第36話 運命のライザルク戦 前編

 ぼんじりの案内の元、肉体のリミッターを外して全力で走り続ける。

 今だに落雷の音は轟いており、戦闘が続いていることを示している。

 ポンデローザは強い。

 水魔法を応用した高度な氷魔法の使い手であり、その実力は既に学生のレベルを超えているとも言われている。


 しかし、そんな彼女にも弱点がある。

 それは、熱を含んだ攻撃だ。

 格下の相手であれば炎ですら凍り付かせることも可能だが、敵は魔物の中でも最上位に位置する雷竜ライザルクだ。

 何度か鍛錬場でお互いの技を見せあったからこそ、スタンフォードは知ってる。

 電熱で溶けてしまう氷魔法は雷魔法に滅法弱かったのだ。


「ポン子!」


 必死に走り続け、ついにスタンフォードはポンデローザの元へと辿り着いた。

 ここにいるはずのないスタンフォードの声が聞こえたことで、ポンデローザは振り返って目を見開いた。


「ス、タン……どう、して……」


 ポンデローザは既に戦える状態ではなかった。

 自身の血を氷像に送り続け、防ぎきれない電撃を浴び続けた。

 彼女を支えているのは、スタンフォードを守りたいと思う心だけだった。


「ブルァァァァァ!」


 もはや原型がわからなくなるほどに欠けた氷像達はまるで意思を持っているかのように、ライザルクからポンデローザを守り続けている。

 しかし、それも束の間のこと。

 氷像達を破壊して、ライザルクは一直線に電撃を放つ。


「くっ!」


 気がつけば体が勝手に動いていた。

 ポンデローザに放たれた雷よりも早く動かなければならない。

 雷魔法の応用で肉体のリミッターを外す肉体強化では速度が足りない。

 もっと早く。

 雷のように――


「……何で来るのよ、バカ」


 気がつけばスタンフォードは雷を身に纏ってポンデローザを抱きかかえて移動していた。

 兄であるハルバードに出来て自分にはできなかった本来の雷魔法の真骨頂。

 前世の知識のせいで凝り固まった固定概念を打ち破り、ついにスタンフォードはそれを引き出すことに成功したのだ。


「助けにきた奴に言うことがそれ?」

「ううん……助けにきてくれて、ありがとう」


 息も絶え絶えのポンデローザは嬉し涙を流しながらスタンフォードに礼を述べる。

 優しくポンデローザをライザルクから離れた場所へと降ろすと、スタンフォードはポンデローザにポーションを飲ませる。

 マーガレットの光魔法の込められたポーションを飲んだことで、ポンデローザの血色が少しばかり良くなる。

 それを確認すると、スタンフォードは魔剣ルナ・ファイを鞘から引き抜いて構える。

 今の自分では到底敵わない相手だとしても、スタンフォードに逃げるという選択肢はなかった。


『逃げたっていいじゃない』


『ま、嫌になったら逃げてもいいと思うけどね』


 前世での姉とポンデローザの言葉が脳裏を過ぎる。

 スタンフォードは、前世を含めて今までさんざん逃げてきた。

 両親と向き合うこと。

 自分が天才ではないと認めること。

 何もかも人のせいにして、自分で考えることから逃げてきた。

 逃げることは恥ではない。

 ただ逃げるだけでは何も変わらない。


 逃げることは、立ち向かうための準備期間である。


 そのことをスタンフォードはようやく理解できたのだ。


「僕はもう逃げない」


 覚悟を決めて魔剣に魔力を流し込む。

 刃からは電光が溢れ出し、鋭い輝きを放ち始める。

 王家お抱えの一流の鍛冶師が打ち出した魔剣ルナ・ファイ。

 スタンフォードにとって、王族である自分の誇りともいえる魔剣。

 その魔剣はスタンフォードの魔力を食らい、神聖な輝きを放っている。

 ルナ・ファイを構えたスタンフォードは、精悍な顔つきでライザルクを見据える。

 そこには〝王家の面汚し〟と呼ばれた男の姿はなかった。


 あるのは、ただ大切な人を守る一人の勇者の姿だけだった。


「ポン子、バトンタッチだ」


 スタンフォードは、地面を蹴ってライザルクの元へと一直線に突っ込む。

 その姿は、稲妻そのものだった。


「次は僕が立ち向かう番だ!」


 ライザルクから電撃が放たれるが、スタンフォードは正面から電撃を浴びながら突き進む。

 スタンフォードは、電撃が効かない体質だ。

 それ故、彼は電撃に臆することなく正面から突っ込むことができるのだ。


「〝武雷刃ぶらいじん!!!〟」

「ブルッ!?」


 スタンフォードの魔力を帯びた斬撃は、ライザルクの硬き竜鱗すらも切り裂く。

 渾身の一撃だったが、致命的な傷を与えたとは言い難い。


「チッ、浅いか……!」


 恨めしげに舌打ちすると、スタンフォードは続けてライザルクに斬撃を放ち続ける。


「くそっ、どこもかしこもガチガチじゃねぇか!」


 竜の鱗と肉体は硬い。

 そんなことは、スタンフォードも知識の上では理解していた。

 だが、実際に戦ってみるとその硬度は想定以上のものだったのだ。


「腹を狙うしかないな」


 腹部には竜鱗がない分、攻撃が通りやすい。

 潜り込めれば痛手を負わせることは可能だ。

 その分ライザルクからの攻撃も受けやすくなるが、打開策は他には存在していなかった。


「〝鉄砂縛くろがねさばく!!!〟」

「ブルァ!?」


 スタンフォードは磁力を操作して砂鉄を巻き上げ、ライザルクの頭部を砂鉄で覆う。

 突然、視界を奪われて顔に砂鉄が纏わり付いたライザルクは、もがくように上半身を持ち上げる。

 その隙に、スタンフォードはすかさず攻撃を叩き込む。


「〝武雷尖刃ぶらいせんじん!!!〟」


 魔力をさらに注ぎ込み、切れ味を限界まで上げた魔剣ルナ・ファイによる電光の斬撃。


「ブルァァァァァ!?」


 その一撃は見事に無防備なライザルクの腹部にダメージを与えることに成功したのだった。

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