第79話 飄々とした男の実力
ヨハン・ルガンド。
初代守護者の家系であるセルペンテ家の分家であるルガンド家の嫡男。
いつも飄々として誰とでも仲良く付き合い、良い意味で貴族らしからぬ男子生徒だ。
入学当時からブレイブのことを何かと気にかけており、今では親友と言えるほどに仲が良い。
スタンフォードとも幼少期から付き合いがあり、スタンフォードとヨハンとは腐れ縁と言っていいだろう。
「それでは、殿下。先手はボクから行かせていただきますよ」
「ああ、来い」
普段から実力も本音も隠しているヨハンが、どういう風の吹き回しか鍛錬の相手を買って出てきた。
スタンフォードも過去に授業で風魔法を使用している姿を見ているため、どんな魔法を使用してくるかは理解している。
ただ、ヨハンが本気で授業に臨んでいるところは一度も見ていないため、警戒を怠らずに剣を構えた。
「〝
短く魔法を唱えた瞬間、ヨハンの姿が視界から消える。
スタンフォードは予め雷魔法で反応速度を上げていたため、背後から襲い掛かる一撃を難なく防いだ。
「この一撃で決めるつもりでしたが、さすがは殿下」
「ったく、忍者かお前は」
「ニンジャ?」
「気にするな、こっちの話だ」
音もなく背後に回り込んだヨハンに、スタンフォードは容赦なく放電をした。
「電撃というのは厄介なものですね」
「厄介なのはお互い様だ」
しかし、ヨハンは再び音もなくスタンフォードから距離をとっていた。
ヨハンは短剣を構えるでもなく、ただぶら下げたまま自然体で立っている。
隙だらけのようで隙がない。
スタンフォードの魔法は、範囲攻撃から肉体強化や回復まで使えるほどに応用が利く。
そんな多岐にわたる攻撃手段を持つスタンフォードが攻めあぐねているという事実に、ブレイブもセタリアも固唾をのんで二人の戦いを見守っていた。
「〝
「〝
スタンフォードは磁力で砂鉄を巻き上げたが、ヨハンは突風で吹き飛ばして対処してしまう。
「小細工は効かないみたいだな」
「小細工という割に範囲が小さくはありませんがね」
下手な範囲攻撃は通用しない。
「だったら、これしかないか」
それを理解したスタンフォードは、全身に雷を纏った。
「〝迅雷!!!〟」
今度はスタンフォードが、ヨハンの視界から消えた。
雷の如き速さで繰り出される剣技を、ヨハンは風を纏って軽々と躱していく。
常人ならば目で追うことも不可能な戦い。
それをブレイブとセタリアは何とか目で追っていた。
「二人共早いな。俺でも目で追うのがやっとだ」
「私なんてほとんど見えてませんよ。でも、ヨハンはどうして避けてばかりなのでしょうか?」
「そりゃスタンフォードの攻撃は電撃を纏ってるし、まともに受けたら感電するからだろ」
この戦いは明らかにスタンフォードが優勢だ。
だというのに、セタリアには何故かスタンフォード優勢のようには見えなかった。
手を抜いているわけではないスタンフォードが未だに攻撃を当てられていない。
「チッ」
舌打ちをすると、スタンフォードは時折広範囲の放電も織り交ぜて攻撃を仕掛けるが、一向にヨハンに当たる気配はない。
ヒットアンドウェイを繰り返すヨハンに、スタンフォードは焦りが募っていく。
こんな体たらくじゃ滅竜魔闘で優勝なんて夢のまた夢だ。
一度、ヨハンから距離を取ると、スタンフォードは呼吸を整えてから、後ろにいたブレイブとセタリアに告げる。
「二人共、今からちょっと大技を出すから周囲に被害が出ないようにしてくれないか?」
「おう、任せろ!」
「構いませんが、一体何を……?」
ブレイブはスタンフォードの頼みを二つ返事で承諾し、セタリアは困惑しながらも承諾した。
「おやおや、大技を出すなんて手の内を明かしてしまっても良いのですか?」
「何、関係ないさ」
余裕の笑みを崩さないヨハンに対して、スタンフォードは雷魔法を発動させる。
「〝
「なっ!?」
スタンフォードは、鍛錬場の全ての地面から砂鉄を抜き取った。
セタリアは大規模な地場操作に驚きながらも、風魔法で防壁を張ってスタンフォードとヨハンが戦っている場所以外に影響が出ないようにした。
「すっげぇ……」
漆黒の砂嵐を見ながら、ブレイブはただ感心したように呆けていた。
「どんなにかき集めたところで所詮は砂粒。吹けば飛んでいきますよ」
「それはどうかな」
スタンフォードはニヤリと笑うと、魔剣ルナ・ファイに大量の魔力を注ぎ込んで増幅させて地面に突き刺した。
そして、ヨハンが大量の砂鉄を吹き飛ばした瞬間、轟音が鳴り響いて勝負はついた。
「僕の勝ちだな」
「……やりますね、殿下」
砂塵が晴れると、そこには巨大な獣の爪で切り裂かれた跡のように地面に亀裂が入っており、その先にいたヨハンは制服中に切り傷が出来ていた。
「一体何したんだスタンフォード!?」
「これから滅竜魔闘で戦うことになる相手に教えるわけないだろう」
興奮したように詰め寄ってくるブレイブを雑にあしらうと、スタンフォードはヨハンに手を差し伸べる。
「これで満足か?」
「……ええ、どうやら殿下はボクの予想を遥かに超える御仁のようですね」
ヨハンは珍しくいつものような胡散臭い笑みではなく、本心から満足げな笑みを浮かべた。
「滅竜魔闘、楽しみにしていますよ」
「そこは親友を応援してやれよ」
「ええ、応援するのはブレイブです。ただ楽しみが一つ増えたという話です」
「お前は本当に失礼な奴だな」
傷だらけの体をものともせず、ヨハンは軽やかな足取りで鍛錬場から去っていった。
「しかし、驚きました。ヨハンがあそこまで強かったとは……」
そんなヨハンの背中を眺めながらセタリアは不思議そうに呟いた。
「何だセタリアは知っていたんじゃないのか」
「いえ、ヨハンとは本家分家の関係とはいえ、基本的に話すこともありませんから。それなりに風魔法が扱えるとはお父様から聞かされていましたが、まさかあそこまでとは思いませんでした」
「ま、あいつは君の監視役みたいなところがあるからな」
監視役にしては、やけにブレイブとセタリアをくっつけたがっているような素振りが気になる。
違和感を覚えながらも、スタンフォードはヨハンとの関係もこれから変わっていくのだろうと感じていた。
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