第72話 原作を補完する存在

 ポンデローザに連れられて外へ出たリオネスはただの一言も発することなく彼女の後ろを付いてきていた。

 リオネスからしてみれば、ポンデローザから言いがかりで王族暗殺の疑いをかけられているようなものだ。

 重苦しい空気の中、ポンデローザが唐突に立ち止まる。


「ここなら大丈夫そうですわね」

「……ここは?」

「調査の結果わかったのですの。ここは千年樹の根が集中している場所ですわ」


 ポンデローザもただバカンス気分でこの長期休暇を過ごしていたわけではない。

 ルドエ領がこの世界において重要な場所だとわかってからは、頭を切り換えて情報収集に専念していたのだ。


「竜人は全てミドガルズオルムの因子を受け継いでいる。異形種もそれと同じ。だから、この場所で竜の因子を持つ者は力を制限される」

「ですから、それと私に何の関係があるというのですか?」


 ポンデローザの意図が分からず、リオネスは問いかける。

 それに対してポンデローザは答えずに続けた。


「あなたは竜という生き物についてどう思いますの」

「私は一介のメイドにすぎません。王家の敵だという認識以外に特に知識はありません」

「はぁ……そうですか」


 淡々とした返答にため息をつくと、ポンデローザは懐から自身の武器でもある扇子を取り出した。


「わたくし、まどろっこしいのは嫌いですの」

「っ、ポンデローザ様!?」


 ポンデローザは扇子を構えて冷気を放出し、氷の手錠で彼女の両手を拘束した。

 一切手加減するつもりのない全開の魔力放出。

 冷静なリオネスですら、魔力を抑える気のないポンデローザには普段の無表情を崩した。


「単刀直入に言いますわ。あなたこちらに鞍替えする気はなくて?」

「仰る意味が、わかりません」


 あくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通すリオネスに対して、ポンデローザは冷酷な表情を浮かべたまま最終通告をする。


「ならあなたには物言わぬ氷像となっていただきますわ」

「こんなことが許されるとでもお思いですか! 私は――」

「ミドガルズオルムの配下、ですわよね?」


 ポンデローザは氷で刃を作り出し、拘束したままのリオネスのメイド服を切り裂く。


「随分と人間に擬態するのがうまいみたいですが、竜の本能には抗えないみたいですわね」

「くっ……!」


 リオネスの服の下には竜鱗が浮かび上がっていた。

 それは紛れもなく彼女が竜の因子を持つ者である証拠だった。


「竜は氷に弱い。子供でも知っていることですわ」


 竜は太古より寒さに弱い。

 爬虫類が寒さに弱いように、竜もまた本能的に氷結系の魔法を苦手としていた。

 ポンデローザの氷魔法によって、肉体を守るため擬態で消していた竜鱗が浮かび上がっていたのだ。


「……なるほど、その様子だと私のことを前から疑っていたのですか」


 観念したようにリオネスは呟く。

 それは彼女がミドガルズオルムの手の者だと認めたということだった。


「単なる消去法ですわ。学園で起こった異形種事件、内部に裏切り者がいないとあり得ない。あとは情報を整理していけば自ずと答えは出る」


 原作には、ボスモンスターである竜以外にミドガルズオルムが放った刺客は出てこない。

 しかし、彼の手の者がいなければ成り立たない事件もまた多く存在する。

 部外者が入り込みにくい学園内に発生した異形種、休暇中のみ発生する看病イベント、治癒魔法で回復できたスタンフォードの高熱、それらは原作における歪みを補完するする存在がいれば説明がつく。


「あなたの仕業でしたのね、リオネス」

「…………」


 リオネスは何も答えない。

 いつものように無表情でポンデローザを真っ直ぐに見据えたままだ。


「どういう経緯でミドガルズオルムの言うことを聞いているのか、どうやって王家に潜り込んだのか。そんなものに興味はありませんの。あなたはスタンフォード殿下に苦難を与えるための存在だということはわかっていますの」


 ポンデローザはリオネスに対して怒りを覚えていた。

 スタンフォードが何故事あるごとに過酷な目に合うのか。

 それは裏でリオネスが動いていたからに他ならない。

 原作の修正力の一部とも呼べる存在。

 今までさんざん原作に踊らされてきたポンデローザからすれば、リオネスの存在は許しがたいものだったのだ。


「では、どうされるおつもりで?」

「簡単な話ですわ。リオネス、あなたはこちらに寝返るか、ここで死ぬか選んでいただきます」


 ポンデローザはリオネスを消せば、スタンフォードに対する苦難は減らせると考えていた。

 また味方につけることができれば、原作の修正力を手玉に取ることができる。

 今のポンデローザからは、誰かを殺すことになっても止まる気はないという覚悟が滲み出ていた。


「もし寝返るというのなら、あなたはこれまで通りミドガルズオルムの命令通り動いてもらって構わないわ。ただし、敵側の情報をこらちにも渡してもらうわ」

「二重スパイということですか」

「ええ、そうなるわね」


 氷の手錠で拘束されたリオネスは、ため息をつくと静かに答える。


「……なるほど、私に選択肢はないということですか」

「それはこちらの味方になるということでいいのかしら?」

「ええ、ポンデローザ様の仰る通り、この地では何故か竜の力が行使できません。よしんばこの地を離れられても竜に対抗できる戦力が集中していますから、詰みというやつですね」


 ポンデローザがこのような強引なやり方をしたのも、千年樹の根が張る土地ではリオネスが力を封じられていると判断したからだ。

 ここで取り押さえてしまえば、竜の因子を持つリオネスは抵抗することができない。

 あとは生徒会メンバーで監視しながら学園に戻れば、それで済む話だ。

 ルーファスとブレイブさえいれば、リオネスがどんなに強い竜人だろうと下手に動くことはできない。

 竜殺しとも言えるメンバーが揃っている以上、リオネスに抵抗することは不可能だといえるだろう。


「それでは、いったん戻ってあなたの処遇を皆さんと話し合います。言葉だけではまだ信用できませんものね」

「承知致しました」


 ポンデローザは氷の手錠を解くと、リオネスを解放する。

 そして、改めてリオネスに戦意がないことを確認すると、そのまま背を向けて歩き出した。



 それがいけなかった。



「ご、ふっ……!」


 ポンデローザは背中から腹部を貫かれていた。

 口から血を零しながらも視線を下に向けてみれば、そこには自分の鮮血で染まった竜の腕があった。


「ハッ、どうやらお頭が足りてない部分は変わってないみたいだねぇ」


 背後から聞こえてきた楽し気な言葉に、ポンデローザは恐怖を覚えた。

 恐る恐る振り向けば、そこには今まで見たことがない笑みを浮かべたリオネスが立っていた。


「確かにこのクソったれな地でアタイの力は制限される。でもよ、それはルドエ領に住まう者が対象なんだよ。だからあのクソ王子にもアタイの毒は効いたのさ」

「リオ、ネス……あな、た!」

「ケッ、油断したなポンコツ令嬢。サシでやり合えば勝ち目はなかったが、油断してるバカの背中ほど狙いやすいものはない」


 今までの無表情が嘘のようにリオネスは口元を吊り上げると、地面へと崩れ落ちるポンデローザを嘲笑う。


「じゃあな!」


 リオネスは歪んだ笑みを浮かべ、容赦なく毒液滴る竜の腕をポンデローザへと振るった。

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