3

雨3

特にやる事も無いから麻波家でテレビをボーッと眺めていた。

それにしても暇だ、やる事が無い。

「財布の中身はっと」

ジャスト1000円、コンビニでも行くかな。

テレビを消して外に出る、鍵は朝食の時に蓮さんから預かっていたので戸締りも問題ない、よし、行くか。


記憶を頼りに近所のコンビニに向かって歩く、四年くらいじゃそんなに街並みも変わらない。


この公園を超えたらコンビニがあるんだよな。

けど、足を踏み出せない。

何故ならこの公園は四年前葉月姉ちゃんが亡くなった場所だからだ、動悸がする、目を背ける、やはり俺は弱い。


公園を避け回り道をしようと足を一歩踏み出した。

「テメェシカトしてんじゃねぇぞおらぁ!」

平日午前の公園の中から怒声が聞こえてきた、慌てて公園を覗き込むと、何やら男女が揉めているようだ。

女性の服装を遠目で見ると、今朝方涼夏が着ていた制服と一緒だ…つまりは葉月姉ちゃんが通っていた高校。

女性は声も上げず、掴まれた腕を振り払おうと必死に抵抗している。

その揉み合いが過去の光景をフラッシュバックさせる。


――大丈夫だよ、悠太、菜月、あたしは強いからここは任せて逃げなさい!――


胸が苦しくなる、あの日葉月姉ちゃんは俺たち2人を守ろうとして……


思い出される当時の情景を掻き消すように、公園の中へと走り出す。

男が暴れる女性に拳を振り上げた所だった。


「この場所でそんな事してんじゃねえ!!!」


ドゴォ!鈍い音を立てて、助走をつけた右ストレートが男の右頬に突き刺さり、男は女性の腕を掴んだ手を離して頭から地面に叩きつけられるように倒れ込んだ。


頭を押さえ身悶える男に馬乗りになり、続けて殴り付ける。

「お前のせいで嫌な事思い出したじゃねえか!ああ!?」


殴る、殴る

ぐへ!だのやめろ、だの時折男が言うが止まれない。


トドメを刺してやろうと渾身の力を込めて拳を振り上げた時、止められた、後ろを振り返ってみると男に乱暴をされそうだった女性が俺の腕に抱きつき、必死の形相で首を横に振る。

その表情を見て、また無力だった頃の自分を思い出してしまい、先程まで自分の中にあった溢れんばかりの怒りは無くなってしまった。

「あんたも、平日昼間はこの公園は人気がすくねぇんだ、気をつけろよな」

八つ当たりだって言うのは分かってる、でも言わずにはいられなかった。

「…………」

女性は口をパクパクさせるが声は聞こえない。

そんな事はどうでもいい、と俺は女性の腕を振り払い、まだ収まらないフラッシュバックに耐えながら公園の出口をコンビニとは逆の方向、元来た道を目指して歩き出す。

こんな事なら外に出るんじゃなかった…


一刻も早く公園から出ないと、と思っているのにもう一度腕を掴まれた。

「…………!…………!」

先程の女性がまた、声を上げず口をパクパクしている。


「あんた、もしかして声が出ないのか?」

女性は首を縦に振る。

可哀想…なんて思わない、そう思うだけの余裕は俺には無い。でも先程より弱々しく掴まれた腕を振り払うなんてできなかった。


「ちょっと…俺…この公園にトラウマがあるから……外に出てからでいい?」


再度首を縦に振った女性を連れて公園を出た。

「それで?俺に何か用?」


俺が聞くと、女性はポケットからスマートフォンを取り出し目にも止まらぬスピードで文字を打ち込んでいき、画面を見せてきた。


『私は秋山麗奈(あきやま れいな)助けてくれてありがとう、女の子なのに強いんだね』


「おい、俺は女じゃねえよ」


無表情のまま、またスマホを操作する麗奈

確かに俺は今、髪は伸びっぱなし、姉ちゃんに似て女寄りの顔、て、低身長…だから間違えるのも頷けるな。


『あんな事の後で冗談は言わなくていいよ』


「冗談でもなんでもねえよ、俺は悠太って名前で男だ、まぁいいや、それだけならお礼は受け取った…それじゃあな」


帰ろうとして歩き……出せない。

パーカーのフードを掴まれている。

「んだよ、まだなんかあるのか?」


『男だって事は理解した、でもあなた、悲しい目をしてる。何かあったの?さっきも嫌な事思い出したって言ってたけど』


すごい確信付いたことを無表情で聞いてくるな、この女

「初対面、しかも助けられただけのあんたには関係無いだろ?ムカついただけだから助けたつもりもないけど…もう良いからもう帰らしてくれよ」


『あなたの目を見て、私と一緒かと思って…踏み込んだ質問をしてごめんなさい。それでも助けてくれてありがとう。またね』


やっと帰れる…時間にして10分くらいだけど、疲れた、帰ろう。

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