第92話 騒がしい来賓席

 滅竜魔闘女子の部本戦。

 予選とは違う一対一の真剣勝負。

 それに臨む選手達は緊張した面持ちで控え室での時間を過ごし、集中力を高めていた。

 多忙な国王すらも見に来るという大舞台は将来魔導士を目指す学生にとってまたとないチャンスだ。


「いやはや、今年は豊作ですなぁ」

「うむ、彼らが順調に育ってくれればこの国も安泰というものだ」


 オクスフォード・クリエニーラ・レベリオン。この国の国王にして、ハルバード、スタンフォード、フォルニアの父親である男だ。

 彼は珍しく楽し気に護衛としてついてきたスティール・ウル・リュコスとの会話を楽しんでいた。


「息子がまともに育ってくれれば私も安心して剣を鞘に納められるのですがね……」

「ルーファスか。何、うちのバカ息子に比べれば可愛いものだ」

「どうでしょうねぇ。最近のスタンフォード殿下はまともになったという噂も耳にしましたし」

「所詮は噂だ。この二日間、この目でしっかりと見届けさせてもらうさ」


 オクスフォードは観客席で友人達やフォルニアと楽し気に過ごしているスタンフォードに厳しい視線を送る。


「多少はマシな顔をするようになったみたいではあるな」

「過去は過去、今は今。子供の成長は早いものですよ」

「そうあってほしいがな」


 心から笑い合える友人ができる程度にはコミュニケーション能力は改善した。

 それがわかっただけでも、オクスフォードはこの場にわざわざ足を運んで良かったと思っていた。

 オクスフォードの表情が緩んだことを長年の付き合いから察したスティールは内心苦笑していた。

 普段は国王として常に厳しくあらんと気を張っているが、何だかんだでオクスフォードも人の親。スタンフォードが問題行動を起こす度に心配していたのをスティールはよく知っていたのだ。


「そういえば、気になる話を耳にしました」

「何だ。また噂か」


 くだらない、と一蹴してオクスフォードは毒味の済んだ飲み物を口に含む。


「スタンフォード殿下は我がリュコス家の分家であるベルンハルト家の娘コメリナ嬢と恋人関係だとか」

「ぶっふぉ!?」


 予想だにしていなかった報告に、オクスフォードは勢いよく口に含んでいた飲み物を吹き出した。


「こ、国王陛下!?」


 突然オクスフォードが飲み物を吹き出したため、周囲は毒でも盛られたのかと大騒ぎになる。

 それを手で制してオクスフォードは表情を引き締めて告げる。


「だ、大丈夫だ。少々驚いただけだ。心配は無用」


 あごひげからダバダバと飲み物を垂らしながら表情取り繕っても、その姿にはまったくもって威厳はなかった。


「して、コメリナ嬢との関係の信憑性は?」

「スタンフォード殿下とコメリナ嬢はかなり親密な関係らしく、ボーア家のアロエラ嬢以外との交友関係がなかったコメリナ嬢とクラスでも親し気に話しているとのことです。またかなりの頻度で彼女の寮の部屋を訪れるようです。部屋に泊まった翌日には首筋に痣があったとか」

「ま、まあ、コメリナ嬢は守護者の血筋の者だ。側室としては申し分ないだろう」


 王族である以上、側室を取ることは必須だ。

 王族は貴重な雷魔法を後世に残すため、将来的に子孫をたくさん残さなければいけない。

 その手のことが苦手なオクスフォードですら側室を取ったのだ。

 むしろ、婚約者以外に親密な関係の女性がいることは好ましいことだった。


「また世界樹の巫女の末裔であるマーガレット嬢ともよく学園街や校内で二人きりで過ごしていると聞いております」

「あやつめ、やりおるのう……」


 まさか貴重な光魔法の使い手であるマーガレットにまで手をつけているとは、さすがのオクスフォードも予想できずに驚いた表情を浮かべる。

 マーガレットもまた後世に光魔法を残さなければいけない存在だ。

 そんな女性とも関係を持ち、今も友人を含めて良好な関係を築いている。

 オクスフォードはスタンフォードの評価を改める必要があると感じた。


「また他クラスのステイシー嬢とも親密な関係にあるそうです」

「えぇ……まだいるのぉ?」


 止まらないスタンフォードの女性関係の話に、オクスフォードは外にいるというのに若干素が出てきていた。


「何でもスタンフォード殿下がわざわざ他クラスまで出向いて声をかけるのは彼女だけだそうです。他の有力貴族の女子生徒には目もくれないらしいですよ」

「ステイシー嬢といえば、ルドエ准男爵の娘さんだったな」


 生徒会での調査結果は国の上層部にも届いており、ルドエ領に隠された真実も、王家に仕えるリオネスがミドガルズの手の者だったことも、ステイシーがその裏切りの竜人リオネスを打破したことも当然知っていた。


「ルドエ領には改めて訪問しなければならないな」

「ええ、そのときは私も同行いたします」


 今この瞬間、ルドエ領にいるステイシーの父親であるゴーマの胃薬の服用頻度が上がることが決定した。国王と騎士団長がわざわざ領を訪ねてくるなど、卒倒ものである。


「それとこれはうちのドラ息子からの情報なので、信憑性は薄いのですが……」

「何だ、言ってみろ」


 どうせこれ以上驚くことはない。

 そう高を括っていたオクスフォードは再び飲み物を口に含む。


「どうやらスタンフォード殿下の本命の女性はポンデローザ嬢だとか」

「ぶっふぅぅぅ! ……げほっ、けほ……! 何だと……!」


 再びオクスフォードが飲み物を吹き出して激しく咽ているため、周囲はまた騒然となる。

 スタンフォードとポンデローザは仲が悪いことで有名だ。


 しかし、しかしだ。


 普段仲が悪いからこそ、裏で付き合っていてもバレないという考え方もできる。

 二人に近しいルーファスからの情報とあれば、その信憑性は増す。

 他の女性なら基本的に誰とくっつこうが問題はないが、ポンデローザはスタンフォードの兄であるハルバードの婚約者だ。

 兄から婚約者を寝取るなど、王家の分裂を起こしかねない。


「あんの……バカ息子がァァァァァ!」


「国王陛下。あんた、噂は鵜呑みにしないはずだったんじゃ……いや、これは報告した私が悪かったな」


 厳格そうに見えてその実、親バカのオクスフォードに迂闊な話をしてしまったとスティールは深く反省した。




「へっくし!」

「どうしたんだ、スタンフォード。風邪か?」

「いや、そうじゃないけど悪寒が……」



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