第30話 決意を新たにいざイベントへ
ついに運命の分けれ道である校外演習が始まる。
帯剣したスタンフォードは深呼吸をして心を落ち着かせていた。
「スタンフォード君、きょ、今日はよろしくお願いしましゅ!」
同じ組であるステイシーは緊張した様子でスタンフォードへと話しかけてくる。
そんな彼女の緊張をほぐすため、スタンフォードは柔和な笑みを浮かべた。
「そう緊張するな。監督生もいるし、きちんと連携を取れれば危険はないさ」
「スタンフォード君は緊張しないんですか?」
「普段から鍛錬をしているからね。不安に思う要素なんて欠片もないさ」
涼しい顔をしているがこの男、内心は恐怖と緊張で震え上がっていた。
そんな彼の内心には気がつかず、ステイシーは純粋にスタンフォードを尊敬の眼差しで見つめていた。
「スタンフォード殿下、本日は宜しくお願い致します」
「殿下には敵いませぬが、組に貢献できるように全力で取り組みますぞ」
ステイシーと話していると、同じ組であるジャッチとガーデルが挨拶にやってきた。
ジャッチは制服を着崩して着ており、あまり貴族らしくない風体だが、スタンフォードが王子ということもあり、丁寧な態度で頭を下げる。
ガーデルはジャッチとは対照的に、眼鏡をかけて身なりを整えた優等生といった印象の生徒だ。
二人はスタンフォードとは中等部からの付き合いである。
高等部に進学してからはクラスが別になったこともあり、疎遠になってしまったのだ。
元々そこまで仲が良かったわけでもなかったため、スタンフォードにとって二人は知り合い程度の間柄だった。
「ああ、君達がいると心強いよ。こちらこそ、今日はよろしく頼む」
それでも実力で言えば、二人は火属性と風属性魔法の名門の出だ。
魔物と戦うことに対して恐怖が残るスタンフォードとしては、二人が同じ組であることは幸運以外の何ものでもなかった。
「そういえば、殿下。異形種事件の際のお怪我はもうよろしいのですか?」
ジャッチは思い出したように、スタンフォードに怪我の具合について尋ねた。
本来ならば、スタンフォードが異形種事件の際に負った骨折は治るのに時間のかかる怪我だ。
プライドの高いスタンフォードが、怪我を隠して郊外演習に参加していることをジャッチは危惧していた。
「見ての通りだ。ラクーナ先輩に治癒の魔法をかけてもらった」
「そうですか、それは良かった」
スタンフォードが腕を振り回して見せると、ジャッチは安心したように胸を撫で下ろした。
「それにしても光魔法はすごいものですな」
スタンフォードの腕が完治していることを目の当たりにしたガーデルも、興味深そうに会話に参加してくる。
「あの人の治癒は肉体の欠損すら直せるからな。同じ光魔法の使い手であるドラゴニルが治癒を使えないのは残念極まりないよ」
「ドラゴニル殿の魔法は攻撃に特化しているのでしょうな」
「逆にラクーナ先輩は攻撃魔法がほとんと使えないらしい。本当、魔法って性格が出るものだね」
「ははっ、違いありませぬな」
和気藹々とした空気が流れる。
スタンフォードは、思ったよりもうまくコミュニケーションが取れていることに安堵し、ポンデローザのアドバイス通り、この演習を通してジャッチやガーデルとも友人になろうと思うのだった。
組内での顔合わせが終わると、スタンフォードの組を担当する監督生であるルーファスがやってきた。
「監督生のルーファスだ。今日はこの組の監督生を任された。あんまり俺様の手を煩わせないでもらえると助かる……ふぅぁぁぁ……」
いつも通りルーファスは退屈そうにあくびしながら挨拶をした。
やる気のない監督生に、その場にいた全員が呆れた表情を浮かべる。
ルーファスの実力は折り紙付きだ。
彼は純粋な戦闘力で言えば、学園内では最強と言っても過言でなかった。
いざというときの保険にはなる。
スタンフォードにとってはそれだけで十分だった。
「すみません、ちょっと外します」
「おー、すぐ戻ってこいよ」
スタンフォードはルーファスに断りを入れると、セタリアがいる組の方へと駆け寄っていく。
「ごきげんよう、殿下。どうされたのですか?」
駆け寄ってくるスタンフォードの姿に気づいたセタリアは優雅に礼をする。
緊張した様子など感じられないセタリアに、スタンフォードはマーガレットがいないか尋ねた。
「ラクーナ先輩はいるか?」
「はい、あちらで先生とお話されておりますが……」
セタリアが示した方を見てみれば、そこには今回の郊外演習の責任者を任された教師と話し込んでいるマーガレットの姿があった。
確認が終わったのか、マーガレットがセタリアの組の方へと戻ってくる。
すると、マーガレットはスタンフォードが自分の担当する組にいたため、怪訝な表情を浮かべた。
「あれ、スタンフォード君。どうしたの?」
「折り入って先輩にお話がありまして、少し話せますか?」
「うん、まだ時間はあるから大丈夫だよ」
あまり周囲に聞かれたくない話だったため、スタンフォードは少し離れた位置までマーガレットを連れて行くと小声で話し始めた。
「ラクーナ先輩、その、信じられないかもしれないですけど……今日の郊外演習では、生徒達に大規模な被害が出る可能性が高いんです」
「どういうこと? 詳しく聞かせて」
告げられた穏やかでない内容に、マーガレットは真剣な表情を浮かべて先を促した。
「危険な幻竜である雷竜ライザルクが出現するかもしれないんです」
「ライ、ザルク……」
ライザルクという単語を聞いた途端、マーガレット頭に手を当てて顔を顰める。
それも一瞬のこと、マーガレットはライザルクが出現する根拠について尋ねた。
「幻竜って、ドラゴニル領で久しぶりに観測された存在だよね。どうやってライザルクが出現するってわかったの?」
幻竜は歴史上観測された数自体が少ない。
ブレイブが倒したという幻竜ですら、数十年ぶりに観測された個体なのだ。
それが突然、凶暴な魔物がいないとされるムワット森林に出現すると言われても眉唾な話でしかない。
「すみません、それについては話せません……。ふざけたことを言っているのはわかってます。でも、ラクーナ先輩の力が必要なんです。あなたの光魔法なら肉体の欠損すらも治癒できる。ラクーナ先輩が負傷した生徒を治癒して回ってくれれば被害は最小限に抑えられるんです」
「わかった。そういうことなら任せて」
しかし、マーガレットはスタンフォードの言葉を微塵も疑うことなく承諾した。
「信じて、くれるんですか」
「スタンフォード君が嘘を言ってないのはわかるよ。みんなを助けたいって気持ちも伝わってきた。信じるのは当然だよ」
「ラクーナ先輩……」
事情も聞かず二つ返事で協力を承諾したマーガレットに、スタンフォードは胸が熱くなるのを感じた。
誰からも信頼されてこなかったスタンフォードにとって、マーガレットからの信頼を得れたことは何にも代えがたいものだったのだ。
「それじゃ、これを持ってて」
「これは……魔石ですか?」
マーガレットはスタンフォードに金色に輝く宝石を手渡す。
「うん、魔力を込めると光でもう一つの魔法石の場所を教えてくれるんだ。あっ、監督生用のやつだからこれ内緒ね?」
マーガレットが渡したのは、通信手段のないこの世界において、相手の居場所を確認するために生まれた魔道具だった。
二つ一組のこの魔道具は、片方に魔力を込めるともう一方の魔道具がある場所を示す仕組みになっている。
実を言えば、この魔石は既にポンデローザから受け取っていた。
ポンデローザの居場所を確認するための魔石、そしてブレイブの組を担当する監督生の分の魔石。
このイベントを乗り切るために必要なものは既に揃えていたのだ。
「ありがとうございます」
心強い味方を付けたスタンフォードは、マーガレットに礼を述べると自分の組へと戻っていった。
組へ戻る途中、スタンフォードはポンデローザが監督生を担当しているヨハンの組に視線を向ける。
すると、ポンデローザは視線に気づき、一瞬だけスタンフォードの方を向いて片目を瞑って笑顔を浮かべた。
「絶対に誰も死なせない……!」
決意を新たに、スタンフォードは拳を握りしめる。
心に巣食っていた魔物への恐怖はもうなくなっていた。
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