第31話 組み分け〝KING〟

 郊外演習が始まると、ルーファス以外の全員が気を引き締めて森の中を歩いて行く。

 危険な魔物がいないとわかっていても、魔物との戦闘経験のない一年生にとっては、魔物が出現する場所というだけでも緊張するには十分だった。


「そう気を張りすぎるな。どうせ雑魚しか出てきやしないんだ。もっと楽しんだらどうだ?」


 いつでも魔法を発動できるように身構えているスタンフォード達に、ルーファスは散歩に出かけているような気楽さで告げる。


「そうですね。これでは気が持ちませんよね」

「ああ、いざというときに緊張して戦えませんってなったら本末転倒だな」

「うむ、ルーファス様の言う通りですな」


 監督生であるルーファスの言葉に、いくらか張り詰めていた空気が緩む。

 そんな中、スタンフォードだけは一切気を緩めることなく周囲に気を配っていた。


「スタ坊よ。何をそんなに警戒しているんだ」

「……僕は普通に辺りを警戒しているだけです。少なくとも、この周辺には魔物はいないようですが」

「お得意の索敵か。相変わらず、どういう理屈で運用してるんだかさっぱりだな」


 スタンフォードは電波を発して周囲に魔物がいないかを慎重に確かめる。

 緊張感をまるで緩める気のないスタンフォードに、ルーファスはどこか呆れたように告げる。


「緊張感を保つのはいいことだが、そんなに警戒しなくても周囲に魔物の気配なんて――」

「っ、いた!」


 スタンフォードの索敵に魔物の反応があった。

 即座に魔法を発動させたスタンフォードは、電磁力を発生させて地面から砂鉄を巻き上げる。


「〝鉄砂刃くろがねさじん!!!〟」


 スタンフォードは砂鉄を磁力で操り、黒い刃を形成して目視できるギリギリの位置にいた狼の魔物を三匹とも両断した。

 その場にいた全員があまりの出来事に絶句する。

 驚きのあまり声も出ないステイシー、ジャッチ、ガーデルの代わりに、ルーファスは冷や汗を浮かべながら呟いた。


「おいおい、あんな遠くの魔物まで感知できるのかよ……」


 学園最強と謳われているルーファスですら気づけない位置にいた魔物を遠距離から一撃で屠る。

 スタンフォードの独自の魔法運用についてはルーファスも幼い頃からよく知っていた。

 それでも、ここまで実戦で使いこなせるとは思っていなかったのだ。

 敵の位置をいち早く把握して遠距離からの不意打ち。

 これだけ見ればスタンフォードが相当な魔導士だということがわかる。

 当の本人は魔物との接近戦が怖いから、できるだけ遠距離攻撃だけで終わらそうとしていただけなのだが。

 その場に立ち尽くしていた一同だったが、ようやく自分達が魔物の出る場所にいると自覚して動き出す。


「今の魔法どうやったんですか!?」


 その中でもステイシーは初めて見る魔法に興奮したようにスタンフォードへと詰め寄った。


「ああ、今のは――」


 目を輝かせているステイシーに尋ねられ、スタンフォードは自慢げに自分の魔法について解説しようとする。

 そこでふと、スタンフォードは今までの自分のことを思い返した。

 得意気になって自分にしかわからない魔法の運用について語り、周囲を見下す。

 それによって、自分がいかに周囲に不快感を与えていたかを思い出したのだ。


「いや、そうだな……」


 また同じことを繰り返すところだったスタンフォードは何とか踏みとどまり、言葉を選び始める。


「これは砂鉄といって地面に含まれている金属だ。どの地面にも含まれているわけじゃないけどね」

「なるほど、これが砂鉄……」


 ステイシーは、スタンフォードが手に掬った砂鉄を興味深そう観察する。


「確かに単一の物質を操るのなら魔力は消費しなさそうですね。でも、土属性でもないのに、どうやってこれを操っているんですか?」

「僕の雷魔法は雷、つまり電気を操る魔法だ。電気は使い方次第でいろんなことができる。磁石は知っているかい?」

「はい、魔力を有していないのに、鉄に引っ付く不思議な石ですよね」


 この世界には磁界という概念こそないが、物質としては磁石は存在している。

 魔法という存在がある以上、大抵のことは魔法で済む。

 磁石も鉄を引きつけるという特異性から研究されていたが、磁石は魔力を有する石ではなかったため、不可思議な石とされる存在となっていたのだ。


「電気を操れば磁石と同じように鉄を引き寄せることができるんだ。僕はそれを応用して雷魔法で砂鉄を操っているんだ」


 スタンフォードは出来るだけ具体的に自分の魔法について説明した。


「魔法学会でも謎とされている磁石を再現するなんて……これ学会で発表したらとんでもないことになるんじゃないですか?」

「いや、そもそも雷魔法が使えるのは王族だけだし、僕も自分の魔法をいろいろ試していて偶然発見しただけだから、具体的な理論とかは語れないんだ」

「なるほど、試行錯誤の果てに得た偶然の産物というわけですか。努力家のスタンフォード君らしいですね」


 丁寧なスタンフォードの解説を聞いたステイシーは納得したように頷いた。


「出来ることは多い方が良いからね」


 スタンフォードはステイシーからの素直な賞賛に、照れたように笑顔を浮かべた。

 そこには、曖昧に単語だけを並べ、首を傾げる相手を見下す男の姿はもうなかった。

 それからも、魔物の出現をいち早く察知しては一方的に倒すということを繰り返していると、ルーファスが退屈そうに不満を漏らした。


「こりゃ俺様の出番はなさそうだな。まったく、退屈だ」


 個人的な不満を漏らした後、ルーファスは一応監督性という立場上、スタンフォードを注意する。


「スタ坊よ。一方的にお前だけが倒してちゃ、こいつらの演習にならん。少しは譲ってやれ」


 ルーファスの指摘に、ステイシー達の表情を窺う。

 彼らは一様に、魔物と戦わなくて良い安堵と自身の実力が発揮できない不満が混じった複雑な表情を浮かべていた。


「すまない。次の敵は君達に任せても良いかな?」

「任せてください!」

「はい、私達にお任せください」

「お心遣い感謝致しますぞ」


 スタンフォードの謝罪に、三人は笑顔を浮かべた。


「よし、じゃあきちんと連携をとって戦うようにな。スタ坊があっさり倒してるからって油断はするなよ?」


 今度はステイシー達にもしっかりと釘を刺すと、ルーファスは軽やかな足取りで歩き始めた。

 その姿を見て、スタンフォードは意外と周りを見ている人なのだと、ルーファスへの認識を改めた。

 引き続き電波による索敵を続け歩き続ける。

 すると、スタンフォードの索敵に多数の反応が引っかかった。


「魔物がいた。反応からして蜂型の魔物だな。中型の奴が一匹、その後ろに小型の奴が最低百十匹はいるな」

「ひゃ、百匹!?」


 スタンフォードから告げられた魔物の数にステイシーが悲鳴を上げる。

 小型といっても、魔物は魔物。

 ステイシーの反応も無理はなかった。


「蜂型ということは飛行しているのですかな?」

「ああ、そうだな」

「なるほど、では先に小型を片付けましょう」


 冷静に状況を分析すると、ガーデルは素早く全員に指示を出した。


「小型の方は私奴とジャッチ殿で引き受けましょう。ステイシー殿は中型の方を引きつけて時間を稼ぎ、殿下は彼女のフォローをお願いできますかな?」

「わかった」


 スタンフォードが遠くから索敵をしたこともあり、時間には余裕がある。

 作戦を確認していると、進行方向から不愉快な羽音が鳴り響いてきた。


「あれはヴェスピアだな」


 ヴェスピアは、人の拳ほどの大きさのミツバチのような魔物だ。

 針に毒こそないものの、顎が非常に発達しており噛みつかれると大怪我をすることもある。

 基本的に人や動物を襲うことはなく、縄張りに入ったものを攻撃するため危険度は低い。

 侵入者への攻撃も、追い払うことを前提としており、ヴェスピアによる死者が出た例は限りなく少なかった。

 また女王蜂は熱への耐性を持っていることも特徴の一つだ。

 魔物の姿を目視すると、ルーファスは眉を顰める。


「女王蜂がいるってことは巣の引っ越しか? だが、群れ全体の移動なら最低でも千匹はいてもおかしくないが……」

「巣の移動、極端に少ない群れの数、か」


 スタンフォードはルーファスと同じ疑問を持った。

 そして、答えを知っていることもあり、改めてムワット森林にライザルクが出現することは避けられないことなのだと悟った。


「来ますぞ!」


 ガーデルの号令で思考が現実に引き戻される。

 今は目の前のことに集中しなければ。

 スタンフォードは即座に後ろに下がり、それと同時にジャッチとガーデルが前に出る。


「小型の動きは私奴が封じますぞ! 〝嵐牢矢テンペストフレッチャ!!!〟」


 意気揚々とガーデルが矢を放つと、突風が発生してヴェスピアの群れを女王蜂と分断する。

 繊細な魔力操作によってヴェスピアの群れは風の檻に閉じ込められた。

 女王蜂以外一匹も逃さずに風の檻に閉じ込めたガーデルの手腕に、魔力操作には自信のあったスタンフォードも息を呑む。

 女王蜂は魔法を発動しているガーデルに向かって一直線に飛んでくる。


「キッシャァァァ!」


 その前に立ちふさがったのはステイシーだった。


「一対一なら任せてください! 〝硬化ハドゥン!!!〟」


 ステイシーは臆することなく女王蜂の強靱な顎を左腕で受け止めた。

 岩石の用に盛り上がった腕は傷一つ付くことなく、女王蜂の噛み付きをしっかりと防いでいた。


「よいしょ、っと!」


 可愛らしい掛け声とは裏腹に、ステイシーは女王蜂の硬い頭部を硬化した右拳で殴り砕いた。


「チッ、オレは雑魚の掃除役か、よ!」


 先程とは打って変わって荒々しい口調になったジャッチは両手剣を振るい、ヴェスピアが閉じ込められている風の檻に炎を放った。

 風で勢いを増した炎はあっという間にヴェスピアの群れを焼き払う。

 見事な連携で倒されたヴェスピアを見て、スタンフォードはポツリと呟いた。


「……もうあの三人だけでいいんじゃないか?」


 ここまで一人でほとんどの魔物を倒していた自分のことは棚に上げ、スタンフォードは驚いたように三人を眺めた。

 魔物を完全に倒したことを確認すると、ステイシー達は安堵のため息をつく。

 すると、ゆったりとした拍手の音が聞こえてきた。


「見事な連携だな」


「「「ありがとうございます!」」」


 ルーファスからの賞賛にステイシー達は喜びを露わする。

 学園最強と呼ばれているルーファスから褒められた。

 それは新米魔導士としては、とても誇らしいことだった。


「冷静に状況を把握し作戦を立てたウィンス、申し分ない威力の炎魔法を放ったボーギャック、硬化魔法を有効に活用しているルドエ。そして、いち早く魔物を感知したスタ坊。みんな優秀で末恐ろしいくらいだ。こりゃ最強の座を明け渡す日も遠くはないな」


 最後に冗談めかして講評を締め括ると、ルーファスはスタンフォードへと向き直った。


「見直したぞ、スタ坊」

「はい?」


 まさか、他人に興味のないルーファスからそんな言葉をかけられるとは思ってもみなかったため、スタンフォードは目を丸くして固まった。


「お前は思ったよりも、おもしれー奴だったみたいだな」


 楽しげに笑うと、ルーファスはスタンフォードの頭を乱暴に撫でる。


「ちょ、もう子供じゃないんですからやめてくださいよ!」


 ぼさぼさになった髪を整えながらも、スタンフォードは自分の周囲からの評価が段々と良くなってきているのを感じて笑みを零すのであった。

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