第84話 コメリナの血液占い

 ブレイブとアロエラはフォルニアを連れて生徒会室を目指していた。


「ニア、せっかくだからうちのクラスの出し物見ていくか?」

「是非!」

「絶対本来の目的忘れてる奴だこれ……」


 目指していたのだが、ブレイブがフォルニアを案内してあげたいという気持ちが勝り、寄り道に次ぐ寄り道を繰り返していた。


「ブレイブ様のクラスはどのような出し物をされているのですか?」

「うちのクラスはまとまりがないから、結局自分達の好きなことをそれぞれするって形になったぞ」

「セタリアが物凄く苦労してたわね」


 ブレイブのクラスにはスタンフォード、アロエラ、コメリナをはじめとして我の強い人間が多く存在する。

 そのため、クラスの出し物は縁日形式で教室の中で好きなことを行うという形に落ち着いたのだ。

 アロエラはクラスのまとめ役だったセタリアのゲッソリとした表情を思い出して苦笑する。


「あれは林檎飴ですね!」


 教室に入ったフォルニアは出し物の一つである林檎飴の屋台を見つけて目を輝かせる。


「おっ、いいとこのお嬢さんなのに林檎飴を知ってるのか」


 林檎を水飴でコーティングした菓子である林檎飴は平民街でもあまりお目にかかれない珍しい菓子だ。

 それをどう見ても上級貴族であるフォルニアが知っていることにブレイブは驚いた。


「兄が味はともかくお祭り気分を味わえるとよく話してくれていたので気になっていたのです!」

「ニアのお兄さんって一体……」


 フォルニアの兄ということは彼もまた上級貴族だ。それなのに、平民の文化に明るいということにアロエラは怪訝な表情を浮かべた。

 フォルニアは浮き足だった様子で林檎飴を一つ購入した。


「おいしいです! 確かに味はそこそこですが、何故か気分が高揚しますね!」

「それ褒めてるの?」

「俺は好きなんだけどなぁ」


 褒めているのか貶しているのかわからないフォルニアの言葉にブレイブとアロエラは苦笑する。

 どこかズレているお嬢様。

 一体彼女は何者なのかという疑問は尽きなかった。


「おっ、コメリナも出し物をしてるのか」

「ブレイブ、アロエラ。巡回、お疲れ」


 コメリナは黒いフードを被り、怪しげな雰囲気を醸し出している。

 彼女は射的や輪投げなどの出し物をしているクラスの中でも異質な血液占いの店を出していた。

 生徒会特別調査班に所属しているコメリナは滅竜祭においてはクラスの出し物に専念していた。

 滅竜魔闘では治癒班の仕事があるものの、それ以外の時間は基本的に非番だった。


「初めましてフォルニアと申します! あなたが王立魔法学園でも有名な最優秀治癒魔導士のコメリナ様ですね。先日は幻竜を倒したと聞いております。将来有望な治癒魔導士の方にお会いできて光栄です! どうか私のことはニアとお呼びください!」

「ふふん……それほどでもある」


 フォルニアには興味のなかったコメリナだったが、自分の功績に目を輝かせながら自己紹介してきたことで口元をほんの少しだけ吊り上げた。


「占っていく?」

「コメリナ、血液占いって何を占うんだ?」


 血液占いと聞いてブレイブは何をするのかピンと来ずに首を傾げる。

 この世界には血液型占いという概念もないため、得体の知れないコメリナの店は閑古鳥が鳴いていた。


「血、情報たくさん。将来、占える」

「血液占いって、あんたまさか……!」


 コメリナの新魔法の実験に友人として協力していたアロエラはコメリナの思惑を理解して戦慄する。


「実験体、たくさん」

「来賓で来てるお偉いさんで人体実験してんじゃないわよ!」


 コメリナはスタンフォード以外にも血液のサンプルを集めるために占いと称して血液を採取していたのであった。


「それで、どういったことを占っていただけるのでしょうか?」

「肉体の成長度合い、魔導士としての将来とかいろいろ」

「魔導士としての将来……」


 占いの内容を尋ねたフォルニアは魔導士としての将来という単語を聞いて表情を曇らせる。

 彼女は魔導士の適性がない。

 それ故に絶対に魔導士にならないという改めて将来を突きつけられるのが怖かったのだ。


「安心する。私、正確に占う」


 しかし、コメリナの魔導士としての優秀さはよく耳に入ってくる。

 もし自分に可能性があり、それが見つかっていないだけなら。

 そう期待せずにはいられなかったのだ。


「ニア、器に手を入れる」

「はい、わかりました!」

「躊躇ないわね……」


 フォルニアはコメリナの言うとおりに、台座に置かれた透明な器に右手を付けた。


「採血する」


 コメリナは器の中にある水に魔力を流すと鎮痛の魔法をかけながらフォルニアの指を浅く切って血を吸い出し始める。

 器の中の水に血液が混じり、コメリナの魔法によって成分が分離し始める。

 血液の成分分析を始めたコメリナは驚いたように目を見開いてフォルニアを見つめる。


「ニア、兄いる?」

「えっ、どうしてわかったのですか!?」

「すげぇなコメリナ! 本当に当たってるぞ!」


 ブレイブとフォルニアが興奮したようにリアクションをするため、周囲の客達も気になってコメリナの占いの館を覗き始める。

 コメリナは魔力を集中すると器の中の水を宙に浮かべて球体の状態で維持し始める。


「魔法適正、水属性。魔力の質、量共に一級品」

「えっ、私に魔導士としての適正はないはずなのでは」


 自分には才能がない。そう思っていたコメリナは占いの結果に驚きの表情を浮かべる。


「最後まで聞く。ニア、心肺機能雑魚。あと、取り込んだ魔力吸収率悪い。検査、適正低くて当然」

「つまりニアは燃費が悪い体ってことね」

「でも、魔法運用しだいじゃどうにかなりそうだけどな」


 フォルニアは魔法の才能がなかったわけではなかった。

 魔力の質も量も一級品だが、それを体に循環させる能力と回復させる能力が極端に低かったのだ。

 つまり彼女は才能こそあれど、それを発揮できない状態にあったのだ。

 魔導士としての適正を計る魔法器具は、器具の補助で擬似的に魔法を発動させるという仕組みのため精度は低い。

 これはコメリナのように血液の中に含まれる情報を詳細に分析できる人間などいないため、仕方ないことでもあった。


「体鍛えて、いっぱい食べる。これで多少改善できる」

「では、私は……!」

「ニア、魔導士になれる」


 コメリナは力強く頷くと、ニアの指の傷を治療して彼女の体に触れて魔力を流し込む。


「これ、サービス」

「一体何を?」

「魔力の吸収率上げた。私、水属性。調整可能」


 コメリナとフォルニアは同じ水属性の魔力を持つ。

 まだフォルニアの魔力の成分はコメリナもよく知っている自分と似通っていることもあって、多少はコメリナの手によって改善することができたのだ。


「頑張れ、後輩」

「コメリナ様、ありがとうございます!」


 コメリナは優しい笑みを浮かべ、涙を流して感激しているフォルニアの頭を撫でる。


「コメリナってあんな風に笑うんだな」

「アタシもコメリナのあんな笑顔初めて見たわ」


 いつも無表情のコメリナが優しい笑みを浮かべたことで、ブレイブもアロエラも、クラスメイト達も驚きを隠せなかった。


「ニア、兄によろしく」

「はい、後でお会いしたときにお伝えしておきます!」


 フォルニアはコメリナに深々と頭を下げる。


「結局ニアの兄貴って誰なんだろうな」

「コメリナは何かわかったみたいだけど」


 余談だが、この一件によりコメリナの近寄り難い雰囲気は多少改善され、クラスメイト達も積極的に話しかけるようになるのであった。

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