新発見への準備

 備え付けの時計に内蔵された無機質なアラームに起こされ、ユノアは目を開き、即座に上体を起こす。

 周囲を確認し、質素過ぎて物足りない気持ちになる個室に、銀髪になっている自分の髪を見て、また来れてるな、とユノアは自身が異世界に来ていると認識する。

 拠点である船の個室、その中に備えられているベッドから抜け出して、同じく備え付けられている小さい洗面台で顔を洗う。

 完全に覚醒した所で、改めて鏡を見てみると、やはり髪の色は銀。着ている服も、ベッドに入る際に着替えた質素なパジャマだ。

「……うん、続きだね」

 状況の所感を述べて、ユノアは着替えようと衣装棚に仕舞っておいたドレスを手に取った。

 まじまじとドレスを見てみると、その生地や編み込みは、素人でも手の掛かった仕事だと分かるディティールであり、高級感を感じさせる。

 同時に、不思議に思う部分もあった。

 今までこのドレスを着て激しい戦いに身を投じ、身体への負荷と共にドレスにもダメージが入ってきたはずだ。

 だというのに、手に持っているドレスは、まるで下ろし立てたばかりの質感を持っている。

 ちゃんと見た訳ではないが、端々は間違いなくこすり付けて痛んでいるはずなのに、まるで生き物のように回復している。

 疑問を胸に抱くが、それを解き明かす術も、教えてくれる天の声も無い。

 これはこれで都合がいいから、まあいいか、とユノアはドレスの袖に腕を通し、同じくこの世界で元々付けていた髪飾りを付けて、身だしなみを整えた。

 個室を出て、ユノアはまっすぐダイニングルームへと向かった。

 そこには、すでに湯気を立てた朝食がまっており、箸を並べていたルミルが、笑顔でユノアを迎えた。

「おはようございます、ユノア様」

 ユノアが着ていたパジャマ同様、白い質素なデザインのシャツとショートパンツを着用し、そこそこ長い黒髪を一本に束ねている。そんな従者の装いに物足りなさを感じつつ、給仕の対応が完璧過ぎると、ユノアは満足げに溜息を吐いた。

「おはよう、ルミル。今日もありがとね」

「いえ。どうぞおかけ下さい」

 うやうやしく椅子を引き、ユノアを食事の席に招くと、ルミルも対面の席に腰を掛け、二人は揃って朝食を摂る。

「さて、食べながらだけど今日の話しをしよっか」

「あ、はい」

 ユノアの提案に従い、ルミルは預かっていた地図のカードを使って、テーブルにマップを広げて見せた。

 レーダーのカードも併用し、拠点である船に、ルミルを表す赤い矢印と、ユノアを表す赤い点が表示される。

 二人が注視するのは、野原に墜落した船から上の方向、おそらく北と思われる方角にあったねずみ色の丸い表示だ。

 一見すると、巨大な岩が表示されているように思えるが、これはつい一昨日、何もなかった場所に突然表示されるようになったものだった。

 ユノアはこれを、新たに出来た建造物だと推測した。

 根拠は今の拠点である船の存在だ。人間が生活できる領域として、船は空を飛び、ユノアの持っていたマップの範囲に入り込んだ。

 突如としてマップに現れる表示は、そういったこの世界の特殊な建造物である予感がして、ユノアはこれの調査を行うべきだと決断した。

「このいきなり出てきた何かを調べに行く。その上で、ここと拠点の間……この辺かな?新しく拠点を作ろう」

 問題の場所は、どうやら飛行する船が通過した経路で、マップが表示されるギリギリ端の辺りにあり、先日戦った野犬たちの住処である鉱山よりも遠くにあった。

 そこで、ユノアは問題の場所から船までの間、その真ん中から、若干船寄りの位置を指差し、今後の方針を告げた。

「拠点、ですか?」

 発言のスケールを大きく受け取ったルミルが、目を丸くして聞き返すと、ユノアは取り繕うような笑みを浮かべて捕捉する。

「まあ、さすがにここみたいな施設ってレベルじゃなくて、なんとか逃げ隠れが出来たり、色々食べ物とかを置いておけるくらいの……セーフハウス的なのを作りたいの」

「そういうことですか。何かあったら、そこで態勢を立て直せるようにするのですね」

「そうそう。ホント、ルミルは話が早くて優秀だね」

「ありがとうございます」

 互いに機嫌のよい笑みを向け合い、楽し気に食事を進めた。

 そうした朝の営みが緩やかに過ぎるが、腹が落ち着いた途端、嵐のような勢いでユノアとルミルは船の外へ飛び出していく。

 具体的に言うと、ルミルを抱き上げたユノアがビルドアップとジャンプのカードによる効果で大きく跳躍し、抱えられたルミルが突風のカードを使って推進力を担当する。

 大雑把だが長距離を移動する手段としては、現状、これが一番距離を稼げる組み合わせだ。

 それでも、セーフハウスの予定地としてざっくりと決めた場所まで、1時間以上かかってしまい、到着した頃には、ユノアのスタミナが限界寸前の所まで消耗していた。

「はぁー、はぁー……はぁー」

 全身を使って呼吸するような勢いで、ユノアは体内の空気を循環させる。そんなクタクタな主の汗を、従者は心配そうな顔をしてタオルで拭っていく。

「だから途中で休憩しましょうと言ったのに」

「ははは、やっぱ、やることは一気にやり切りたいから、まあ……だい、大丈夫だから……今日はとりあえず……場所だけ決めて帰ろうか」

 微妙に呂律ろれつが回ってない部分があるものの、本当に単純な疲労なので、大きな問題は無かった。

 ここに来るまでルミルがマップとレーダーで周辺を警戒して特に反応は無いので、人に害をなす獣や怪物の危険も今のところは無い。

 船から持ち出した水筒の水でのどを潤し、十分に休憩して呼吸が整ってきたユノアは、槍を発動して手摺てすり代わりに使い、疲れた身体を強引に起こした。

「まだ休んでいなくて大丈夫ですか?」

「平気。帰りはさすがにゆっくりしようと思うから、早いうちに場所を決めて、準備しときたいの。また、遅かったって結果にはなりたくないしね」

 並々ならぬ意思を感じさせるユノアの横顔を見て、ルミルはそれ以上何も言えなかった。

「でも、ホントにヤバかったら、ちゃんと助けてって言うから。その時はお願いね、ルミル」

「もちろんです、ユノア様」

 弾けるような返事に安心と活力を貰い、ユノアは踏み出した。

 とはいえ、ここから先はそこまで急いでも仕方がない作業だった。

 生き生きとした緑と硬すぎない感じの土色が程よく混ざり合ったその場所で、適当な高さをもった崖を見つけると、やや上の位置に槍を足場にして近付き、振動のカードの効果を得た槍による刺突を繰り返して、横穴を掘っていく。

 この間ユノアは足場と手摺りに身を預け、のんびりと崖が削れて行く様子を眺めていくだけであり、ルミルも敵の気配がない状況のまま周辺を警戒し続けるだけになって、劇的な事件がないまま、時間が過ぎていった。

 やがて日が傾き、周囲が夕暮れ時の色に染まり始めたタイミングで、横穴が完成する。

「はい。意外と何事もなくセーフハウスの土台が完成しました」

「何もなかったのはいいことだと思うのですが」

「うん、そうだね。でもこれまで色々ひどい目にあってきたから、なんていうか、なかったらなかったで、妙な疲労感というか、緊張感を返せというか」

「……そういうものなのですね」

「うん。とりあえず、今日はこの辺で切り上げて。明日はここに食料とかを運び込もうか」

 事は迅速に進めたいが、焦って身を滅ぼしては意味がない。

 地図を見る限りでは、問題の建造物も未だ健在であるようだ。

 前回のように、もう一日早ければ、といった事態にならないことを祈りながら、ユノアは拠点への帰路につく。

 こんな時、もっと仲間が多ければ、作業を分担して展開を進められるのだろうか?

 今の限界に反発する気持ちが、そのような願望をユノアに抱かせた。

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イキりオタJKと天の声のない世界 とき @tokiori

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