第四十六話『自分の道』





 それからの数日は、セリカには慌ただしい時間だった。

 レグルスが傭兵達を使って起こしたセリカ誘拐の翌日、ノワール達は領主の住むコルニス領の城へと出向いていた。

 ノワールによるレグルスが起こした一件の顛末を語り、領主は苦悶の顔をしていたが渋々と納得していた。

 そしてレグルスの死を聞いて、領主は僅かに悲しげな表情を見せたが、どこか安堵したような表情がセリカには印象的だった。

 次期領主のレグルスが亡くなったことで、現領主が亡くなった後の後継者についての話になった時が、セリカにはとてつもなく面倒な話だった。

 見知らぬ人達が、自分を大層な人間のように扱うのである。セリカからすれば、他人としか思えない人間がまるで家族だと言いたげに話しかけてきてるとしか思えなかった。

 領主も、その周りにいる人間達も、身分の高い人間達が自分を大事な人だと伝わるような表情で語りかけてくる。


 それが、セリカにはとてつもなく気味が悪くて仕方なかった。


 そんなに大事な人間だったのなら、なぜもっと早く自分を探そうと思わなかったのか。そんな疑問をセリカが抱くのは当然のことだった。




『今更、私が必要とか都合の良いこと言うなよ』




 そこでセリカが思わず、その旨をその場にいる全員の前で伝えてしまったのだった。

 孤児として、幼い頃から今まで生きてきた身として、今までの苦労を考えれば、セリカには容認できないことでもあった。

 今日まで放置され、探すことすらされなかったのに、今になって必要だと言われたところでセリカの心には不信感しか持てなかった。

 そんな誰もが思うような当たり前のことを、セリカに言われて領主達は返す言葉もないように顔を強張らせた。

 しかし領主も、セリカの言い分を理解して、彼女に全てを話していた。


 セリカの母親であるセレス・フローレスは、以前にこの城で暮らしていた。しかし今は亡きレグルスがセレスを手籠めにしようとしたのが全てのキッカケだったと。

 レグルスにより、セレスに無実の罪を着せられ、生まれたばかりのセリカと共に城を追い出された。

 領主達は最初、セレスが本当に罪を犯していたと思っていたのだが、レグルスが口にした一言で全てを悟った。





『セレス、アイツは良い女だった。俺の言うことを聞いてりゃ、不自由なく生きてられたのによ』




 レグルスが領主と今後の婚姻について話をした際、彼が何気なく答えた言葉は、領主を後悔の責に苛ませた。

 しかし十年以上も前のことを蒸し返したところで、レグルスの罪を証明できることはできなかった。

 既に城からいなくなっているセレスから証言を得られるわけもなく、レグルスの罪を罰する手立てもなった。

 その時、ふと領主は気づいた。セレスは既にこの街にはいないことは分かっている。捜索を何度もしたが、彼女は見つかることはなかった。既に亡くなっているか、どこかで生きているかは分からない。

 セレスには、一人の娘がいた。もしこの街でセレスが死んでいれば、可能性かなり低いが生きている可能性がある。

 この街の次期領主を決める時に、レグルスではなくその娘を次期領主として提案すれば、レグルス本人が何か行動を起こすと領主は予想していた。

 それ故に、それから領主は様々な行動を内密に行っていた。信頼できる人間だけで、密かにレグルスを罰する方法を。

 意図的に領主が病弱で後先が短いと噂を流し、そしてレグルスではなく、他にも次期領主がいるとレグルス本人に知らせ、セリカを捜索する依頼を各方面に依頼していた。

 もし薄い可能性であるセリカが見つかれば、間違いなくレグルスは何か行動を起こす。その僅かな可能性を、領主は期待していた。それがまさかこの街で孤児としてセリカが生きているとは思わず、驚愕していた。




『ふーん。それで私にどうしてほしいんだよ?』




 しかしそんな話を聞いても、セリカは淡白な答えしかしていなかった。

 何を知ったところで、大人達に都合の良い時にだけ利用されるようなことにはなりたくないとセリカは冷たい目で領主達と向き合っていた。

 だが、そんなセリカに領主は静かに告げていた。




『好きにしなさい。君を救ってあげられなかったのは大人の私達の責任だ。もしこの街にいるのなら好きにしていい。もし気が変わってこの街の次期領主として生きる気があるのなら、全て私が面倒を見る。君の人生は、君の好きにしなさい。せめてもの償いとして、その手助けをしよう』



 

 そう、領主はセリカに話していた。

 唐突の提案に、セリカは内心で困惑していた。

 好きに生きろ。そんなことを言われたところで、セリカには生きる理由など持ち合わせていない。

 ただ理不尽に死ぬことを拒んで、今まで生きてきた、そんな自分にやりたいことなど、考えられる訳がなかった。

 その答えを持ち合わせずに言い淀むセリカを他所に、ふと領主に声を掛けた少女がいた。




『ねぇおじさん。セリカ、何しても良いの?』




 ノワールが制する間もなく、ルミナが領主に訊いていた。




『私達は、この子の人生を決める権利はない。自由にすると良い援助はさせてもらうがな。もし気が向いたら、次期領主として戻ってきてほしいと思っているがの』




 ルミナの失礼な態度を咎めることもなく、領主は小さな笑みを浮かべて答えていた。

 その答えを聞いて、ルミナは何かを思いついたように満面の笑みを浮かべてセリカへと向き合っていた。




『ねぇ、セリカ。もしセリカが良いなら私達と一緒に来ない?』




 ノワールが頭を抱えているのを無視して、ルミナがそうセリカに伝えていた。





『私でもできる仕事、あるのかよ?』

『私でもお手伝いできるから大丈夫だよ、多分』

『すげぇ不安だな。その返事』




 一体、どういうことなのだろうか。そう思っていたが、セリカはそうルミナに言われてしばらく間を空けて答えていた。




『なら、しばらく面倒見てもらうかな』




 セリカの返事に、ルミナが満面な笑みを見せる。

 しかしノワールは顔を引き攣らせなら、頭を抱えていた。

 だが、それでも良いだろう。これから世話になるのだから、自由に生きてやる。

 セリカはそう思って、笑うルミナに小さな笑みを浮かべた。

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