第8話 主人公攻略大作戦

「まず、出会いは重要よ」


 開口一番、ポンデローザはスタンフォードに力説する。

 二人はベスティアハートの主人公であるマーガレットと接触するため、学食の窓からマーガレットがいる中庭が見える位置で周囲に悟られぬように背中合わせて食事をしながら会話をしていた。


「ギャルゲー、乙女ゲーに限らず、出会ったときの第一印象で全てが決まるわ」

「そんな大げさな」


 いまいち理解できていないスタンフォードを見て、ポンデローザは呆れたように肩を竦める。


「甘いわね。砂糖で握ったおにぎりくらい甘いわ」

「砂糖と塩、間違えてんじゃねぇよ」

「とにかく、出会いは重要なの。これがないとルートに入れないのよ」

「わかったよ……で、具体的にどうすればいいんだ?」


 原作の知識に関してはポンデローザの方が詳しい。

 自分にとっても生死が関わる問題のため、スタンフォードは素直に言うことを聞くことにした。


「私がマーガレットに絡んでいるところにスタンが駆けつけて助けるの」

「マッチポンプじゃん」

「仕方ないでしょ。原作ではその流れなんだから」


 スタンフォードとマーガレットが一番始めに出会う場所は学園の中庭だった。マーガレットが一人で食事しているところにポンデローザが絡み、そこにスタンフォードが現れるという出会いである。


「それじゃ、出来るだけ感じ悪く助けてあげてね」

「感じ悪く?」

「原作だとまだスタンがこじらせてるときだから、あたしをディスりながら登場して、マーガレットのこともディスるの」

「いや、最悪な奴じゃん」

「そこがいいの。不良が猫を拾う感じよ」

「……何となく言いたいことはわかる」


 最初が悪印象であるからこそ、少し良いことをするだけでひっくり返る。

 これは二人の前世において、スタンフォードが人気キャラクターに登りつめた理由の一つだった。


「それじゃ、あしたはマーガレットに絡んでくるからよろしくね」

「あっ、おい、ポン子!」


 スタンフォードが止める間もなく、ポンデローザは食事を片付けて中庭に向かってしまった。


「具体的な会話内容の打ち合わせ……」


 初対面の女性。それも家柄などで繋がりのない人間との会話など、どうすればよいのか。

 典型的な指示待ち人間であるスタンフォードは途方に暮れながらも、自分の食事を片付けて中庭に向かうのであった。

 スタンフォードが中庭に到着すると、既にポンデローザはマーガレットに絡んでいた。

 いつの間に合流したのか、取り巻きらしき二人の令嬢もいた。


「ラクーナさん、ここは中庭でしてよ? お食事ならば食堂でとりなさいな」


 素のときとは違い、貴族然とした様子でポンデローザは口を開く。

 扇子を口元にあて、見下すように鋭い目つきで相手を睨み付ける。

 その姿はまさに物語に登場する悪役令嬢そのものだった。


「でも、この前〝平民上がりの似非貴族〟は一緒に食事をとるなと言われまして……」

「まあ、聞きましたか? フェリシアさん、リリアーヌさん」


 嘲笑するようにポンデローザは後ろに控えていた二人へと話を振った。


「ええ、聞きましたわ」

「まったく、おかしな話ですわ」


 それに同調するかのように取り巻きの二人も大きく頷いて言った。


「「そんな酷いことを言う人間はとっちめてやりましょう!」」


「ちょ、えっ?」


 勢いのままに走り去る取り巻き二人をポンデローザは呆然とした様子で眺めた。

 そのまま予想外の行動をとられて固まっていたが、ポンデローザは慌てて状況の立て直しを計った。


「ラクーナさん!」

「は、はい!」

「あなたは貴族ですの。こんな場所で一人食事を取るということは貴族そのもの格を貶める行為ですわ」

「申し訳ございません……」


 かなり無理があったが、ポンデローザの嫌味はそれなりにマーガレットに効いていた。


「ましてやあなたはわたくしと同じ生徒会役員の人間。あなたを推薦したわたくしの婚約者の顔に泥を塗るつもりですの?」

「そんなつもりはありません!」

「あなたがどう思っていようと周りはそう判断致します。まったく、ハルバード様もこんな田舎娘のどこが気に入ったんだか……」


 少々オーバーリアクション気味にポンデローザが肩を竦める。

 それを見たスタンフォードは、ここが登場するタイミングだと判断して、二人の元へと歩き出した。


「おやおや、レベリオン王家第一王子である我が兄の婚約者様ではありませんか」

「あら、レベリオン王家の第二王子であるスタンフォード殿下がこんなところに何の用ですの?」

「第二、王子?」


 マーガレットに印象づけるため、二人はわざとらしく説明口調で会話をした。


「同級生を恫喝するとは随分と醜悪なご趣味をお持ちのようだ」

「あら、わたくしは貴族の品格を貶めている方を注意していただけですの」

「品格ねぇ……ご自身の行動を一度振り返った方がよろしいのでは?」


 公爵家の令嬢と王家の第二王子が口論を始めたことで、次第に周囲には人が集まり始まる。

 良い感じに険悪な空気になったことで、ポンデローザは満足げに頷いた。

 スタンフォードには、鋭い目つきで睨み付けてくるポンデローザが、ウィンクをしながら親指を立て「そうそう、その調子!」と言っているように感じた。


「それこそあなたには言われたくありませんわ。ご自身が周囲から何と言われているかご存じですの?」

「はっ、生憎存じ上げませんねぇ」


 えっ、何て言われてるの? と、尋ねたくなるのをぐっと堪えてスタンフォードは続ける。


「品格について語るのならば、こうして観衆の前で無様を晒すのは良くないのでは?」

「ふんっ、その意見には同意致します。では、わたくしはこれで失礼致しますわ」


 捨て台詞を吐くと、ポンデローザは白銀の巻き髪を優雅にかき上げて去っていった。

 ポンデローザが立ち去り、スタンフォードが周囲の生徒達を睨み付けたことで、集まっていた野次馬は蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 中庭に残されたのはスタンフォードとマーガレットの二人のみ。

 しばしの沈黙の後、マーガレットはおずおずとスタンフォードへと話しかけた。


「あの……ありがとうございました」


 ここだ。ここでマーガレットに酷い言葉をぶつけるんだ。

 深呼吸をしたスタンフォードは考えていた悪口雑言をぶつけようと口を開いた。


「い、いえ、その……大丈夫でしたきゃ」


 そして、考えていた言葉が全て吹っ飛んだ上に盛大に噛んだ。

 先程まで公爵令嬢と口論していた性格の悪そうな王子の印象が一瞬で崩れ去る。


「けほっ、けほ! ……失礼しました」

「ふっ……くっ……! い、いえ、お構いなく……!」


 咳払いをして慌てて噛んだことをごまかそうとするも、時既に遅し。

 マーガレットの肩は、笑いを堪えているせいで小刻みに震えていた。

 マーガレットからしてみれば相手は王族。

 言葉を噛んだからと言って吹き出しでもしたら不敬罪に当たる可能性があると思い、必死に笑いを堪えていたのだ。


「えーと、その、あれです。普通の学園と違ってこの中庭は手入れされた花壇や飾られている彫刻を鑑賞することを目的とする方が訪れるので、食事の場として利用する方はいないんですよ」

「そうだったんですか」

「ええ、なので――って違う!」


 親切に忠告をしている中、スタンフォードはようやく自分のすべきことを思い出した。

 ここでスタンフォードが取るべき行動は、マーガレットを罵倒して強く印象に残るように立ち回ることだった。

 ついその場の空気に流されてしまったが、このままただの良い人で終わることは避けなければならない。

 スタンフォードは慌てて、マーガレットへ吐き捨てるように告げる。


「はっ、そんなこともわからないなんて生徒会役員としてどうかと思いますよ。まったく、兄上の目も曇られたものだ」

「ぶっ、くくっ……!」


 芝居がかった口調でスタンフォードが厭味ったらしい台詞を吐くと、マーガレットはとうとう耐え切れずに吹き出してしまった。


「ふふっ……今更取り繕っても、遅いって……!」

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」


 悪ぶっていることを見抜かれ、スタンフォードは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 スタンフォードの感じたマーガレットの第一印象は、平凡な女の子という印象だった。


 ショートボブに切り揃えられた栗毛色の髪、それなりに整った顔立ちからはどこか田舎っぽさを感じる。

 乙女ゲームの主人公といえば、平凡という割にかなり可愛いというのがお約束であるが、マーガレットはまさに〝普通に可愛いが特徴がない〟という女の子だった。


「ごめんね。でも、君って良い人なんだね……じゃなかった、良い人なんですね」

「敬語はいいですよ。僕の方が後輩なんですし」

「そっか、じゃあそうさせてもらおうかな。それと、ありがとう。助かったよ」


 改めてスタンフォードに礼を述べると、マーガレットは意外そうな表情を浮かべた。


「それにしても、私に優してくれる貴族の人なんて初めて見たよ。お兄さんと違ってフランクなんだね」

「兄上は王族としての立場を気にしてますから。僕は第二王子ですし、兄上にもしものことがあったときのスペアでしかありません」


 聞かれたわけでもないというのに、スタンフォードの口は自然に動いていた。


「幼い頃は兄よりも才能があると持て囃されていましたが、いつの間にか努力家な兄には抜かれていました。それにも気がつかず、僕は調子に乗って好き勝手してきました。その結果がこれです」


 スタンフォードは、自嘲するように包帯と当て木で固定された腕をマーガレットへと見せた。

「その腕は?」

「先日の授業での異形種事件の結果です。自分は強いと信じて驕り高ぶった結果がこの骨折というわけです」


 不思議とマーガレット相手には、自分が抱えている悩みを素直に打ち明けられた。

 スタンフォードは力なく笑うと、さらに自分を卑下する。


「僕は周囲を期待させるだけさせてそれを裏切った愚かな王子です。そりゃ貴族らしい振る舞いなんてバカバカしくなるもんですよ」

「ふーん……」


 マーガレットはまじまじとスタンフォードの折れた腕を見つめると、徐に魔法を使用した。


「〝治癒ヒール〟」

「なっ!?」

「これでよし、と」


 光り輝く魔法陣が浮かび上がり、スタンフォードの右腕を温かい光が包み込んでいく。

 光が収まると、腕にあった違和感は完全に消え去っていた。


「まさか、これが……」

「そ、光魔法。この学園に来てから一年間しっかりと練習した甲斐はあったみたいだね」


 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべると、マーガレットは真剣な表情を浮かべてスタンフォードへと告げる。


「スタンフォード殿下。君にしかできないことだってたくさんあるはずだよ」

「え?」

「私さ、一年前に突然断絶したと思われていた貴族の血を引いてたなんて理由で、この学園に入学して大変だったんだ。普通の街でのんびり暮らしていたただのマーガレットだったのに、ラクーナなんて家名を突然背負わされてわけがわからなかった」


 マーガレットは平民階級の者達が暮らしている街で育った。

 小さな診療所で医師の手伝いをして生計を立てていたマーガレットだったが、ある日転機が訪れる。

 街に立ち寄った騎士団の治療を手伝っている際に光魔法が発現し、あっという間に重症だった騎士達を治療してみせたたのだ。

 そこで初めて、彼女が唯一光魔法が使える一族〝世界樹の巫女〟の子孫ラークナ家の血を引いていることが判明したのだ。

 ラクーナ家は血筋が絶え、既に断絶したと思われていた一族だった。

 国の重鎮達は取り急ぎマーガレットを保護という名目の元、王立魔法学園に入学させたのであった。


「なるほど……」


 ポンデローザから聞かされていた通りの生い立ちに、スタンフォードは納得したように頷いた。


「私も周りからの期待は重いよ。でも、今は期待に応えたいと思ってる」

「ラクーナ先輩……」

「だから、スタンフォード殿下も頑張ろう! きっと、君にしかできないことがあるはずだからさ」


 マーガレットはそう言ってスタンフォードを励ました。

 君にしかできないこと。

 それがマーガレットと恋仲になって死の運命を回避することだと理解して、スタンフォードは複雑そうな表情を浮かべる。


「ありがとうございます。少し、気が楽になりました」

「そう? なら良かった」


 それでも悩んでいる自分を気遣ってかけてくれた言葉を無下にするわけにもいかず、スタンフォードは苦笑しながらも礼を述べた。

 話をしている内に昼休みも終わりを告げ、二人はそれぞれの教室へと戻っていく。

 こうして、マーガレットとの初対面は無事に終了した。

 放課後、早速スタンフォードは事のあらましをポンデローザへと報告した。

 その結果――


「それじゃ強烈な印象として残らないでしょ!?」

「ぐえっ」


 寮の部屋に入るなり、いきなりラリアットを食らうことになった。

 突然、首に強い衝撃を受けたため、潰れたカエルのようなうめき声が漏れる。


「これじゃただの親切な後輩じゃない! 原作のスタンはもっと厭味ったらしく、あたしをディスった後にマーガレットもディスるの! 打ち合わせ通りにやんなさいよ!」

「無理だよ! あんな普通に優しい人のどこディスれってんだ!」

「そこは自分で何とかしなさいよ!」

「何で肝心な部分丸投げなんだよ!」

「上っ面の言葉で取り繕ったところで意味ないでしょ!」

「でも、もっとポン子からもフォローがあってもいいだろ!」


 ポンデローザは知識こそあれど考えが足りず、スタンフォードにはコミュニケーション能力がなかった。

 それぞれ落ち度があったのにも関わらず、お互いが責任の擦り付け合いをしていた。


「それに、仲良くはなれたからいいだろ」

「いやぁ、あたしだったら初対面でうじうじ悩んで人生相談してくる王子様とか嫌よ」

「うぐっ」


 ポンデローザの言っていることに反論できず、スタンフォードは苦い表情を浮かべる。


「そういうのはもっと仲を深めた上で発生するイベントなのよ。初対面で自分語りしてくるなんてありえないでしょ」

「それは、そうだけど……」


 自分の過去を打ち明けて主人公との仲が深まるというイベントは、決まって物語の中盤から終盤にかけて発生するものである。

 その手のゲームをプレイしたことのあるスタンフォードは、ポンデローザの言っていることは最もだと理解していた。

 しかし、それを素直に認めるのも癪だったスタンフォードは反論する。


「さっきから聞いてれば偉そうに……ポン子は彼氏いたことあるのかよ」

「あるよ」

「なん、だと……」


 予想外の反撃を食らったことで、今度こそスタンフォードは完全に撃沈することになる。

 自分と同じタイプの人間だと思っていただけに、スタンフォードが負った精神的ダメージは大きかった。


「ち、ちなみにどんな奴だったんだ?」

「大学のときの同じ学科の人。まあ、社会人になってから別れたんだけどね」

「お互いに忙しくなったから、とか?」

「違う違う。あいつ、あたしが乙女ゲー好きだって知って勝手に腐女子認定してきたのよ。あたしは夢女子だってのに、全然理解しないで『隠さなくても大丈夫。俺はそういうの理解あるから』とか言ってきたから、ムカついてボディブロー決めて別れたの」


 別れた理由は思っていたよりも些細なことだった。


「それは確かにムカつくな……」


 スタンフォードとしても、ポンデローザの気持ちは同じオタクとして理解できたため、素直に憤る彼女に同調した。


「でしょー!? まったく、ああいう勘違い男は世の中から死滅してほしいわ」


 苦い思い出を振り払うように鼻を鳴らすと、ポンデローザは仕切り直すようにこれからのことについて話し始めた。


「とりあえず、これからはできるだけマーガレットにかっこいいところを見せていくように頑張りましょ。頼りない後輩が実は結構かっこいいところがあるっていうのは胸キュンポイントだもの」

「わかった。その方向で頑張ってみるよ」


 原作とは流れが変わってしまっているが、要はくっつけばいいのだ。

 そう前向きに捉えることにした二人は、計画を練り直すことになった。


「よーし! 当て馬同盟ファイト!」

「おー!」

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