかともだえる日々が続いた。



数日後。


「おーーい! あのーー! もう約束の日ですけどーー!!」


部屋から声をかけても反応がない。

監禁生活のかいあって体はすっかり外の匂いになれたのに。


それに食事すらも運ばれてこなくなった。


「もしかして私のこと忘れてる……?」


扉を押してみるとあっけなく開いた。

どうやら自動開場されるらしい。人騒がせな。


「ちょっと、人のこと監禁しておいて忘れるなんて……えっ?」


久しぶりに外へ出ると、もはや別世界だった。


地面には折り重なるように斑点だらけの人間が死に絶えている。

死体にはハエがたかっている。


「なにこれ……どうなってるの……!?」


街をいくら回っても生きている人はいなかった。

これまでに何があったのかは情報を集めるうちに知った。


「感染病……。感染者は特徴として、体から強烈な悪臭が出る……。

 どうして誰も死ぬまでこの匂いに気づかなかったの……」


ふと顔を上げると、ハエが私の体にぶんぶんとまとわりついていた。

私の体から匂いなんてしないのに…………。

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