第80話 情けは人の為ならず

 ヨハンとの手合わせを経て、スタンフォードはわかったことがある。

 自分は雷魔法を応用して様々な使い方ができるだけで、使いこなせているわけではない。

 多様な使い方ができるというのは戦術面において大きなアドバンテージとなる。

 しかし、圧倒的な力の前ではそれすら無意味となる。

 ヨハンの剣術はブレイブと非常に似ており、技量でいえばブレイブを上回っていた。

 もし、ヨハンにブレイブと同等の光魔法が宿っていたのならばスタンフォードに勝ち目はなかった。


 ルーファスとの鍛錬のときもそうだった。

 剣を極め、魔法すらも極めていた者に蹂躙される感覚。

 原作においてスタンフォードがブレイブに勝てない理由。

 それらを身をもって思い知らされたのだ。


「器用貧乏は一芸に秀でた者には敵わない、か……それが何だって言うんだ」


 それでも、スタンフォードは立ち止まるつもりなど毛頭なかった。

 器用貧乏が勝てないのならば、器用万能になればいい。

 一つのことを極められないのならば、手札を増やし続ける。

 何度も挫け、心が折れた。その末に覚悟が決まったスタンフォードの心はもう折れなかった。


「殿下、よく来た」

「こんな時間に悪いね、コメリナ」


 スタンフォードはさらに切れる手札を増やすため、コメリナの元を訪れていた。

 コメリナはスタンフォード達の住んでいる滅竜荘とは違い、別の寮に住んでいる。

 貴族の階級ごとに住む寮が分かれていることもあり、他の寮を訪れる生徒は限りなく少ない。

 帰省から戻った寮の生徒達が二人を見て噂話をするが、二人はそんな周囲の生徒達を歯牙にもかけずコメリナの部屋に向かった。


「うおっ、何だこれ」


 コメリナの部屋に入ったスタンフォードは目の前に広がる光景に度肝を抜かれた。


「新魔法、研究中」

「さすがコメリナ。研究熱心だね」


 コメリナの部屋には、様々な動物の血や自分から抜き取った血がガラスの容器に入れられて並べられていた。


「滅竜魔闘、出れない。治癒魔法、優先」

「失った血液すらも回復させる治癒魔法ってやつか」

「うん、まだ全然だけど」


 コメリナはスタンフォードから得た日本の知識を元に、治癒魔法をさらに伸ばそうと研究していた。


「人間、血に魔力がある。だから、回復できない」

「なるほどな。血液型だけじゃなくて魔力も個人差があるってことか」

「アロエラ、協力してくれた。でも、芳しくない」


 コメリナは度重なる実験の結果、人間の血液には大なり小なり魔力が含まれており、属性ごとに千差万別のそれを魔法で回復させることが困難だということを思い知った。

 血液を作るということは、それだけ難易度が高かったのだ。


「魔力抜きの血液を作ることはできないのか?」

「動物、できた。ネズミの実験、結果出た」

「えっ、マジか!?」


 異世界の知識だというのに、聞き齧った知識を自分のものとして消化する。

 元々日本で暮らしていたスタンフォードとはわけが違う。

 想像以上の成果を出しているコメリナに、スタンフォードは目を見開いた。


「でも、ダメ。今、役に立たない」


 スタンフォードは素直にすごいと思っていても、コメリナにとっては納得ができる成果は出ていない。

 今、コメリナを賞賛したところで逆効果になる。

 そう思ったスタンフォードは話題を変えることにした。


「そういえば、ドンブラ湖で幻竜を倒したんだってね」

「うん。竜、強かった。一人じゃ勝てなかった」

「ガーデルは足を引っ張らなかったかい?」

「むしろ逆。ガーデルいたから勝てた。性格、最悪だけど」


 自分の臣下となったガーデルが足を引っ張らなかったと聞いてスタンフォードは安堵のため息をつく。

 性格の面は改善されていないようだが、彼の捻じ曲がった性格がすぐに治るとも思っていないので、今は捨て置くことにした。


「でも、どうやって勝ったんだい?」

「リリ先輩、フェリ先輩、竜の攻撃凍らせてくれた。ジャッチ、周りの雑魚倒した。ガーデル、空中で竜拘束してくれた」


 コメリナは珍しく笑顔を浮かべると、水竜ペスカウルスとの戦いを振り返る。

 偶然、ペスカウルスと接敵したコメリナ達は即座に戦闘態勢を取った。

 ジャッチは周囲の異形種と化したワニの魔物を引き受け、ガーデルやポンデローザの分家筋に当たるリリアーヌとフェリシアはコメリナをサポートして戦った。

 ポンデローザと同様に気が強そうに見えるリリアーヌとフェリシアだが、二人共根はかなりのお人好しであり、不愛想なコメリナにもかなり協力的だったのだ。

 ガーデルは自身の名を上げるため、不本意ながらも全力でコメリナをサポートして勝利を掴み取ったのだ。


「みんな、ボロボロだった。私の魔法じゃ足りない」

「そんなことはないだろ。コメリナの治癒魔法がなきゃみんな死んでたかもしれないじゃないか」

「ガーデルのおかげ。ジャッチ、傷焼いて止血した。それないと、失血死してた」


 ペスカウルスとの戦いで全員が軽くはない傷を負った。

 その状況から生きて帰ってこれたのは、ガーデルの咄嗟の判断によりジャッジの炎魔法で傷を焼いて止血して出血を防いだことも大きかったのだ。


「メグ先輩、戦闘中でもすぐ治せる。ブレイブ、殿下、自分で治せる。私、集中しないと治せない。私、弱い……」


 スタンフォードのおかげで一時は立ち直ったものの、壁にぶつかったことで再びコメリナは落ち込んでいた。

 そんな彼女にスタンフォードは告げる。


「だったらやることは一つじゃないか」

「え?」

「治癒魔導士の仕事は傷ついた者を治療することだ。戦闘中だろうと戦闘後だろうとそれは変わらない。即効性がないのなら、回復力で上回る。考えてもみなよ」


 スタンフォードはそこで言葉を区切ると、自信を持って告げた。


「どんなにボロボロになったって、生きて帰って必ず治してくれる人がいれば――絶対に負けない」


「殿下……!」


 絶対に負けない。その言葉に秘められた決意は、コメリナの消えかけていた胸の炎を再び燃え上がらせる熱量を持っていた。


「君の魔法研究がなかなか進まないのは、君の成し遂げようとしていることがそれだけすごいことだからだよ」

「でも、ずっと結果でない。本当にうまくいくか、自信ない……」

「だったら僕も力を貸すよ。君の魔法運用理論は僕の魔法にも応用できる。ギブアンドテイクってやつさ」


 スタンフォードは日本の知識を得たコメリナが考える魔法運用から新技のヒントが欲しかった。

 情けは人の為ならず。巡り巡って自分にも返ってくるからこそ、協力は惜しまないつもりだった。


「じゃあ、殿下。頼み、ある」

「何でも言ってくれ」

「血、吸わせて」


「えっ」


 告げられたコメリナからの予想外の頼みに、スタンフォードは固まるのであった。

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