第4話 直後の夜2

「気は済んだかい?」


 さっきまで、倒れていたやつら。ひとりずつ、起き上がる。


「いい蹴りだった。殴りのほうも。なかなかだな。即戦力だ」


 もういちど、暴れないといけないのか。


「やめとけよ。つかれるだろ。いくらやったって気が晴れることはないぞ」


 気が晴れることはない。その一言で、なにか、燃え尽きたような感じになる。


「どうでもいい」


 つい、口に出してしまう。もう、どうでもいい。


「どうでもいい、か。何か心に屈託を抱えていらっしゃるようで」


 スーツのやつら。この前叩きのめしたひとりだけが残り、残りは何食わぬ顔で去っていった。


「気にすんな。夜の哨戒だよ」


 哨戒。こんなに平和な街で。


「出るんだよ、色々。狐とかな」


 狐が出て、何か不具合のあることでもあるのだろうか。たしかにこの街は、郊外に行くと山があったりもする。海岸線も、そこそこの距離ある。


「殴られたり蹴られたりで自己紹介が遅れたな」


 スーツのやつ。懐から煙草を取り出して、火をつけずに吸いはじめた。辺りを、ミントの香りが漂う。


「俺たちは、街の正義の味方だ」


 正義の味方。

 どうやらこいつらは、ばからしい。


「ばかだって思っただろ」


 顔に出たか。


「俺たちは、街を守るためなら何でもやる。次元の壁を越えたり、地球をまるごと破壊したり」


 どうやら、本当のばからしい。


「街を守るためなら、平気でしぬ。それが俺たちだ」


 しぬ。その言葉だけ、妙に惹き付けられる。


「お、しにたいって顔してるな」


 やはり、顔に出ているらしい。


「そういうやつらの集まりでもある」


 また、煙草。ミントの香り。


「おまえを勧誘に来た」


「正義の味方に?」


「そうだよ。おまえみたいな、ぎらぎらしてるやつもたまにはいい」


「他を当たれよ」


「しにたいんじゃないのか?」


 ちょっと、迷う。


「しにたいから、なんなんだ」


「しねるぜ。望むなら明日のトップニュースだ。すぐにでもおまえはここから消え去る」


「それもいいな」


 すぐに、しぬ。それでいいかもしれない。


「なんでしにたいのか、教えろよ」


 どうでもいいことだった。


「ときどき一緒にいた人間に、告白された」


「へえ」


「それを、拒否した。自分でも、なんで拒否したのか分からない」


「それで、むしゃくしゃして暴れてたのか」


 それだけだった。


「そいつのこと、好きだったか?」


 好き、だったと思う。


「相手の好意を無下にするようなやつじゃなさそうだし、まあ、屈託を抱えることもあるか」


 何を知っているんだ。彼女と自分のことを。


「おまえが、自分を認めてないからだよ。自分自身を認めてやれないから、彼女から好意を受けた自分自身を許せない。それで、何もできなくなって逃げるしかなくなる」


 煙草。ミントの香り。


「まるで見てきたような感じだな」


「見てたからな、実際」


 嘘だろう。べつに、公園のベンチに人影はなかった。


「お前に告白した相手のこと、知ってるのか」


「いや、知らない」


 知らない。何も。彼女のことは。


「じゃあ、俺が素性をばらすのはフェアじゃないな」


「明日には死ぬのにか?」


「そりゃあ、まあ」


 また、煙草。ミントの香り。


「ああ、これか。これは煙草擬きだよ。ただのミント。喉がちょっとすっきりするだけ。市販のタブレット以下の性能」


「1本くれ」


「いいぜ」


 手渡される。見た目は、煙草。

 吸ってみた。


「な。ただのミントだろ?」


 たしかに、ただのミントだった。意味がない。普通のタブレットでいいのに。


「まあ、いずれ分かる」




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