雨のち曇り、たまに晴れ

@yk0707

第1話 雨 1

「もうすぐ着くからね」


運転席から優しく呟くように言う。彼女の名前は春日菜月(かすがなつき)俺の姉だ。


外も暗く、車のライトと街灯のみが道を照らし車内には音楽は流れてなく、鬱々とした気分になる。


「大丈夫だよ、今度はお姉ちゃんが悠太(ゆうた)を守るからね、大丈夫だよ」


俺の心情を察したかのように姉が元気付けてくれるが、同時に自分に言い聞かせているようでもある。


だからってわざわざこの町に戻らなくても、とは思うが、俺も姉ちゃんも金がないので贅沢は言えない。


そう、俺たちは今日、姉弟揃って両親に追い出された。

厳密には荒んで喧嘩に明け暮れた俺に嫌気が差した両親が俺を追い出そうとしたのだが、姉の菜月に庇われ2人で家を出る事になった。



「ごめんな、姉ちゃん、俺のせいで」


「悠太のせいじゃないよ、あの時から、私達家族は止まったままなんだよ」


「……」


姉ちゃんの言う通りだ、俺たち家族は、俺は葉月はづき姉ちゃんが亡くなった四年前から時間が止まったままだ。


俺たちはこれから、葉月姉ちゃんと暮らした街に向かっている。旧家を親父から手切金がわりに貰ったからだ。


「すぐには難しいかもしれない、けどいつまでもそのままで居たら葉月ちゃんも成仏できないし、私達だけでも、この街で前を向いて歩けるようになろうよ」


「俺はもう変われないよ、葉月姉ちゃんを忘れることもできない」


「忘れる必要なんて無いの、悠太が忘れるなんて言ったらそれこそ、葉月ちゃんが化けて出てくるわよ、大丈夫、お姉ちゃんを信じなさい。葉月ちゃんよりは頼りないかもしれないけどね」


情けねえ……その一言に尽きる。菜月姉ちゃんだって双子の姉を亡くして辛い筈なのに、この陰鬱な世界でも前を向こうと努力してる…でも今の俺はどうだ。


葉月姉ちゃんの居ない世界に絶望して塞ぎ込んで、あの街から逃げ荒れ髪を染め喧嘩に明け暮れて、終いには追い出されそうな所を話すことすら久しぶりな姉ちゃんに連れ添われて……

短小で何も無い自分に、涙が溢れる。


「泣かないの、男の子でしょう?ほら、家ついたよ」

姉ちゃんに言われ外を見ると見知った景色が眼前に広がる。

四年ぶりに見た家の外観は今の俺を映し出すようにあの頃のままで何も変わって居ない、まるで俺のようだ。

きっとこれからも俺はこんなか「やっほー!待って居たわよ!悠太くん!菜月ちゃん!」


卑屈な事を考えていると、不意に、少しだけ開けられた車窓にバン!と張り付く様にして、女性が声をかけてきた。

この顔には見覚えがある。

一応車に乗ったままでは、マナー的に良く無いので、姉ちゃんと共に車を降りる。

「うっす」


「あら、反応鈍いわねぇ、おばさんてっきり、びっくりするなり、扉を開けて感極まって抱きついてくるなりすると思ったんだけどなぁ」


長い茶髪の髪を後ろで束ね、綺麗と言うよりは可愛い顔立ちをした、この人はここに住んでいた時のお隣さんで幼馴染の母、麻波蓮(あざなみれん)イタズラ好きでお茶目な人だ。

一児の母親なのだが、俺がお世話になっていた頃から見た目が一切変わっていない。

蓮さんの後ろに、母親によく似た幼馴染も心配そうな表情でこちらを見ている。


「悠くん、菜月さん……久しぶりだね!」

心配そうな表情を一転作ったような笑顔で幼馴染、涼夏(すずか)も挨拶をしてきた。


「あぁ、久しぶりだな」


「悠くん髪伸びたね、身長はそのままだけど」


と茶化した様に言ってくるが涼夏だって、あの頃からそんなに変わって居ない、それが相まってあの頃の記憶を彷彿とさせる。

「わりぃ、俺疲れたから、先入って寝るわ」


「う、うん、急だったから疲れたよね!また明日ね!」


「わかった、お姉ちゃんも直ぐ行くから、はい、鍵」

本当はそんな事はなかったが、色んな記憶が蘇ってまた泣いてしまいそうなのと気遣いが心苦しくなり幼馴染との再会をシャットアウトして、姉ちゃんから鍵を受け取り俺は1人、この懐かしくも忌々しい家の中へと入っていった。


家の中に入り、電気をつけると、親父が一応クリーニングでも掛けたのだろう四年も使われて居なかったとは思えないほど、掃除が行き届いている。

ちくしょう、親父め、急に追い出した癖に計画的だな。


「ただいま、葉月姉ちゃん」


もう存在しないはずの姉に自然と言葉が出る。

もちろん返答は無いが、構わず俺は2階の元自室へと扉を開けて飛び込んだ。

家具は何も無い、カーテンすら無いので、まだ外に居るであろう涼夏の部屋が丸見えだ。


寂しい……窓以外何も無い空間で俺は1人こんな事を思った。

あの時は菜月姉ちゃんと葉月姉ちゃんや涼夏、あの人が居て良く俺の部屋で遊んだっけか。

駄目だ、もう寝よう。


思考を振り払うかの様に何も無い自分の部屋で大の字になって眼を閉じる。



(おかえり、悠太)

数分経たずして意識が途切れる間際、亡き姉の声が聞こえた気がした。

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