花籠

門倉恭子

第1話 金木犀の季節

九月の終わり頃の夜。

十五夜がいつだったかは知らないが、満月じゃなくても月が眩しいくらいに明るい。

このくらいの時期の夜風は当たると何故か感傷的になる。


何も悲しいわけじゃないし、何も不安なことなんてない。

けれど何となく呟いた。

「会いたい」


寂しいなんて思ってもない。


誰に?

私は誰に会いたいんだろう。


グラスに残ったウイスキーと、ほとんど溶けて小さくなった氷を一気に流し込んだ。


名前しか思い出せない。

顔も、声も、私にくれた言葉も全部大事に覚えてたのに。


金木犀の香りがふわっと通り過ぎたのを感じて、少しだけ思い出した。

この匂いのハンドクリーム、誕生日にくれたんだっけ。


きっと朝になったら、なんでそんなどうでもいいこと思い出してたんだろうっていう気持ちになるんだろうな。


まだ眠りたくない。

だけど、今日はもう寝よう。


立ち止まって振り返る暇なんてない程、忙しい今に向き合わないといけないから。

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