第91話 自称身勝手な婚約者
滅竜魔闘女子の部の予選が終わり、観客は休憩を兼ねて出店に飲食物を買いに行ったり、誰が勝つか予想して金銭を賭ける魔導士ダービーを行っていたりなどして盛り上がっていた。
「ったく、貴族のお坊ちゃまやお嬢様が俗っぽいことするよねぇ」
「闘技場での戦いで賭けをするのは元々貴族の習慣でしたから、貴族らしいといえば貴族らしいですね!」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、スタン兄さまから教えていただきました!」
フォルニアはスタンフォードから様々なことを教えられてきた。
そのため王女でありながら、フォルニアはちょっとした豆知識は豊富に知っていた。
「っと、そろそろ本戦の時間だ。アタシらは行くよ」
「アロエラ、先に行っててくださいな」
「おう、セタリアもさっさと来いよ」
アロエラとセタリアは本戦があるため、選手の控え室に向かわなければいけない。
しかし、セタリアはアロエラを先に行かせてこの場に残ると、スタンフォードに向き直った。
「スタンフォード殿下、少々よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。みんなちょっと行ってくる」
セタリアに連れられたスタンフォードは、選手の控え室に続く廊下にやってきた。
「随分とアロエラと仲良くなったみたいだな」
「ええ、スタンフォード殿下を見習って私も人間関係の面で頑張らなくてはと思いまして」
セタリアは周囲の人間と良好な関係を築くことが得意だった。
しかし、それは浅く広くといったもので、スタンフォードのように周囲に嫌われながらも深い人間関係は築くことができていなかった。
「へぇ、君も殻を破ろうと足掻いているってところってことか」
「ええ、殿下には負けていられませんから」
「人間関係で君にライバル宣言されるなんて光栄だよ」
微笑みながら談笑する二人。その間にはどこかぎこちなさがあった。
それを察したスタンフォードは単刀直入に尋ねる。
「リア、何か僕に言いたいことがあるんじゃないのかい?」
「……本当に殿下には敵いませんね」
苦笑すると、セタリアは諦めたように白状した。
「スタンフォード殿下、あなたは私がこの本戦で優勝することを望んでいませんよね?」
「ああ、少なくとも応援はしていないよ」
歯に衣着せぬ言葉に、セタリアは虚を突かれた表情を浮かべたあと、複雑そうに告げた。
「確かにブレイブの件など殿下の機嫌を損ねるようなことはしてきた自覚がありますが、そこまではっきり言われると何というか……」
「安心しろ、それについてはまったくと言っていいほど何とも思っていない」
バッサリと切り捨てるように言うと、スタンフォードは苦笑しながら告げる。
「正直、君に優勝してほしくない理由は僕の身勝手な理由だ。だから君は気にせずに全力で試合に臨めばいい」
「身勝手な理由、ですか……あなたからそんな言葉が出るなんて本当に変わられましたね」
「どういう意味だよ」
「だって、以前の殿下ならば身勝手な行為も当然の権利という顔をして行っていましたから」
今度はセタリアが歯に衣着せぬ言葉をスタンフォードへと告げる。
「そこまではっきり言われると意外と傷つくな……」
「さっきのおかえしです」
セタリアは小さく舌を出して笑う。そんな彼女を見てスタンフォードからも笑みが零れた。
そして、表情を引き締めると、セタリアはスタンフォードの真意を改めて確かめた。
「スタンフォード殿下。身勝手なんて言っていますが、本当はもっと大きなことのために私が優勝しないことを望んでいるのではありませんか?」
「いや、身勝手な理由さ。だって僕はたった一人の人間を守りたいだけなんだから」
スタンフォードにとって重要なことは、ポンデローザがまた無邪気に笑える世界を取り戻すことだった。
自分が奪ってしまった彼女の幸せを可能な限り返してあげたい。
彼が前へ進む理由はただそれだけだった。
「でしたら、今まで通り身勝手に命じればよいではないですか。私はあなたの婚約者、あなたの命令を聞く義務は十二分にあります」
「確かに運命の分かれ道と言ってもいい大事な局面だ。だが、目先のことに囚われるつもりはない」
ポンデローザの心を救う。
そのためには決められた結末を変えなければいけない。
原作での結果は、女子の部でセタリアが優勝、男子の部でブレイブが優勝するというものだ。
もし結末を変えるのならば、セタリアにわざと負けてもらえば済む話ではあるのだ。
しかし、スタンフォードはそれを良しとしなかった。
「君が自分の殻を破って成長することもまた大事なことなんだ。君が優勝しないように妨害なんてしなくても、僕が男子の部で優勝すればいいだけの話だからね」
セタリアは幼い頃から家のために尽くし、政の道具として扱われてきた。
そんな彼女がブレイブとの出会いをきっかけに自分の意思を持ち、成長しようとしている。
それを妨げて得られる目先の結果にスタンフォードは納得ができなかったのだ。
「自分のケツは自分で拭く、ただそれだけさ。それに……」
「それに?」
スタンフォードはニヤリと笑うと、自慢げに告げた。
「優勝を譲ってやってもいいなんて気でいると、僕の謙虚な友人に足元を掬われるよ」
それが誰なのか、すぐに思い当たったセタリアは小さく吹き出した。
結局、この人は何一つとして身勝手な振る舞いはせず、ただ婚約者を思いやって友人を信じているだけじゃないか、と。
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