第十五話『気になること』






 ノワールがセリカの髪の手入れを終える。

 髪が整えられたセリカはノワールから離れると、どこか気恥ずかしそうに自分の髪を触っていた。




「なんか気持ち悪いな……」




 まっすぐに整えられた自分の髪を触って、セリカが苦笑いする。

 しかしセリカの髪を見て、ルミナは目を輝かせていた。




「うん! さっきよりもずっと可愛い!」

「ちゃんと整えれば意外と良くなるもんだな」

「おい、お前。今、私のこと馬鹿にしただろ?」




 ルミナは良いとして、ノワールの言葉はセリカには容認できなかった。

 ノワールに指を差さして目を鋭くさせるセリカに、彼は小さく笑みを浮かべていた。




「してない。似合ってる」

「世辞はいらねぇよ。ったく……馬鹿にしやがって」




 セリカはそう言うと、不貞腐れながらベッドで座るルミナの隣に腰を下ろしていた。




「さて、お前達がシャワー終わったなら今度は俺が入るか」




 セリカとルミナを一瞥して、ノワールが立ち上がる。

 ノワールも自分のベッドの横に置かれた大きい鞄からタオルを手に取ると、早々と浴室へ移動していた。

 しかしノワールが浴室に入る瞬間に立ち止まると、




「言っとくが勝手に外に出歩くなよ? もし出歩いたらしばらくアップルパイ禁止にするからな?」

「しないよ! もう!」




 ルミナから即答されて、ノワールは頷くと浴室へと消えていた。

 不満そうなルミナだったが、ノワールがいなくなると彼女はすぐに表情を笑顔に変える。

 そして自分の隣に座るセリカに向いて、ルミナは身を乗り出すそうな勢いで彼女に近寄っていた。




「ねぇ! ねぇ! お話しよ!」

「わかった、わかった。近すぎだっての」




 眼前まで近づいてきたルミナの顔を、セリカが鬱陶しそうに押しのける。

 ルミナはそれに不満そうにするが、渋々とセリカの言う通りに近づきすぎない程度に離れて座っていた。


 


「それで? 何の話すんだよ?」




 ようやくルミナが落ち着いたところで、セリカはそう着ていた。話すと言われても、話題がなければ話はできない。

 ルミナが話をしたいと言ってもセリカには大して話をできるほどの話題など持ち合わせていない。




「うーん。セリカはなにか話したいことある?」




 それはルミナも同じだったのだろう。彼女も「うーん」と唸りながら、そう言っていた。

 ルミナにそう言われて、呆れるセリカだった。仕方ないと思いつつ、彼女は渋々ながら考えてみることにした。

 そして少しだけ考えて、セリカは気になっていたことがあったのを思い出していた。




「あー、ひとつあった」

「なになに?」




 セリカの言葉に、ルミナが興味津々で目を輝かせる。

 そんなルミナに、セリカは今日のことを思い出しながら訊いていた。




「アイツ……ノワールって奴が昼間にやってたこと気になる」

「昼間?」

「あの傭兵達を倒した時だよ。私は見てたが……アイツ、一瞬で移動してた。それと最後に手から出した光と音」




 セリカの記憶にあるのは、昼間に起きた出来事だった。

 ノワールが起こしたあり得ない出来事。一瞬で移動したことと、大柄の傭兵に向けた大きな音と凄まじい強い光。

 普通の人間には到底できないことだった。それを平然と行ったノワールに、セリカは気になっていた。

 あり得ない出来事。それはまさしく――




「あれ、魔法なんだろ?」

「うん。そうだよ」




 ルミナが即答して頷いていた。あまりにも簡単に頷いたことに、セリカが意表を突かれる。

 しかしルミナが頷いたことで、セリカは確信していた。魔法を使える、それはつまりノワールは―― 




「ってことは、アイツ……魔石使いなのか?」

「うん。ノワールが使ったのは魔法。だからノワールは魔石使い」




 その言葉で、セリカは納得した。

 魔法を使える石――魔法石を持った“魔石使い”。

 自分を殺そうとした大柄の傭兵のような魔法石を見せつけながら魔法を使う偽物ではなく、瞬時に魔法石も見せずに魔法を使える“本物”の魔石使い。

 噂程度でしか聞いたことのない存在が本当にいることに、セリカは目を僅かに大きくした。




「やっぱりそうなのか……初めて見た」

「この街にはノワール以外の魔石使いはいないの?」




 ルミナの質問に、セリカは首を横に振っていた。




「わからねぇ、少なくとも私が住んでるこの地区じゃ見たことない」

「あの大きな人も魔法石使ってたけど、あんまり慣れてなかったように見えたから……そんなにいないものなんだ」

「お前は良く見てるみたいな言い方だな? お前、他の魔石使いも見たことあるのか?」

「あるよ。というより私の周りにいる人はみんな魔石使いだと思う」

「とんでもねぇ場所にいたのな、お前」




 ルミナの何気なく話した内容に、セリカは震えていた。

 そもそも魔石使いなどに会える機会など普通の人間にはないだろう。

 セリカも噂でしか聞いたことがないのだ。魔法石を用いて、魔法を使い、戦うことに特化した人間。そんな恐ろしい人間が身近にいるとすら思わない。

 そんな人間が周りに多くいたというのだから、セリカは余計にルミナのことが分からなくなった。




「あっ! それとなんかアイツ、あの時言ってなかったか? 第一とかなんたらって?」




 それ故に、そのことを考えることをやめたセリカはまた気になっていたことを訊いていた。

 セリカの問いに思い当たることがあったルミナはハッと思い出すように答えていた。




「ああ、魔石の種類のことだね?」

「なんだ? お前魔法使えないのに知ってるのかよ?」




 意外にもルミナから答えが返ってきたことに、セリカは驚いた。

 今まで聞いた話だと、ルミナは魔法が使えない。つまりは彼女は魔石使いではない。

 それなのに魔法石と魔法について知っているというのだから驚きだった。




「一応? ノワールとかセシアが教えてくれたから……もしかして知りたい?」




 小首を傾けて、ルミナが問う。

 そう訊かれてセリカはムッと考える仕草をするが、すぐに彼女は口を開いていた。




「ちょっと気になる」




 自分が魔法を使えるわけではないが、セリカは素直に知りたいと思ってしまった。

 昼間のノワールのように魔法を使うのは、一体どういう原理で起きているのだろうと。




「なら私が教えましょう! これでもちゃんと勉強してるの!」




 セリカの言葉に、ルミナはどこか誇らしげに胸を張っていた。

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