ファイナルカード

 大自然の中、唯一人工の光を放つ墜落した船は、夜の森の中にいてもハッキリと捕捉ほそくでき、その方向へと進むだけで、怪人の集団とそのボスは、獲物であるユノアたちの拠点に辿り着いた。

 夜風に揺れる草原の上に、銀の髪をなびかせ、土の付いた手足と、汚れた顔の左目にほむらを灯したユノアがたたずんでいた。

 付き人の姿が見えないといぶかしむボスだが、まず一人始末する事に支障がなければ問題はない、と射程に入った所で火球を放った。

 迫りくる火炎の球を前に、ユノアは冷静に対処する。

 軽やかなステップと同時にステルスの効果を発動し、瞬時に横へ移動、難無く火球を回避し、爆風からも逃れる位置に足を着ける。

 2度3度、進軍しながら火球を放つが、それら全てユノアは華麗に回避してみせた。

 大雑把な攻撃は無意味だと、ボスは目つきを鋭くし、歩みを止めた。

「行けっ!」

 端的な号令の元、6体の怪人が同時に飛び出し、一斉にユノアに襲い掛かる。

 小さく呼吸し、気持ちを落ち着かせて、ユノアは敵の動きを見極める。

 槍を発動し、先頭の2体を足止め、後続の4体に包囲されるも、今度は防戦に徹し、ユノアは怪人たちの攻撃を捌き続ける。

 戦いの幕が再び上がった、と思いきや、戦況はすぐに膠着こうちゃく状態に陥った。

 先ほどとは違い、ユノアは攻めの姿勢を堪え、ひたすらに繰り出される攻撃を躱し、いなす。

 攻め入る隙を見せなくなったユノアに、怪人たちは憤慨ふんがいし始め、動きが荒くなっていく。

 こうなるとユノアのペースだ。無理に伸ばされた四肢は、味方の身体に阻まれて邪魔をしてしまう。

 そうして生まれた隙に、ユノアは的確に槍を突き刺した。殴打よりダメージは少なく、状況を打開できる訳ではないが、これが勝つために必要な戦い方だった。

 そんな展開がしばらく続き、見かねたボスが状況を動かす。

 溜息の後、手下の怪人にその場を離れるよう一喝いっかつして、火球を放とうと口を開いた。

 従順に命令を遂行すべく、怪人たちは散開する。

 その内の一体、一番自身との距離が近かった個体に目を付け、ユノアは怪人の腕を掴んだ。

 逃げ遅れた怪人は、連続で槍を叩き込まれて怯み、ユノアにハンマーロックを決められる。記憶にある描写の見よう見まねで、いささか雑な姿勢だが、拘束により怪人は動きを封じられた。

 この状況で火球を放てば、確実に怪人も巻き込まれる。

 つまりは人質作戦だ。

 だが、ボスは何の躊躇いも無く火球を放った。

 予想していたとはいえ、その残忍ざんにんさにユノアは苛立ちを覚え、舌打ち混じりに怪人の後頭部を殴る。次いで犬の頭を掴んで、ビルドアップによる恩恵で得た膂力りょりょくを活かし、火球に向け怪人を放り投げた。

 怪人の身体が見事に火球にぶつかり、悲鳴が上がると共に爆散する。同時に後方に跳び退き、ユノアは攻撃から逃れた。

 バタッと地面に落ちた怪人は、全身がプスプスと焼け焦げ、動かなくなった。

 その様子を見て、他の怪人たちは慄く。

 空気が変わった事を契機けいきに、ユノアが切り出した。

「確か眷属がどうのとかも言ってたっけ?まあ、なんでもいいや。手下に対してあんまりにも酷過ぎるんじゃないの?」

 冷淡な糾弾きゅうだんに対し、ボスはドス黒くも見える鼻をひくつかせて嗤った。

「こいつらは我の一部だ。研いだ爪のカスがどうなろうと、気にする訳がないだろう」

「例え方下手すぎじゃない?そこまで粗末な手駒でもないんでしょ。数を増やさないあたりね」

 ボスの表情がピクリと動いた。眷属の条件を看破かんぱされたからだ。

だが、これ以上戦力が増やせない事実はボスにもどうにもできない。どうにもできない事を知られた所で、どうという事は無いと、すぐに厳つい笑みを浮かべ、気になっていた人物について指摘する。

「そう言うが、貴様も今は一人だろう。もう一人は逃げたか?ああ、戦いを貴様に任せ続けたからな、役立たずがいなくても変わらないのだな」

 愉快そうに見えるようボスはほくそ笑み、妙に声の通るトーンでさげすんだ。

 その意図をんで、ユノアを囲む怪人たちもせせら笑うが、それら含めて、ユノアは我慢できずに、派手に肩を落として聞こえるように息を吐いた。

「同情痛み入るわね。自分の分身にわざわざ人格を持たせてえらぶる寂しんぼ野郎」

 ピクリと犬の耳が動き、ボスは全身を強張らせた。

「そんなに自分の力を誇示こじしたいのね。で、使えないのは見せしめ。どっち道逆らえないように作ってるくせに、よっぽどお人形遊びが好きなんだ」

「……貴様も手駒に見限られているのだろう」

「そうねぇ、面倒くさいとは思われたみたいだけど、それはちゃんと私を見てくれてるから。私の無茶に付き合ってくれて、その上で考えを教えてくれた……」

 語るユノアの表情は、どこかほこらしげな様子が見て取れる。

「数の有利を理解してるのなら解るでしょ?一緒にいてくれたら、どれだけ力を貰えるか。自分に付いて来てくれる事がどんだけ嬉しいか。そんな大事な仲間……いえ、あえて従者と呼ぶわ。自分に付き従ってくれる相手は、都合の良い人形なんかじゃない、主と見てくれているから力を出してくれるの。そんな従者を、雑に扱って良い訳ないし、犬死させるなんてのは論外。支配して動かしてるだけのアンタの眷属と頼れるウチの子、比べるまでもないわ。この場にいるいない抜きに、私の従者は私に力をくれるのよ」

 勇ましく、けれども落ち着いた声音でユノアは言い切った。

 数瞬の静寂が訪れ、とうとうボスは返す言葉を見つけられなかった。

「……舌戦というのか。興が乗ったが、どうやら経験が足りなかったようだ。そこは負けを認めよう」

 粛々しゅくしゅくと語るボスを意外そうに眺めながら、自慢じゃないがあおののしり合いは比較的馴染み深いんだよなぁ、文面上が多いけど、とユノアは呑気のんきな感想を抱いた。

「だが、手駒の消費など、勝てば取り戻せるのだ。貴様が相手ならば余りあるほどだろう」

 冷ややかに言って、ボスは口の中に熱量を収束させる。

 火球が放たれ、数メートル先の野原が焼かれた。爆音に空気が震え、緊張感が周囲に伝わる。

「何をしている!焼かれたくなければ、すぐにあの人間の首をれ!」

 怒号が轟き、怪人たちは震えあがると、狂気に駆られたようにユノアへと迫った。

 億劫おっくうそうに顔を歪め、ユノアはその場から逃げる。

 船から離れていくような経路だった。光源であるサーチライトの範囲をスタミナが保てるペースで走っていく。

 速度は出ないので、やがてユノアは怪人たちに追いつかれる。

 振るわれる攻撃は、先程以上に勢いを感じさせ、如何に怪人たちが必死になっているかが分かる。

 だが、守りに徹し続けるユノアには、中々ダメージとなる攻撃は届かない。

 すると、サーチライトとは別の光がユノアと怪人たちを照らした。

 ボスによる火球の光だ。今度は宣告せんこくも無く放ち、眷属もろともユノアを焼き払おうとしていた。

 さすがに反応しきれず、ユノアは怪人を盾にすることを諦め、回避に徹した。一拍遅れて怪人たちもその場から退避し、全員直撃はまぬがれる。

 だが、火球は地面に着弾すると爆発を引き起こし、辺りにいる者に熱風と衝撃を浴びせ、着弾点の近くにいたユノアと、攻撃を仕掛けようとした怪人2体が吹っ飛ばされる。

「今だ!畳み掛けろ!」

 運よく爆風から逃れた残りの怪人に指示が渡り、追撃を察知したユノアは急いで起き上がって、また逃走の動きに移行する。

 その速度は、徐々に減衰げんすいし、またしても怪人たちに追いつかれ、迎撃している所に、ボスの火球が放たれる。

 こうしてダメージを受け、ついにユノアはサーチライトが照らしている範囲の端まで追い詰められた。

「囲め!奴を光の中から追い出せ!視界を失えば、鼻だけでも戦える我らが勝つ!」

 昂ぶった声の命令が届き、怪人たちは前衛に3体、後衛に2体といった布陣ふじんでユノアの前に立ちはだかり、じりじりと詰め寄って、左右への動きを牽制けんせいする。 

 それをユノアは、迷ったように眉間を歪めて注視していた。

「……まあ、これくらいかな」

 静かに呟き、怪人たちに向けて駆け出した。

 破れかぶれの突撃かと虚を突かれつつ、前衛の3体もユノアに迫る。

 間合いに入る、その直前に、槍を発動して怪人の動きを妨害し、ユノアは跳び退いて最初の位置、サーチライトの光が届くギリギリのラインに戻った。

 そこから先は真っ暗闇だ。そこへ押し出せば有利な戦いに持ち込めると、怪人たちは槍を砕いて進撃を強行する。後衛の2体も、ユノアをこのラインから離さぬよう、注意深く身構えて距離を詰めていた。

 ユノアの身体が、暗闇へと吸い込まれていく。

 その顔には、勝機を掴んで嬉々とした表情が浮かんでいた。

「ルミル!」

 甲高かんだかい呼び声に応え、ユノアの背に広がる暗闇からルミルが現れた。入れ替わるように、ユノアが暗闇の中へと姿を隠す。

 空中に躍り出たルミルは、肩掛けにして袋を担いでいた。

 ルミルはそれを、離れた位置に立つボスに向けて放り投げると、手をかざして突風のカードの効果を発動させ、袋をボスへと飛ばした。

「なんだ⁉」

 不意を突かれたボスは、咄嗟とっさに火球を放って迎撃し、袋を撃ち落した。

 その様子を確認したルミルは口角を吊り上げ、突風とさらにそよ風を発生させて、ボスの元へ風を送った。

 緩い風が頬を通り過ぎる感触に、ボスは狼狽する。この程度で何をしようとしているのか?そう疑問を覚えた頃には、すでにユノアの術中であった。

 気付いた瞬間にはもう遅く、ボスは苦し気に表情を歪め、顔を覆って膝をついた。

 着地し、5体の怪人全員の背後を取ると、ルミルはそちらに手を突き出し、再び突風を発動する。

 発生した風は、怪人たちにぶつかり、前衛の3体は、堪え切れずにサーチライトの範囲から外の暗闇に押し出された。

 ユノアを追うつもりでもあったのだが、そこには地面が無かった。

 地を踏もうとした足は空を切り、3体の怪人はゴロゴロと暗闇の中を転がり落ちて行った。

「な、何だ⁉」

「くそ、落とし穴だ!」

 怪人たちが落ちた穴は、昨日ユノアたちがキモモチの死体を処分しようとして掘った穴だ。

 その深さは増しており、怪人たちをしっかり収めた。

小癪こしゃくな真似をっ」

 悪態を吐きながら立ち上がろうとした怪人だが、その手にグチャっとした感触を覚える。

 暗くて殆ど見えないが、自分たちの下に得体の知れない物体がき詰められていると気付き、嫌悪感に顔を歪めた。

 次の瞬間、微かに見えていたサーチライトの光が、硬い衝突音が響くと共に閉ざされた。

 それは、船の食料庫にあったコンテナだ。

 中身を空にした状態で、カードの力を最大限に活用して穴のすぐ隣にまで運び込んだ物であり、それでユノアは穴に蓋をした。

 穴に閉じ込めた形になるが、怪人たち3体掛かりならば、このコンテナをどけることは可能だろう。だが、こうする目的は、ある程度の密閉みっぺい状態を作る事にあった。

「一気に押し……ゴホッ」

「ガハッ、なんだっ、この臭い、ゴホッ」

 怪人たちは、すでに燃やされていたキモモチから発生する臭いにおかされ、激しい苦痛に襲われる。

 ほぼ毒ガスとも思える臭いが充満する暗い密閉空間、嗅覚の良し悪しに関係なく、控えめに言っても地獄だろう。

 喉がつぶれるほど咳き込んだ怪人たちは、抵抗する力を出せず苦しみ悶えた末に、バタバタと崩れ落ちていった。

 そんな状況になっているかどうかなど気にする暇もなく、ユノアは残った2体を処理するべく、ルミルと合流した。同時にユノアは、ルミルにビルドアップのカードを渡す。

 流れるように状況が動き、戸惑っていた怪人たちの隙を容赦なく突く、ユノアの拳とルミルのブーメラン。

 互いに1体ずつ相手をし、各々が敵を圧倒する。

 その最中で、ユノアは驚嘆きょうたんしていた。

 ビルドアップの恩恵を受けているとはいえ、ルミルの動きは洗練されたような美しさを感じさせ、華麗に敵の攻撃を躱すと共に、鋭い反撃を叩き込んでいる。

 ルミル、実は強かったのだ。

 高揚感に任せて、ユノアは怪人を殴り飛ばし、ルミルの方へと押し出した。

 同時にルミルも怪人を蹴り飛ばし、ユノアのいる方へと押し出す。

 2体の怪人が近付くが、互いに自分の相手に気を取られて位置取りに意識が向いていない。

 接近したユノアとルミルは、自身が相手をしていた怪人とは別の怪人、自身に注意が向いていない方を攻撃して不意打ちを決め、敵を交換してさらに激しく攻め立てる。

「うおおりゃあああ!」

「はああああ!」

 二人は裂帛れっぱくと共に、会心の一撃を叩き込み、怪人を吹っ飛ばす。

 地に倒れた2体の怪人は、こと切れたように動かなくなると、その身体が分解され、煙のように霧散むさんする。跡には、怪人の姿を描いたイラストのカードが残った。

 理屈は分からないが、敵を撃破できたのだとユノアは認識する。

「よし、あとは……」

 視線を移動させ、ユノアは最大の脅威を見据える。

 場所を大きく移動し、咳き込みながらも体内の空気を入れ替えようと大きく呼吸していたボスは、忌々し気にユノアたちを睨んだ。

「貴様ら、アレは……ガハっ、アレは何だ⁉」

 ルミルの投げた袋の残骸ざんがいを指差して問い詰める。

 それは、キモモチの死骸を詰めた袋だ。

 元々火を点けてはいたが、ボスの火球により一気に燃焼ねんしょうし、発生した激臭をルミルの風によってぶつけられ、ボスの嗅覚と気管にダメージを与えた。

「なんだかんだ、と聞かれても、まあ……」

「私たちもよく分かりませんからね」

 キモモチの事を聞かれてもどうしようもない、とさばさばした様子で二人は首を傾げる。

「何なんだ!?何なのだ貴様はいったい⁉何故ここまでの事を成せた⁉」

 劣勢を痛感し、ボスはその原因であるユノアについて問うた。

 だが、具体的な理屈など、その場の勢いでここまで来たユノアに答えられるはずもなく、ユノアはなんとなく、先程のルミルとのやり取りを思い返して、まし顔で答える。

「ただイキリ散らしたオタクのJKよ。文句ある?」

 あまりにも適当で粗略な言いように、ボスは屈辱を覚え、握った拳に爪が食い込み、血走った目と同様に赤くにじんだ。

「ふざけるなっ」

 怒りのまま叫び、ボスは火球を乱射。大雑把に狙って連続で放たれる攻撃を、ユノアとルミルは左右に分かれて回避する。

「ちょっ、ヤケクソ⁉」

「どうしますか?ユノア様」

「ぶっちゃけここからのプランは無いからね。とにかくあの炎を何とかしないと」

 挟みこんで接近し、片方が背後を取って攻めるとしても、近距離で火球を放たれれば爆風で分断されるだろう。直撃すれば即ゲームオーバーだ。

「……ルミル、効果が分かってないアレ!試してみて!」

「大丈夫ですか?」

「他に手札が無いから仕方ないよ。この際あの攻撃を何とか出来れば何でもいいから!わっ」

 言いながら、ユノアは爆風から逃げきれず、衝撃に見舞われた。

「ユノア様っ」

 反射的に動き、ルミルはバインダーを出現させ、効果不明の最後のカードを取り出すと、自身の台座からそよ風のカードを引き抜く。

 周囲に炎が描かれ、その中心にだいだい色の人型の枠線が引かれている、スピリットと似たようなイラストのカード。しかし、試しに使ってみた時は何も起きず、効果が判明しなかった。

 不安はあるが迷いは無い。それは、自分が信じる人の指令なのだから。

 ルミルはカードを装填し、ブーメランを投擲した。

 回転しながら真っ直ぐと進むブーメランは、見た目には変化がなく、ボスもすぐに反応して、撃ち落すべく火球を放った。

 火球にブーメランが呑まれていく。次にブーメランが姿を出すのは、焼け焦げ、勢いを削がれた状態で落下する時だった。

 新たなカードを使わなかった場合は。

「なっ⁉」

 顔面に衝撃と火花が生まれ、ボスは狼狽する。何が起こったのかと視線を上にあげると、火球を切り裂き、そのまま頭部に直撃したブーメランが宙を舞っているのを見た。

 望外の効果に、ユノアとルミルは目を合わせる。

「ユノア様!」

 差したばかりの橙色のカードをルミルは抜き取り、ユノアに向けて投げた。

 真っ直ぐと飛んで来るカードを見事にキャッチし、ユノアはイラストに触れて台座を出現させ、空いている溝に装填する。

 スピリット、槍、ステルス、硬化、と共に、周囲に炎が描かれたイラストがユノアのイラストに重ねられた。

 意を決し、ユノアはボスに向けて突撃する。

 回避を考えない直進だ。その迫力にボスは一歩退きつつ、火球を吐いて迎撃する。

 一歩踏み出すよりも早く、火球はユノアに接近し、その身体を呑み込んだ。

 この時点で、先程ユノアに盾にされた怪人は爆発し、焼け焦げた屍となって力尽きた。

 主の選択を、ルミルは胸を締め付けられるような気持ちで見守った。

 その瞳に、弾け飛んだように散らばる炎が映る。

 それは、紅紫色の焔を纏うユノアを更に美しく苛烈に引き立てるような、劇的な瞬間だった。

「うおおおおおおお」

 雄叫びを上げながら、火球を突き抜けたユノアがボスに向けて拳を振るい、信じられないと言いたげな犬の顔に突き刺さった。

 勝ち筋を見つけ、一気に決着をつけるべく、ユノアは力強い声で従者を呼び付ける。

「ルミルっ、来てっ」

「はいっ」

 呼応し、ルミルは地を蹴って大きく跳躍、宙に残っていたブーメランを掴むと、落下する勢いを味方に体重を乗せた斬撃をボスの背中に繰り出した。

 刃はボスの背中をすべるるように通り、その軌跡きせきを追うように衝撃と火花が発生する。

 顔面に受けた時よりも大きな痛みにボスは苦悶の声を上げるが、その音を発生させる口の頬に、ユノアの回し蹴りが叩き込まれる。

 前面をユノア、背面をルミルに一度られ、ボスは前後からの攻撃に翻弄ほんろうされる。

 抵抗しようと巨躯きょくが誇る腕を振るうが、槍で阻まれて思うように動かせず、強引に振り抜いても回避され、カウンターを決められる。

 挟撃される位置から逃れようと動いても、これも槍に阻まれると同時に、ユノアとルミルがピッタリと張り付いて、有利な位置取りを譲らない。

 どうにか片方を引き離そうと、ボスはユノアに手をかざし、火炎放射を放った。

 ルミルの突風と同じ使い方だろう。だが、今のユノアに炎は通用しない。

 突き出したボスの手を払い除けると共に、炎を腕で振り払い、その勢いで拳を叩き込む。

 ならば従者の方を始末しようと、振り返るが、ユノアとルミルは半円を描く動きで移動し、前後の位置関係を崩さない。

 死角にいるルミルに、勘を頼りに腕を後ろへ向け、火炎放射を放つ。

 雑な狙い方で直撃は免れるが、ルミルは熱さに顔をしかめながら後退した。

 それと同時に、ユノアはボスの腹部に肘打ちを叩き込み、体重を掛けてボスを前へ押し出した。

 ひるんだボスの背中がルミルに近付き、そこへブーメランによる斬撃が繰り出される。

「このおぉぉぉ」

 疲弊ひへいが滲む怒号と共に、ボスの牙からに炎が漏れる。

 ダメージ覚悟の火球を放ち、この状況を打破しようとしているのだ。

「ルミル!」

 ボスの意図を見抜き、ユノアはルミルを呼ぶ。

 返事をするよりも早く、ルミルはユノアの元に合流し、その胸に飛び込んだ。

 地面に向けて火球が放たれる。

 その寸前に、ユノアは着弾点からルミルを自分の身体で隠し、申し訳程度に槍でバリケードを作って、衝撃を受け止めた。

 先ほど火球に突っ込んだ時もそうだったが、全くのノーダメージではなく、それなりの衝撃と熱量、そして痛みがユノアを襲うが、頑張ればなんとか耐えられた。

 爆風はボス自身も襲い、衝撃で巨躯が大きくよろめいた。

 そうして発生した大きな隙をユノアとルミルは見逃さない。

 体勢を崩したボスの腹部に向けて、ユノアとルミルは抱き合った姿勢から僅かに身体を離して同時に足を伸ばし、渾身の横蹴りを打ち込んだ。

 バキンッ、と火花と共に衝撃音が響き、ボスは大きく吹っ飛ばされ、背中から地面に落下した。

 微かに煙が出る腹部を抑えながら、ボスはすぐに起き上がろうとするも、ガクリと足を折って、その場にひざまずいた。

「トドメは私がやるっ」

 低い声で告げるが、ユノアの頭に確実な手段はない。

 槍もブーメランもボスにダメージを与えてはいたが、微々たるものだ。ここまでしてようやく傷らしい痕がちらほら見える程度。

 何故、殴打による攻撃の方がダメージが大きいのかは未だ分からないが、通用するのならば死ぬまで打ち込めば殺せるだろう。

 とにかく、今この瞬間に、この脅威てきを倒す。

 そうユノアは強く意識した。

 刹那、無意識に右手が動き、慣れた手付きでカードのバインダーを出現させた。

 バインダーから取り出したのは、効果の判明していない、森で倒した猿からドロップしたカードを重ねて出現した、太陽とも、星とも、花とも言えるような円状のイラストで、箔押はくおしのような光沢感を持つカードだ。

 このキラキラカードは、スピリットなどの効果を試していた時、これは今ではない、と直感して、効果の確認をしなかった。

 そんな未知のカードを、ユノアは何の迷いもなく手にし、出現した台座からステルスのカードを抜き取って、ルミルにパスした。

 地を蹴り、ボスに向けて肉薄するのと同時に、ユノアはキラキラのカードを台座に装填する。

 カードは淡く輝き、それに応えるかのように、台座にある他のカードもそれぞれの色の光を灯した。

 手足と左目の焔が膨れ上がり、激しく燃え盛る。

 間合いに入り、腰の入った左の正拳が、ボスの腹部にめり込む。

 ボスの巨躯がくの字に曲がり、微かに宙に浮かぶと、その胸部に向けて、右のアッパーが振り上げられた。

 これまでにない衝撃音と共に、ボスの身体は真上に飛ばされ、黒い靄が漏れ出した直後に爆散した。

 その様子を、ステルスのカードを握りしめて見守っていたルミル。注意深くボスの最後を確認した視線の先には、黒く濁ったカードが落下しながら砕け散るのと、2枚のカードがユノアの元に降って来るのを捉えた。

 それは、名前らしい名前を得ることのなかった異形の終わりであり、ユノアとルミルが共に掴んだ勝利の証であった。

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