第131話 マーガレットという存在
しばらくすると、それぞれが注文した料理が運ばれてくる。
「へい、おまち!」
威勢の良い掛け声とともに、ドンっとテーブルの上に並べられたのは海鮮丼や刺身の盛り合わせといった料理の数々だった。
そして、全員が揃ったところでマーガレットが音頭を取る。
「それじゃあ、いただきます!」
「「いただきます!」」
「……いただきます」
全員が一斉に手を合わせていただきますをしてから料理に手を付ける。
スタンフォード、ポンデローザ、マーガレットの三人が美味しそうにお互いの料理を交換しながら食事を楽しむ中、コメリナだけがゆっくりと料理を口に運んでいた。
普段から表情の変化に乏しいコメリナだが、スタンフォードは彼女の顔色があまりよくないことに気がついた。
「コメリナ、どうかしたのか?」
「……生魚、苦手」
コメリナはいつもと変わらない平坦な声で答える。
しかし、その声からはどこか弱々しい雰囲気を感じさせた。
コメリナは箸を置いて、スタンフォードを見つめる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「いや、何で頼んだんだよ」
「食べたこと、なかったから……」
「それなら僕からもらえばよかっただろうに」
コメリナは食べたことのない生魚が気になって注文していた。
そんな彼女に対して、シェアすることを前提に話を進めていたのだからもらえばいいじゃないかとスタンフォードは呆れたようにため息をついた。
「にしても、久々の海鮮丼は最高ね! 何年ぶりかしら!」
転生して以来、生魚を食べることが出来ていなかったポンデローザは心底嬉しそうに海鮮丼を口の中にかき込んでいった。
「僕も生魚は久しぶりだな」
スタンフォードも王族としてあまり王都の外に出たことがなかったこともあり、生魚を食べるのは転生して以来のことだった。
「私は学園に来る前はよく食べてたけど、それでももう一年以上前のことなんだね」
マーガレットは刺身定食を頬張りながらも、自分がヒカリエの町で暮らしていたときのことを懐かしむ。
「そういえば、孤児院のみんなとは仲良かったし、診療所の先生の手伝いをする日々も懐かしか──っ!」
昔を懐かしみながら思い出を語ろうとした途端、マーガレットは頭を抑えて苦しみ出した。
「どうしたんですか、ラクーナ先輩!」
「大、丈夫……〝
マーガレットはそのまま抑えた手で自分の頭に回復魔法をかけた。
それで頭痛は収まるかと思いきや、マーガレットははっとした表情を浮かべてブツブツと呟き出す。
「やっぱり、あれは……夢じゃなかった」
マーガレットは苦しげな顔で、何かを思い出そうと必死に記憶を探るが、彼女が思い出せたことはほんの一部に過ぎなかった。
「地下にある牢屋、実験の毎日……」
「先輩、しっかりしてください!」
「〝
コメリナは即座に水魔法の鎮静をかけてマーガレットを落ち着かせる。
むやみに回復魔法を使用するより、精神を安定させた方が良いと判断したからだ。
それから落ち着いたマーガレットの介抱をコメリナに任せ、スタンフォードとポンデローザは今後のことについて話し合う。
「やっぱり、メグは過去に何かあったとみるべきね」
「そうだね。実験って言葉が引っかかるんだよなぁ……」
ヒカリエという穏やかな場所で育った普通の少女マーガレット。それが原作における主人公の設定だ。
しかし、だ。
普通の少女が突然血が絶えた世界樹の巫女にしか扱うことのできない力を宿すことなどあり得るだろうか。答えは否である。
「あたしはメグと出会う前からラクーナ家の断絶について調査をしたわ。その結果、家系の断絶は何代も前の話だってこともわかっているわ」
「本当に奇跡のような確率で生き残った血筋の者が先祖返りを起こした。それ以外に可能性はないと思っていたけど、きな臭くなってきたね」
スタンフォードは、ポンデローザからマーガレットの原作での立ち位置や設定を聞いた当初に考えていた流れが間違っている可能性を考慮していた。
BESTIA HEARTでは、セタリアではなくマーガレットにラクリアの魂が入っていたため、主人公として動くことができた。
BESTIA BRAVEでは、セタリアにラクリアの魂が入っているため、そもそもマーガレットは存在していないことになっている。
そこまで考えたとき、ある可能性が浮かんだのだ。
「セタリアにラクリア様の魂が入った場合、ラクーナ先輩の肉体はどうなったんだ」
「それよ。あたしもそれが気になってたの」
本来、転生体として存在するはずのマーガレットの肉体。
そこに魂が転生しなかったとして、その肉体には光魔法が宿っているはず。
創世記から転生を繰り返しており、虎視眈々と国家転覆を狙っているミドガルズオルムがそんな存在を見逃すとも思えなかったのだ。
「ラクーナ先輩が落ち着いたらしっかり調査する必要があるね」
「ええ、それがラスボス打倒への第一歩になりそうね」
スタンフォードとポンデローザはお互いに顔を見合わせて力強く頷くのだった。
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