第83話 過大評価
スタンフォードは生徒会役員として学園内を巡回していた。傍には臣下であるガーデルも控えている。
「そういえば、ガーデルは滅竜魔闘には出ないのかい?」
「今回は私奴の出る幕ではございませんからな」
ガーデルはどこか気味の悪い笑みを浮かべる。その表情にスタンフォードは胸騒ぎがした。
「何かまた碌でもないことを考えてるんじゃないだろうな」
「まさか。この身は御身に忠誠を捧げております。そのような恐れ多いことは致しませぬ」
その忠誠が紙よりも薄いものだということはスタンフォードが一番理解している。
ガーデルはスタンフォードの臣下となってから、特に行動を起こしたりはせずにおとなしくしている。
彼の性格を知っているステイシー、コメリナ、ジャッジからは相変わらずの性格の悪さと評されているものの、スタンフォードは今の彼は嫌いではなかった。
「スタンフォード殿下。あちらのお嬢さんですが、どなたかを探しているのでは?」
二人で学園内を見回っていると、ガーデルが辺りを見回している少女の存在に気がついた。
「確かに誰かを探しているみたいだな。迷子かな」
「生徒会役員としてはお声がけした方が良いのではないですかな?」
「そうだな。ちょっと声をかけてくるよ」
ガーデルに促され、スタンフォードは少女へと声をかけた。
「そこの君。誰か探しているのかい?」
「は、はい! 兄がこの学園に在籍しておりまして、本日は会いに来たんです」
少女は学園の生徒の妹だった。
それから少女は声をかけてきたスタンフォードを見つめると驚いたように目を見開いた。
「もしかしてスタンフォード殿下でしょうか!?」
「そうだけど、どうして僕を――ああ、この外套と生徒会の腕章か」
スタンフォードの羽織っている外套は王族のみが着用を許されたものだ。また生徒会の腕章もしているのならば、外見からスタンフォードだと判断することはそう難しくない。
少女は畏まったように頭を下げると、弾んだ声音で告げる。
「兄の手紙でお話は伺っております!」
「兄ってまさか……ブレイブの妹のミモザさんか」
ポンデローザから当て馬同盟の作戦会議の度に耳にタコができるほど聞かされた名前。
彼女こそブレイブの義妹であり、BESITA BRAVEのヒロインの一人ミモザ・ドラゴニルだった。
「はい! ミモザ・ドラゴニルと申します! って、え? スタンフォード殿下。何故、私の名前を?」
「ああ、いや。それはあれだ。ブレイブが君のことを話していたような気がしてね」
まさか教え込まれた原作知識だと言うわけにもいかず、スタンフォードは曖昧に言葉を濁した。
「そうだったんですか! それだけでかのスタンフォード殿下に覚えていただけていたなんて光栄です!」
スタンフォードは怪訝な表情を浮かべる。
何か僕に対する好感度高くないか?
ポンデローザから聞かされていた情報では、ミモザも他のヒロインと同様にスタンフォードを毛嫌いしていた。
コメリナがブレイブなんて眼中にないくらいにスタンフォードに懐いてしまったのは完全に原作から離れているが、それ以外のヒロイン達は概ね原作通りの距離感に収まっている。
強いて言えば、セタリアは原作と違ってスタンフォードを人として尊敬しているくらいで、アロエラとの距離感は先日のコメリナベッド事件のせいで遠くなった。
ポンデローザの話では、ミモザは一年時に手紙でやり取りを行い、二年時から本格的に攻略が可能になるキャラクターである。
何かと嫌味を言いながら主人公に突っかかるスタンフォードをミモザは毛嫌いしていた。それが原作での立ち位置である。
予想と違う反応に困惑していると、ミモザは興奮したように続ける。
「兄は言っていました! スタンフォード殿下は努力を怠らず、誰にでも優しく接してくれる人格者で友として尊敬していると!」
「えぇ、それ誰ぇ……」
ミモザからのあまりに高い評価にスタンフォードはつい素の口調で困惑してしまう。
「雷竜ライザルクとの戦いでは、生徒達を守るためにボロボロになりながらも戦い、誰にも触らせたくないとおっしゃっていた自身の魔剣を兄に貸し与え、周囲が兄だけを賞賛する中、特に驕ったりもしない。これが人格者ではなく何だと言うのですか!」
「ものは言いようだなぁ」
スタンフォードとしては、郊外演習で救いたかったのはポンデローザであり、ライザルクに勝つために最善を尽くしただけのことなのだ。
それをこうも都合良く解釈されては、どこか居心地が悪かった。
「僕は自分にできることをしたまでだ。むしろ、あの一件では力不足を実感したくらいだよ」
「兄の言っていた通り、謙虚な方のですね!」
スタンフォードが否定してもミモザは目を輝かせるばかり。
そんな彼女の反応を見て、スタンフォードはゲンナリとした表情を浮かべた。
自分の実力をひけらかし、謙虚に見えるように振る舞い賞賛される。
昔の自分が行っていた愚かな行為。言わば黒歴史。
自分を客観的に見れるようになり、こうしてミモザから評価されることによって、スタンフォードは過去の黒歴史を掘り返されている気分になっていた。
「君のお兄さんは人が良すぎるだけだよ。あいつは何でも良い方に捉えるだろう? 僕が人格者なんてこの学園にいるだいたいの生徒は思っちゃいないさ」
「それはその方々に見る目がないだけでは?」
「違うよ。ブレイブは中等部の頃の僕を知らない。中等部の頃の僕は酷いものだったよ。それを知っている人間なら僕を好意的に見ることなんてないんだ」
自分はこの世界の主人公なのだと調子に乗り、好き勝手に振る舞っていた中等部時代。
それにとって、ジャッジやガーデルなど多くの人間の名誉を貶めた。
自分は大したことないと言いながら他人をこき下ろすことを謙虚に振る舞っていると勘違いしていた愚かな自分はスタンフォードにとっても唾棄すべき存在だった。
「ですが、今のスタンフォード殿下は違うのではないでしょうか」
自嘲するようなスタンフォードの言葉に対して、ミモザは兄であるブレイブのように真っ直ぐな言葉を告げた。
「私は殿下のことを兄経由でしか知りませんが、兄は誰よりも側であなたのことを見ていたはずです。その兄があなたを人格者と判断したのならば、それは私にとって事実でしかありません」
盲目的だな。
スタンフォードはブレイブに対するミモザの信頼感に対してそう思った。
ゲーム的に言えば、ブレイブとミモザの好感度が同期している。そんな状態だと感じたのだ。
「まあ、僕がどういう人間かは入学してから判断してくれればいいさ。君が入学するのを心待ちにしているよ」
「はい! ありがとうございます!」
ひとまずは彼女をブレイブの元へと案内しよう。
待たせていたガーデルの元へと戻ると、スタンフォードはミモザを連れてブレイブを探しに行くのであった。
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