勧誘

 水流の音が響き渡る川のほとり、源流に続くと思われる大きな横穴の洞窟から、一人の少女が現れた。

 真新しくも所々に土の色を付けた、白い長袖の質素なワンピースを纏い、何かに辟易へきえきとしたように顔をしかめている。そして、その背には、少女の体躯を覆う程の大きさをした棺桶かんおけが浮遊していた。

 棺桶には底面に当たる部分の端に持ち手があり、少女はそれを握って棺桶を引き、外界の光に誘われるように歩み、洞窟から離れていく。

 ふと、少女は後ろから気配を感じ、足を止めて振り返る。

 視線の先にいたのは、少女より一回りほど小さいサイズをしたサソリだ。少女と同じように洞窟から現れ、黒ずんだような甲殻と節足を生々しく蠢動しゅんどうさせながら、成人男性の腕と同じくらいの太さをしたはさみと尻尾が、少女に向けて伸ばされる。

 グチャッ、と生の肉が無残に千切れ、生命が破壊される音がした。

 川はその穏やかな水流で、飛び散った体液と共に、不快感を誘う音の余韻よいんを彼方へと洗い流してくれた。

 けれど、手から伝わったサソリを潰す感触は、少女に長々と続く嫌悪感を残す。

 棺桶に潰されたサソリを前に、少女は気分の悪そうな顔になってしばらく立ち尽くした。

 やがて、力なく投げ出されながらも未だにピクピクと動くサソリの鋏がもっと気持ち悪く感じ、少女は重い身体を起こすようにその場を離れた。

 歩きながら、棺桶を川に付けて洗い流し、そのまま川を下る形で、当てもなく進んでいった。

 だが、少女の目にはどこか強い志のような熱量を帯びていた。

 明確な目的は無いが、漠然ばくぜんとした目標を持った、生きている瞳。面として向かい合わなければ分からない輝きだ。

 ガサガサッ、と川の近くに生えていた草木が揺れる。

 肩を揺らし、警戒する顔で少女はそちらを向くと、その表情が、驚愕と畏怖いふの感情に染まった。

 先ほどのサソリよりも更に大きい。そして、頭部にはサソリではない別の、世界最大の甲虫の角を思わせる突起とっきが伸びていた。

 どこからどう見てもバケモノ、と少女は認識し、何をされてもすぐに対応できるように身構える。

 そんな少女の前で、バケモノはゆっくりとした足取りでその姿を晒すと、おもむろに片方の鋏を口元に近付けた。

「コホンっ」

 バケモノの口から、ワザとらしい咳払いの音が鳴る。

「初めまして。私はクロスコルと申します。敵ではありませんので、どうか警戒を解いてもらえますか?」

 低い位置から丁寧な口調で紡がれた言葉に、少女は激しく動揺する。

 見た目の怪しさとは別に、クロスコルと名乗った異形に酷い胡散臭うさんくささを感じ、すぐに確信した。

 コイツは絶対ウソつきだ。

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