第132話 無惨な現実
マーガレットが育った孤児院に行っても大した情報を得ることはできなかった。
何故なら既に孤児院は廃墟と化していたからだ。
「嘘……」
その光景を見たマーガレットの第一声はそれだった。
院長を含めた職員たちは全員惨殺されており、子供達の遺体もまた傷つけられて無残な姿となっていた。
「誰がこんなことを……」
「血、乾いてる。でも、認識疎外結界張られてた」
無残な光景の中、コメリナは冷静に分析していた。
その冷静さがスタンフォードにはただただありがたかった。
「死因の爪痕、おそらく竜の仕業」
「ミドガルズの連中の仕業か……!」
スタンフォードは血が滲むほどに拳を握り締める。
「これは宗教団体の方じゃなくて完全に竜人が動き出したってことよね」
青褪めた顔をしながらも、ポンデローザは努めて冷静に状況を整理しようとする。
「ミルカ、キキ、イワン……」
その横でマーガレットは茫然とした様子で亡骸に向かって呼びかけ続けていた。
しかし、当然の如く返事はなく、やがて彼女はボロボロと涙を流す。
「どうして……どうしてこんなことに……絶対に、許さない」
マーガレットは泣き崩れながら、この惨劇を引き起こした犯人に対して怒りを露わにする。その様子を見て、スタンフォードは静かに彼女の肩に手を置いた。
「ラクーナ先輩。ひとまず彼らを弔いましょう」
マーガレットは嗚咽を漏らしながら、こくりと小さく首を縦に振った。
その後、三人はマーガレットを連れて孤児院を離れた。
そして、近くの森まで移動したマーガレットは全員を埋めたあとに両手を合わせて黙祷する。
その様子を遠巻きに見ながら、スタンフォードはポンデローザに声をかけた。
「ポン子」
「ええ、わかってるわ」
ポンデローザは既にそれを察しており、スタンフォードも彼女に確認をとるように尋ねた。
「あの孤児院の子供はラクーナ先輩と同じ境遇の子供だったんだと思う」
「ラクリアの魂を入れる器を作るための実験体、そう言いたいのね?」
二人はマーガレットの後ろ姿を眺めながらも、お互いの考えを確認する。
マーガレットの過去を知るために彼女と一緒に故郷に来たものの、結局はなんの情報も得られなかった。
「裏でガーデルにセルペンテ家を探らせた結果、この孤児院に裏ルートを使って出資していたのはセルペンテ家だった。リアの存在を考えれば無関係とは思えない」
「メグがラクリアに似ているのは、原作のメタ的な要素のせいだと思ってたけど、この世界は原作の要素を補完するように出来ている」
日本食やサウナなどの文化がルドエ領で生まれていたように、幼少期のバックボーンが存在しないマーガレットにも同じように原作設定を補完する何かがあって然るべきだ。
絶えたはずの血筋、セタリアに宿るラクリアの魂。
様々な設定を補完するように世界が与えたマーガレットの生い立ち。
「ミドガルズオルムは闇魔法を使って、魂の転生や死者の蘇生をすることができる。つまり、ラクーナ先輩の肉体は闇魔法で再構築された初代世界樹の巫女、ラクリア・ヴォルペのの可能性が高い」
スタンフォードはそう仮説を立てた。
「BESTIA HEARTは再構築したラクリアの肉体に無事に魂が宿った世界、BESTIA BRAVEは実験がうまくいかなかった結果セタリアに魂が宿った世界ってことね」
「セタリアとラクリア様の人格が統合されなかったのも、ラクーナ先輩にラクリア様以外の魂が宿ったのもミドガルズオルムにとっては想定外のこと。そして、僕が滅竜魔闘で優勝して獅子のベスティアに目覚めたことも想定外だったはずだ」
「あたし達がこうしてヒカリエに調査しに来たのも想定外の出来事。つまり証拠隠滅の時間がなかったってことよね」
そこまで考えたとき、ポンデローザは顔を真っ青にした。
スタンフォードもその考えに思い至っていた。
運命に左右されて決められた運命を変えることはできた。
しかし、それは本来生きることが約束された人間がいつ死んでもおかしくなくなるということでもあるのだ。
わかっていたはずだった。それでも目の当たりにした現実はあまりにも残酷である。
「ポン子、気に病んで止まってたら何も得られない」
「スタン、あんたね……!」
ポンデローザは拳を強く握り締めて、奥歯を噛み締める。
「誰も死なせたくないって殻に閉じこもってた君を連れ出したのは僕だ。業は全部僕が背負うから君は気に病まないでくれ」
スタンフォードの言葉を聞いて、ポンデローザはハッとした表情になる。
淡々としているように見えて、スタンフォードもまた心の内では責任を感じていることを悟ったからだった。
「様子見は終わりね」
「ああ、ミドガルズオルムは絶対に倒す」
二人は決意を新たにすると、マーガレットの元に戻ることにした。
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