第95話 ほんの少しでいいから背負わせてほしい
アロエラ、セタリア、ステイシーは順調に本戦を勝ち上がっていた。
『勝者、ステイシー・ルドエ!』
そして、ステイシーはついに準々決勝まで勝ち進んだ。
これは魔導士としての才能がない者にとってある種の希望ともなりえた。
事実、魔導士として落ちこぼれの烙印を押された生徒達は才がなくとも勝ち進むステイシーを見て自分も努力と工夫で成り上がれるのではないかと希望を抱き始めていた。
ステイシーは滅竜魔闘以外でも、守護者の家系以外で生徒会メンバー入りしたり、竜人を打破したり、数々の功績を残している。
そんな学園史上初の快挙を更新し続ける彼女は、それを喜ぶこともせずに真剣な表情のまま控え室へと戻っていく。
スタンフォードと出会う前のステイシーならば、素直に自分の快挙を喜ぶこともできただろう。
しかし、今の彼女には滅竜魔闘で勝ち上がることしか頭になかった。
控え室で汗を拭っていると、ノックの音がしたためステイシーはドアの方を振り返る。
「どうぞ」
「やあ、お疲れさん。準々決勝進出おめでとう」
スタンフォードは笑顔を浮かべると、ステイシーの健闘を称える。
「スタンフォード君、控え室までわざわざ来るなんてどうしたんですか?」
「どうしたはこっちの台詞だよ。予選突破のときもアロエラが舞台を粉々にしたせいでできた舞台修復の時間も観客席に来なかったじゃないか」
ステイシーは入学当初から友人がいなかったため、スタンフォードと出会ってからできた友人との時間を大切にしていた。
そんな彼女が一度も友人グループの元へと顔を出さないことをスタンフォードは心配していたのだ。
「あまり自分を追い詰め過ぎない方が良いよ」
スタンフォードはステイシーが必要以上に気負っていると感じていたのだ。
「ステイシー、少しは肩の力を抜いたらどうだい? 確かに滅竜魔闘は魔導士としての実力を国の上層部にアピールするいい機会だけど、それじゃ本来の実力を発揮できないだろう。あくまでも自分のポテンシャルを最大限に引き出すことだけ考えればいいのさ」
「でも、それだとスタンフォード君が……!」
「えっ、僕?」
ステイシーが気にしていたのはスタンフォードのことだった。
コメリナから聞かされたスタンフォードが滅竜魔闘にかける思い。
それがステイシーには気がかりだったのだ。
「スタンフォード君は大きな何かを成し遂げるために今ももがいている。そうなんじゃないですか?」
ステイシーは以前から疑問に思っていた。
何故、スタンフォードは噂とまるで違う性格に成長したのか。
他者を見下し、平気で傷つけるような人間だったはずのスタンフォードはその面影すらなくなっていた。
そして、スタンフォードと関わるようになってから起きた異形種騒ぎやミドガルズ絡みの事件。
ポンデローザが一人で竜人のスパイだったリオネスと対峙していたこともステイシーには偶然とは思えなかったのだ。
「……ステイシー、君は運命を信じるかい?」
「運命、ですか」
「ああ、そうさ。例えば、この世界が何かの物語の中の世界で、僕達一人一人の運命は決められているとして、君は運命を受け入れられるかい?」
スタンフォードの唐突な言葉に少しだけ考え込むと、ステイシーは胸を張って答えた。
「私は運命が決まっていたとしても、やることは変わりません。私にはできることが少ないですから、自分にできることを精一杯にやるだけです」
「そっか、君はすごいな」
眩しすぎるほど真っ直ぐな言葉にスタンフォードは苦笑する。
曖昧な会話を続けるスタンフォードに、もどかしさを感じていたステイシーは単刀直入に尋ねる。
「スタンフォード君は何を一人で背負っているんですか」
「それは……」
ポンデローザが原作で決められた運命に阻まれ続け、凍り付いてしまった心を救うためにスタンフォードは前に進んでいる。
それは転生者にしかわからない辛さだ。
「詳しい訳は聞きません」
しかし、ステイシーにもわかることがある。
「友達を助けたいという思いに理由は必要ありません。前に言ったじゃないですか。過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられるって」
「ステイシー……」
「私にも手伝わせてください。私はこの滅竜魔闘で優勝してみせます」
ステイシーは決して気負っていたわけではない。
一分一秒でも勝つために思考を止める時間が惜しかったのだ。
「スタンフォード君、ほんの少しでいいんです。私にも背負わせてくれませんか?」
どこまでも謙虚でいて、どこまでも貪欲。
そんなステイシーの姿を見て、スタンフォードは自分がまた視野狭窄になっていることに気がついた。
「……ありがとう」
そして、準々決勝に臨むステイシーへと激励の言葉をかけた。
「僕は君が優勝すると信じているよ」
「はい、任せてください!」
友人にから分けてもらった重荷を背負い、ステイシーは覚悟を新たに準々決勝へと向かうのであった。
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