第9話 行き詰まる当て馬同盟
それからも、スタンフォードとポンデローザはマーガレットとの接触を試み続けた。
「今日はマーガレットが学園の鍛錬場に現れる日よ! 日が落ちても鍛錬を続けるスタンに声をかけるはず……頑張って好感度稼いできてね!」
「わかった。今日こそは何とかラクーナ先輩に僕を意識してもらえるように頑張るよ」
ポンデローザは、マーガレットの周囲の状況からイベントが発生する日時を割り出していた。
スタンフォードはポンデローザの言葉に従い、原作で起こるイベントと同じ状況を意図的に作り出してマーガレットと会話することを繰り返していた。
そして、ポンデローザの予想通りにマーガレットは鍛錬場に現れた。
「スタンフォード君はすごいね。こんな遅くまで頑張ってさ」
「僕なんてまだまだです。同級生にはあなたと同じ光魔法を使える奴がいて、座学以外ではまるで歯が立ちません。だから、今こうしてここで鍛錬しているのは立ち止まっているのが怖いからってだけです」
「そっか、私と同じ光魔法が使える子か……そんなに強いんだ」
「竜を倒したほどの実力者です。僕なんて足元にも及びません」
「こら、あまり自分を卑下しないの!」
マーガレット口調は、スタンフォードと接している内に段々と砕けていき、今ではすっかり仲の良い先輩後輩という関係を築くことができた。
それでも、二人の関係は男女の仲には程遠かった。
スタンフォード自身、不思議とマーガレットを異性として見れなかったということもある。
結果、〝当て馬同盟〟を結成してから何度も原作通りにイベントを消化してきた二人は途方に暮れることになった。
「まるで好感度が上がった感じがしない……」
「完全に悩める後輩の相談に乗ってあげる先輩って感じね」
図書室の奥で本棚を挟んで密談している二人は次の作戦について話し合っていた。
原作でのイベントのほとんどは学園内で発生するため、イベントが近いときはこうして学園内で人目を忍んで打ち合わせをすることが多かったのだ。
「そもそも攻略されるのは僕なのに、何で僕がラクーナ先輩を攻略しなきゃいけないんだよ」
「仕方ないでしょ。あたしが動かせるのはスタンの方なんだから」
ポンデローザが何気なく呟いた言葉。
それはまるで、マーガレットを動かせる立場ならうまくいったのに、という愚痴のように感じられた。
『学生時代はあんなに成績優秀だったのにな』
『私も息子がニートだなんて恥ずかしくて友達にも話せないわ』
ふと、脳裏に前世での両親の言葉が蘇ってくる。
すっかり忘れられたと思っていた前世での記憶。
心を蝕む劣等感が再び際限なく湧き出てくる。
「……どうせ、無理な話だったんだよ」
「急にどうしたのよ」
「もう僕は本来のスタンフォードじゃない。僕なんかが苦難を乗り越えてヒロインと結ばれるなんて無理に決まってるんだ」
スタンフォードの心は再び折れようとしていた。
王子としての格は兄に劣っている。
魔導士としての才能はブレイブに劣っている。
そして、唯一残された攻略対象としての魅力は原作のスタンフォードに劣っていた。
「そんなことない」
ポンデローザはスタンフォードの顔を真っ直ぐに見据える。その姿からは、彼女が将来悪役令嬢になって破滅を迎える姿など想像もつかないだろう。
「確かに今のままだとスタンには破滅が待ってる。でもね、あなたには可能性があるのよ」
「例のベスティアか?」
「ええ、そうよ。隠しルートでスタンはベスティアに覚醒する。ルートにさえ入ればきっと覚醒するわ」
「現実はゲームじゃないんだ。そんなうまい話があるわけないんだよ」
熱く語るポンデローザとは対照的に、スタンフォードはどこまでも冷めていた。
転生してからというもの、何度も希望を抱いては折れてきた。
もはや原作通りなどという、本来の歴史を信じることすらできなくなっていた。
「ごめんな。ポン子が兄上と結ばれて幸せになれる唯一のルートなのに」
自分が役立たずであることによって、ポンデローザの希望ある未来を潰していることに罪悪感を抱いたスタンフォードは目を伏せて謝罪した。
「何勘違いしてんのよ、バーカ」
そんなスタンフォードの言葉をポンデローザは一蹴した。
「そもそもあたしはハル推しじゃなくてスタン推しだから。だいたいハルバードは普段強気なくせに肝心なとこでヘタるのよね。ハル推しの人達はそこがいいみたいだけど、あたし的にはスタン追いつめた張本人のくせに、罪悪感もなしに弟が愚かで困ってるって態度が気にくわないの。第一、勉強や剣の腕なんてものじゃ計れない価値がスタンにはある。とにかくあたしはスタン推しなの。勝手に人をハル推しにしないでくれない?」
「……オタク特有の早口かよ」
あまりのマシンガントークに辟易して、スタンフォードは前世で姉が乙女ゲームについて語ってきたときのことを思い出した。
「それにさっきから聞いてれば、自分には無理だの、この程度で諦めてどうするのよ」
「ポン子にはわからないさ。何をやってもダメな人間の気持ちなんて」
昔からそうだった。スタンフォード――才上進は何をやっても誰にも勝てなかった。勉強でも、運動でも、仕事でも、どんなに頑張っても自分より上の存在が必ずいた。
それはスタンフォードとしての人生でもそうだ。
兄であるハルバードやブレイブにあらゆる分野で負け、ライバルとして認識すらされない。
結局そういう星の元に生まれたのだと諦めるしかなかったのだ。
「ええ、わからないわ。頑張った気になって言い訳ばかりしている人間の気持ちなんてわかりたくもない」
「何だと?」
「どうせ、そうやって才能がないとか、運命だからって言い訳してきたんでしょ? どんなに頑張ってもとか言ってるけど、そういうことを言う奴は、工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることを努力してるって勘違いしているようなやつよ」
「っ!」
工夫もせずにがむしゃらに頑張ってることを努力してるって勘違いしている。
ポンデローザに言われた言葉に心当たりはあった。
どうしようもなく辛いときは、根性や気合で乗り切ろうとしてきた。
しかし、自分のしたことを振り返ったり、改善しようとしたことは一度だってなかった。
「あんたに僕の何がわかるんだ」
「別にあたしは一般論を言っただけ。それとも何か心当たりでもあったの?」
ポンデローザは悪役令嬢らしい意地の悪い笑みを浮かべる。
「勉強しようとしてるのに急に掃除を始めたり、わざわざ作業の妨害になるようなことを自分でしたり……あんたがやってるのはそれと同じ。ま、結果が出せなかったときにプライドを守るための自己防衛ってやつよ」
「自己、防衛」
「頑張ったけど出来なかったなんて笑わせるわ。言い訳を作るのに頑張ってりゃ結果も出なくて当然だものね」
「ぐっ……」
スタンフォードはポンデローザの言葉に何一つ反論できなかった。
仕事では、上司から自分のキャパシティを超える仕事をもらっていた。
その結果、多くの仕事を抱えた彼は残業ばかりだった。
どうしてこんなに頑張っているのに認めてもらえないんだと、いつだって思っていた。
当然である。
彼がキャパシティを超えた仕事をもらっていたのは、こんなに忙しいんだからできなくてもしょうがないと言い訳をするためだったのだ。
そんなことわかっていた。頑張っていたわけじゃない。頑張った気になって言い訳をしていただけだなんて、わかっていたのだ。
それでも認めたくなかったのだ。
「スタンだって本当はわかってるんでしょ。自分にあとがないって」
「それは……」
スタンフォードは何も言えずに、悔しそうに拳を握りしめた。
このまま何もせずに死ぬのは嫌だ。
だけど、頑張っても結果が出ないのならば同じじゃないか。
前世から続く劣等感は、前へ進もうとするスタンフォードの足に絡みつき、彼が一歩踏み出すことを妨げてきた。
「ま、嫌になったら逃げてもいいと思うけどね」
「は?」
唐突に、先ほどとは真逆のことを言い出したポンデローザに、スタンフォードは素っ頓狂な声を漏らした。
「お互い貴族とはいえ前世ではただの一般人だったじゃん? だから、最終手段として国外に逃げるってのは割とありだと思うのよ」
「そんなの現実的じゃないだろ」
「最終手段って言ったでしょ? 最後にはどうにでもなるって思うだけでも楽になると思うけど」
ここまで言われてようやくスタンフォードは理解した。
ポンデローザは自分を励ましてくれているのだ、と。
『別に逃げてもいいじゃない』
ふと、久しぶりに前世の姉の言葉を思い出す。
何もかも嫌になっていたとき、そう言って自分の心を救ってくれた姉。
その姿がポンデローザとダブって見えたのだった。
「……ごめん。僕はまた弱気になってた」
「いいのよ。心が折れそうなときは何度でも蹴っ飛ばして奮い立たせたげる」
再び持ち直したスタンフォードを見て、ポンデローザは悪役令嬢とは程遠い可愛らしい笑みを浮かべた。
「よーし……当て馬同盟ファイト……!」
「おー……!」
図書室のため、小声で気合を入れる二人の姿はどうにも締まらなかった。
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