第109話 初代世界樹の巫女は自由人


 生徒会所属の一年男子であるスタンフォードとブレイブが滅竜魔闘男子の部に出場するため、女子生徒達は見回りに駆り出されていた。

 さらにセタリアは体調不良のため寮で休養中で、マーガレットとコメリナは治癒班の仕事がある。その結果、予選の間にステイシーやアロエラは持ち場を離れることができなかった。


 しかし、二年生や三年生達が気を利かせたことで、二人は予選の最終ブロックの時間に間に合った。


「うひゃー……さすがルーファス様、瞬殺じゃん」

「何か前に直接指導していただいたときよりキレが増してる気がしますね……」


 二人が観客席に到着したとき、ちょうどルーファスが試合開始と同時に予選参加者を全員切り伏せたところだった。

 ステイシーはその身で何度もルーファスの剣を受けてきたとはいえ、予選で見せた剣術の鋭さを見て戦慄していた。

 いつものような楽しそうな表情ではなく、冷酷に対戦相手を切り伏せるその姿からは普段の彼からは感じられない本気が見て取れたのだ。


「今のステイシーならあの剣だって防げるでしょ?」

「あはは……どうでしょうか」


 ステイシーの硬化魔法はセタリアとの試合を経て進化した。

 だというのに、ルーファスの気迫を見たステイシーには彼の剣を防げる気がしなかった。


「〝金剛硬化〟なら防げるかもしれませんが、あれは火事場のバカ力みたいなものですから、完全に使いこなせるようにならないと厳しいと思います」

「そっかー、そうよね。アタシも〝破壊魔法〟を完全に使いこなせるようにならないとなぁ」


 奇しくもステイシーとアロエラは滅竜魔闘を経て自分の魔法の真価を引き出して見せた。

 命を取り合うような戦いではなかったが、二人にとってはこの戦いで得た経験は大きな成長に繋がったのだ。


「ん、あれってセタリアじゃない?」

「本当ですね。体調不良と聞いていたのですが」


 二人はふと観客席の中に寮で休養しているはずのセタリアの姿を見つけた。

 セタリアは二人の視線に気がつくと、今まで見たことがない花が咲いような笑みを浮かべて近寄ってきた。


「あなた達は確かの友達だったよね!」

「えっ、セタリア?」

「何かいつもと雰囲気が違うような……」


 セタリアとは思えないほど、庶民っぽい所作に底抜けな明るさ。それに違和感を覚えたステイシーはある答えに行きつく。


「まさか、ラクリア様でしょうか?」

「うん! セタリアちゃんは今寝てるから体借りちゃったの、てへ!」

「スタンフォード君から聞いていましたけど、本当にセタリアさんはラクリア様の魂を宿していたのですね」

「セタリアの姿でその性格は違和感しかないけどね……」


 直接戦ったステイシーはもちろん、スタンフォードから情報共有を受けたアロエラもラクリアのことは知っていたとはいえ、貴族令嬢としてお淑やかに振る舞っていたセタリアがこうも笑顔で飛び跳ねていると違和感しかなかったのだ。


「アロエラちゃんだっけ? あなた本当にヒュースちゃんにそっくりね!」

「ヒュースって……サングリエ家の開祖で守護者の一人だった方ですよね」

「うん、ベルちゃんと並んでニール君の側近だったんだよ。確か二人共クリエニーラ族からの付き合いだったかな? いやぁ、懐かしいなぁ」

「あのラクリア様、情報量が多いのでそのお話はまた今度に……」


 そのまま思い出話に移行しそうだったため、ステイシーは一旦会話に割って入る。

 創世記では、聡明な女性として伝わっていたラクリアだったが、実物は創世記とは似ても似つかないほどに自由人だった。

 その事実に歴史好きなステイシーは真実を知れて嬉しいような、イメージと違ってガッカリしたような複雑そうな表情を浮かべる。


「ラクリア様はどうしてこの場所に来たのですか?」

「そりゃ来るっきゃないでしょ! 魔導士同士の戦いだよ? わくわくするじゃん!」


「「えー……」」


 ステイシーとアロエラの中にあった神殿で静かに祈りを捧げる神聖な巫女のイメージが音を立てて崩れ去っていく。

 そんな二人の様子などお構いなしに、ラクリアは興奮したように続ける。


「それに魔導士の血は長い年月を経てどんどん薄まっていく。なのにステイシーちゃんみたいなすごい子がいるってだけでわくわくするもん。こりゃニール君の子孫にも期待だね」

「ニールっていうと初代国王様ですよね」

「うん、あのスタンフォードって子と顔までそっくりなんだよ!」

「そういえば、ムジーナ様もそんなことを仰っていた」


 ステイシーは以前、魂だけの姿で出会ったポンデローザの先祖であるムジーナのことを思い出していた。


「む、ムジーナ……!? あなたあの子にあったの?」

「ええ、魂だけの姿でしたけど」

「そ、そっかー……そっか」


 ムジーナという名前を聞いた途端、ラクリアは先ほどまでの明るさが嘘のように悲し気な表情を浮かべる。


「あの子、私に何か言ってた?」

「確か……『血が繋がってるってだけよ。はっ、あんな奴、もう姉だとは思ってないわ』と」

「うぐっ……そりゃそうよね……」


 ステイシーが率直にムジーナの言葉を伝えたことで、ラクリアはわかりやすく傷ついた表情を浮かべた。


「でも、魂で漂ってるってことはまた会えるチャンスはあるのよね……よし! 今度謝ろ!」


 しかし、次の瞬間にはまた明るい表情に戻っており、呆気にとられたステイシーとアロエラは二人の間に何があったかを聞きそびれるのであった。

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