ボス戦かよ

 いくつかの建物を覗き、慎重に中に侵入して、何かないかと目を配らせる。

 すると、少しだけ分かった事があった。

 住居と思われる建物の中には、テーブルやクローゼットなどの家具の残骸は放置されているが、日用品などの細かい物は一切痕跡がなく、人が住んでいそうで、その痕跡が中途半端に足りていないのだ。

 まるでコスト削減の為にフィールドのオブジェクトを妥協したような、適当な有様。この場所が廃墟であると最低限の表現ができればいいというような状態だ。

 いぶかし気な顔でそんな風に思うと、ゲームのやり過ぎな気がして、ユノアは冷たい自嘲を浮かべた。

「とりあえず、悲惨な出来事はなかったのかな」

 密かな安堵を抱きつつ、ユノアは探索を続ける。

 幾つかの建造物を覗き、何もなければ気ままに路地裏を通り、少し離れた先に聳えていた時計台を見て時間を確認する。どうやら針は動いていないらしく、当てにはならなかった。

 目立った手掛かりは見当たらず、廃墟というシチュエーションに高揚していたユノアも、見るだけの作業にそろそろ飽きを感じ始めていた。

 ふと、進行先に広場のような空間を見つける。

 中心に噴水を備えた、住民たちの憩いの場みたいな印象の場所だ。

 こんな場所があったのかと思いつつ、ユノアは元いた塔の方へと目を向け、納得した。

 塔から見える位置には、大きめの建造物が邪魔をして、広場を隠してしまっていたのだ。

 スタート地点から隠されていたエリア。そんなフレーズに、ユノアは期待を膨らませ、足早に広場へと向かう。その姿は、ドレスの袖とスカートを華麗に靡かせ、廃墟の中で煌びやかな存在感を放った。

 噴水の元まで辿り着くが、目の前に広がるのは変わらない廃墟の景色。肩透かしを食らいつつ、振り向いて広場を隠していた建物の方を見た。

 ドキッ、と素直に吃驚して、ユノアは息を呑む。

 探し求めていた新たな情報。とにかく何かないかと動いた末に見つけ出したソレを見て、ユノアは強く困惑した。

 パッと見たユノアの印象、ソレは恐竜ロボ。

 長い口先と、ヒレのような背中から察するに、スピノサウルスといった所だろう。主人公サイドにティラノサウルスがいる場合に、格上のライバル役として抜擢される気がする恐竜だ。

 そのスピノサウルスの身体は機械で構成され、全身をSFチックなシルバー装甲で覆い、関節部分にちらりとシリンダーが見える。ロボ好きの心をくすぐるポイントの一つだろう。

 唖然とした顔で、ユノアは恐竜ロボに近付く。

 ユノアのいる廃墟は、石造りの建造物から、中世をイメージできる外観で、ファンタジー系の創作物の舞台となりそうな場所だ。

 そんな場所を探索して、ようやく見つけたのが、この謎の近未来感マシマシな機械。

 世界観どうなってるんだ、とありがちな感想を抱き、ユノアは恐竜ロボを鑑賞していく。

 鈍い光沢感のある装甲をじっくりと見ながら、その頭部へと向かい、対面する。

 四足動物の伏せのような体勢で沈黙する恐竜ロボは、どうやら機能を停止しているようだ。目に当たる部分にあるカメラが暗くなってる様子から、ユノアは勝手に判断する。

 珍しい物に対し、見ているだけの人間と、触ってみる人間とで分かれると言うが、ユノアはバリバリの後者だった。無骨な質感に吸い寄せられるように、ゆっくりと手を当てた。

 ブゥン、と両目に当たるカメラが赤く点灯する。まるでユノアの行動に反応するようにだ。

 あからさまな起動に、思わずユノアは身を引いた。

 同時に、横殴りの衝撃が二の腕あたりを襲い、ユノアは弾かれるように身体を吹っ飛ばされて、噴水に激突する。無機質に枯れていた噴水が、豪快に砕け散った。

 辛うじて残った残骸を支えに、ユノアは立ち上がる。

 二の腕を抑えながら、何が起きたのかと戸惑いの視線を恐竜ロボに向けた。

 先ほどまでユノアの立っていた場所には、恐竜ロボの目の前を横切るように、真紅の槍が虚空から伸びていた。

 猛禽類もうきんるいくちばしのような造形をした特徴的な切っ先が自分を襲ったのだと察し、ユノアは慌てて腕の状態を確認する。

 硬化のカードのおかげで、腕は健在だ。石を砕くほどの勢いで叩きつけられた身体も動かせている。

 だがしかし、痛みはしっかりと覚えた。

 やんわり二の腕に残る、ジンジンとした違和感。例えるのなら肩にパンチを喰らったくらいのレベルだが、攻撃を受けた確かな証拠だった。

 プシュー、と排気音が広場に響く。

 恐竜ロボは堅牢な機械の関節により、美しい姿勢で身体を起こし、重量感を晒す後ろ足を動かして、凶暴そうに見え始めた頭部をユノアに向けた。

 立ち上がった際の高さは大体5mくらい。

 赤く光る二つのカメラでユノアを捉え、敵を認識した獣の如き挙動を取り始める。

 力を溜め込むように小さく身を屈め、一気に吐き出すように、長い顎を開く。

 咆哮ほうこう

 機械の身体をした恐竜ロボは、喉の奥に備えたスピーカーのような形状のパーツから、空気を震わせる程の叫びを轟かせた。

 ユノアにとって、動物の威嚇を直に受けたのはこれが初めてだ。飼いならされた犬猫くらいしか動物と触れ合った経験がなく、そもそも動物がそんなに好きではないから、関わる事自体が少なかった。もっとも、相手は機械なうえに恐竜なので、動物の威嚇と捉えていいのか怪しいモノなのだが。

 完全なるエンカウント。最初の敵と会敵したのだと直感は告げていて、ユノア自身もそれを疑わなかった。

 心臓が早鐘を打ち、汗が噴き出す。

 何も分からない不安を振り切って、ワクワクの探索を始めだしたらこれか、とユノアは内心で自身を奮い立たせる。

 そして、ユノアは武器が必要だと、ブーメランのカードを取り出すべく、それを入れた謎のバインダーを出そうと試みる。

 手前の空間に対して、スワイプするように手を振る。先程はそうする事でバインダーが現れた。

「……あれ?」

 だが、今回は何も出てこなかった。

「ちょ、どうなってんの?さっきはこれでよかったじゃん!」

 狼狽しながら、ユノアは反応の悪い機械と格闘するように手を振り続ける。

 しかし、結果は変わらなかった。

 戸惑いの渦に呑まれ、ユノアは咄嗟とっさに恐竜ロボの方を見る。

 そこでようやく、軽い地響きを知覚できた。

 それは、目の前から重機が迫ってくるようで、圧倒的な質量と硬度を持った車両が、脆弱な人間の肉体をすり潰そうとする瞬間。

 前傾姿勢を力強く支える後ろ足を踏み出し、恐竜ロボはユノアに勢いを付けた頭突きを繰り出した。

 まるでシュートされたサッカーボールのように吹っ飛ばされる。

 ユノアは広場を囲う建造物の一つに叩き込まれ、その外壁を粉砕して、部屋の中の壁に叩きつけられた。

 全身が軋むような感覚。身体の節々を襲う鈍痛。いままでの人生で経験した事のない物理的な苦痛を一身に受けて、恐怖の感情がユノアの中で膨れ上がる。

 同時に、ユノアの視界に、虚空からカードが飛び出すのが見えた。

 それは、求めていたブーメランのカードだ。

 反射的にカードに触れ、台座が出現すると、ユノアは逸る気持ちのままにカードを台座に装填し、ブーメランを手にした。

 武器を持つ事により、力を得たとユノアは錯覚し、次いで震える手を振って五体満足である事を認識する。

 これだけの破壊力を受けても、痛いだけで済んでいるのだと認識し、ユノアは僅かに安堵した。呼吸を乱しながらも、状況を整理しようと無理やり動く。

 まず、目の前の台座が消える前に、急いでブーメランのカードを引き抜いた。

 少しして、台座が消えるのを見届けると、再びブーメランのカード、そのイラストに触れ、台座を出現させる。

 その後、ユノアは塔で試していた通りに、台座の少し上で手を掲げ、忙しなく振った。

 望み通り、そこにバインダーが現れ、ページをめくると振動のカードが収納されており、抜いた覚えのないブーメランのカードが無くなっていた。

「えーと、つまり・・・・・・これ、台座と同じ出現条件?先に言ってよ!」

 よく考えれば気付けた事だとも思いつつ、ユノアはヒステリックな文句を言う。

 だが、はしゃいでいられるのも束の間。

 今いる場所、建造物の砕けた壁から、恐竜ロボが覗いてきた。

 暗がりにカメラからの赤い光が差し込み、ユノアは危険を感じて、脱兎だっとの如く、その場から退避した。

 その判断は正しく、ユノアのいた場所に向けて、数本の槍が虚空から伸ばされた。硬化の効果を持っていない状態で逃げ遅れていれば、3方向から串刺しになっていたかもしれない。

「ヤバいやばいヤバい」

 大慌てで建造物の中を通り抜け、ユノアは正しい出入口と思しき扉を抜けて、建造物から脱出した。

 そこからは、未だ崩れた壁から建造物の中を覗く恐竜ロボの姿があり、その隙だらけな側面を見た。

 ユノアは大きなチャンスだと確信し、カードに強く指を当てる。

 台座を出現させて、力任せに望遠のカードを引き抜き、勢い任せにブーメランのカードを装填した。

「このっ!」

 痛めつけられた事に対する怨恨えんこんを声に滲ませ、ユノアは手に出現したブーメランを投擲とうてきする。

 激しい回転を伴って、ブーメランは恐竜ロボの横腹にあたりそうな場所に直撃した。

 豪快な火花が散ると共に、恐竜ロボは悲鳴のような方向を上げて、押し飛ばされる。

 パッと見たサイズ感や質量感からは考えられない光景。物理法則を無視しているんじゃないかと疑うが、確かにユノアの攻撃が、恐竜ロボの巨体にダメージを与えた。

「よっし」

 戻ってきたブーメランをしっかりとキャッチし、ユノアは勝ち誇った声を上げる。

 しかし、恐竜ロボは健在だった。 

 すぐに体勢を整え、厳ついカメラと牙を向けて、ユノアと対峙する。

「もう、やるっきゃなさそう、だよね」

 相手は自分を標的に捉えている。自分も逃げる気分ではない。

 そうなれば、もう戦う以外に道は無い。

 熱くなった思考で決断すると、ユノアは鋭い視線を向けて身構える。

 数秒ほどの膠着こうちゃく状態を経て、先に恐竜ロボが動いた。

 メカニカルな足を真っ直ぐに踏み出し、その巨体でユノアに突撃する。ぶつかれば、先程と同様、軽々と吹っ飛ばされるだろう。

 そうはさせるか、とユノアは迎撃するべく、ブーメランを投擲する。

 回転する刃は機械の頭部へと迫るが、恐竜ロボはそれを捉えていた。

 空間が揺らぎ、そこから嘴のような矛先をした真紅の槍が伸びて、ブーメランを上方へと弾き飛ばした。

「なっ、またアレ!?」

 動揺しつつも、ユノアは冷静にその場から跳躍し、恐竜ロボを飛び越える軌道で、弾かれたブーメランを掴んだ。さすがに空中で正確に持ち手部分を掴んだ訳ではなく、抱き寄せるような形ではあったが、なんとか武器を確保する。

 そして、そのままブーメランを持ち直し、上方向から恐竜ロボの背中に狙いを定める。死角を狙った攻撃だ。

 だが、ここで相手が機械である事が災いした。恐竜ロボの頭部が90度回転し、厳つい顔とカメラが直上で舞うユノアに向いた。

 ギョッとしたユノアは反射的にブーメランを放つ。

 無防備な背中部位に向けての攻撃だ。そう思ったが、またしてもブーメランはどこからともなく出現した槍に阻まれた。

「もう、なんなのアレ!どう見てもファンタジックな魔法じゃん!メカならちゃんと物理に則った攻撃しろっての」

 華麗な着地と共に抗議し、ユノアは落ちたブーメランを回収しつつ、恐竜ロボから距離を取る。

 ここからしばし、ユノアと恐竜ロボによる追いかけっこが繰り広げられた。

 巨体故に俊敏とはいかないが、しつこく追従するには十分なスピードを出す恐竜ロボ。気を抜けば踏み潰されるだろうと、ユノアは走りながら思案し、攻略法を探す。

 直撃すれば攻撃は通用する。けど問題はいきなり出てくる謎の槍だ。ことごとくブーメランを止める上に、突かれたら普通に痛い。そう分析しながら、ユノアは疑問も抱いた。

 追いかけている間、恐竜ロボは槍を使ってこないのだ。

「動いている間は使えないのか、それとも……」

 確証を得るべく、ユノアは手に持ったままの望遠のカードを、噴水だった瓦礫の山に投げた。台座を出す為にと手にキープしていたのだが、しばらく望遠は使わないと予想し、とりあえず手放したのである。

念のためにカードの落ちた位置を確認してから、ユノアは行動に移る。

 急ブレーキから一気に反転して、向かってくる恐竜ロボに突っ込む。一瞬で距離が縮まると、ユノアに向けて真紅の槍が襲い掛かる。

 予想通り。とユノアはブーメランを盾にして槍を防ぎ、恐竜ロボの足元に位置取りする。

 そんなユノアを追うように、槍は恐竜ロボの周囲から何本も飛び出した。

 狙い通り。とユノアは襲い来る槍を回避する。

 槍での攻撃が来ると想定していたユノアは、それを躱す事のみに集中し、機敏なステップと柔軟な身のこなしで次々と繰り出される槍から逃れる事が出来た。とはいえ、結構ギリギリな作戦だ。周囲から飛び出してくると読んで気を配るが、死角からも槍は繰り出されるので、何度か避けきれずにダメージを受けてしまう。直撃による痛みよりはマシだ、とユノアは粘った。

「そろそろ」

 地味な痛みに顔をしかめながら、ユノアは段階的に恐竜ロボから距離を取っていく。

 多分1m。きっと2m。3mくらいだよね。

 目測で距離を測りながら、襲い来る槍を捌いていく。

 真っ直ぐと伸びてくる槍。それを確実に目で捉え、眼前でピタリと止まった所を見極めた。

 ユノアは注意を槍から恐竜ロボに移す。恐竜ロボは、ユノアに向けて前進し、また距離が縮むと、槍もまたユノアに届くようになった。

「よしオッケー」

 歓喜の声を上げながら、ブーメランによる防御で凌ぐと、ユノアは後方へと跳躍した。

 それにより再び距離が開くと、槍の襲来は収まり、恐竜ロボが接近しようと進撃を続ける。

「大体わかった」

 槍の発動は距離と関係してる。周囲にしか展開できなくて、遠くでは出せない。有効範囲は3mくらい。槍自体の全長は……そこまでは見れなかった。

 少しだけ悔やみながら、ユノアは恐竜ロボの放つ槍の考察を整理した。

 そして、恐竜ロボの攻略法を組み立てる。

 横方向へと跳ねるように駆け出し、ユノアは噴水のあった場所へと向かい、望遠のカードを回収した。

 走りながらイラストに触れ、台座とバインダーを出現させると、望遠のカードをバインダーに収納し、振動のカードを取り出して、台座に装填した。

 ブーメランの刃が振動し、殺傷力が増す。これが敵の装甲にどの程度影響するか分からないが、今ある最大威力を出すとすれば、この組み合わせがベストである。カードの手持ちが少ないので、他に選択肢がないというのが、実情であるのだが。

 細かい事は気にせず、ユノアは空に向けてブーメランを放った。

 明後日の方向に飛んでいくブーメランを、恐竜ロボが見上げる。無機質な機械の顔であるが、どこか訝しんでいる雰囲気があった。

 直後、恐竜ロボは気配を察知したように、ユノアへと注意を戻す。

 豪快なフォームで直進してくるユノアの姿に、数舜ほど圧倒された。

 そうして恐竜ロボが硬直している間に、ユノアはその足元に辿り着いた。

 槍による迎撃が展開されるが、これは回避に専念する。

 恐竜ロボも、槍による攻撃に集中しているようで、その場から動くことはなかった。

 ユノアの作戦通りだ。

 空気を切る音が近付いてくる。

 恐竜ロボは首を旋回させると、迫りくるブーメランをカメラに捉えた。

 ユノアが投げたブーメランが戻ってきたのだ。完全に気付くのが遅れた恐竜ロボの頭部に、振動するブーメランが直撃した。

 衝撃に恐竜ロボは怯み、その隙をユノアは見逃さない。

 右手を力強く握り、振動する拳で渾身のアッパーを振り上げ、腹部に当たる部位に叩きつけた。

「……堅い」

 手応えと共に拳に走る痛みから、ユノアは呻き声で感想を零す。 

 さすがはロボの装甲と言ったところだが、殴った所はわずかにへこみ、恐竜ロボも苦し気な音を発していた。

 反撃とばかりに槍が交錯し、ユノアは恐竜ロボの真下から退避する。

 そして、地面に突き刺さっていたブーメランを回収し、もう一度戻ってくる軌道を考えて投擲した。基本的に投げた先から単純なUターンを経て戻って来てくれるので、ユノアにも扱い易い。

 小さく息を吸い、スタートを切る。

 数秒で槍の射程圏内に侵入し、空間の揺らぎを視界に捉えた瞬間、不規則、つまり 考えなしのステップを踏んで、恐竜ロボを翻弄しながら接近する。 

 そうして、ユノアが自身を囮にしているうちに、ブーメランが戻ってきた。

 同じ手は通用しないとばかりに、恐竜ロボは迫りくるブーメランを槍で迎撃する。

 それも想定済み。ユノアは振動する左手で、恐竜ロボの右足を殴った。

 やっぱり痛い。殴るより蹴る方がマシか?と思った矢先で、恐竜ロボの脚部、その装甲の隙間の関節部分を見て、ユノアは衝動的に足を振り上げた。

「そこかぁ!」

 裂帛と共に、振動を伴った蹴りを、関節部に突き刺した。

 金属が擦れるような音と激しい火花が発生し、恐竜ロボが絶叫の如き轟音を上げた。

 これまでにない反応から、弱点の類なのだとユノアは歓喜しつつ、一度後退した。

 最初の一撃でダメージを与えられた様子だったから早とちりしたが、よくよく考えてみれば、見るからに堅そうな装甲より、可動する関節部の方が脆いのはよくある話だ。

 馬鹿正直に装甲を殴った事を後悔しつつ、ユノアはブーメランを拾って、自信に満ちた表情を浮かべる。

 勝ち筋は見えた。今度は多少のダメージ覚悟でゴリ押しすればイケる。

 そう考えて、次の機会を見定めようとする。

 だが、その余裕と浅慮がユノアの勝利を揺るがした。

 ユノアが複数枚のカードを持っているように、恐竜ロボにも手札はあったのだ。

 恐竜ロボの眼前に、ユノアと同じ台座が現れた。

「っ、アレって私と同じ!?」

 台座の存在に気付いたユノアは、慌てて望遠で見ようと考えたが、手元にはカードが無い。手持ちのカードは全て、台座とバインダーにあるのだ。

 そうしてユノアが隙を見せているうちに、恐竜ロボはカードの差し替えを完了させた。前足に相当するマニュピレータを使わず、念力みたいにカードに触れないまま差し替えていた。

 遠目でどんなカードかは見えなかったが、どうやら交換したカードは1枚であるとユノアは確認し、気を引き締めて身構える。

 そうする事で、ユノアは的となった。

 恐竜ロボの背部、ヒレみたいなパーツ部分の両側面に、どこからともなく新たなパーツが現れ、合体した。

 それは、前方に向けた発射装置と、上方に向けた垂直発射装置を備えたミサイルランチャーだ。

 前部の砲門が開放され、上部の蓋がバタバタと展開する。後部の排熱ユニットから熱気を吹かせて、白煙と共にミサイルが一斉射された。

 フィクションやゲームなどではよく見るが、いざ目の前で実演されると圧巻の一言だ。照準を向けられた身としては堪ったものではないのだけど。

 何となく、しみじみとした気持ちを抱いて、ユノアは全力でその場から退避する。

 思わず見入って反応が遅れた為に、着弾地点から広がる爆風に呑まれ、ユノアは熱気と圧力に襲われる。

 蹴とばされた石や空き缶みたいに、盛大に吹っ飛び、ゴロゴロと転がって地に倒れ伏す。

 身体の所々が痛むが、あまり気にならなかった。

 深い溜息を吐いて、ユノアは身体を起こし、憤慨した顔を上げた。

「そんなのアリか!」

 今更理不尽とは言わないけど、それでもその攻撃は滅茶苦茶が過ぎる。そんな風に思いながら、ユノアは立ち上がり、続けて発射されたミサイルから逃げる。

 弾速もかなりある上に、着弾した場所から広がる爆風の威力も生半可なものではない。

 撃ち放たれれば、ほぼ確実にダメージに繋がっている。

 それでも必死に逃げ続ける事で、ユノアは何とか持ち堪えている。

 そして、恐竜ロボの新たな武器を注視し、機を待った。使用しているのが実弾である以上、弾切れの瞬間があるはずだ、と。 

 想像通り、砲台からミサイルは止んだ。余韻のように煙を漏らす砲門は閉じられ、上部の蓋も閉じられた。

「今!」

 方向転換し、恐竜ロボを強襲する。ユノアは次の攻撃が来る前に、一気に決着をつけるつもりでいた。

 だが、間合いに入るよりずっと早く、恐竜ロボの抱えた砲台が再び息吹いた。

 各砲門が開放され、ミサイルの一斉射がぶっ放される。

 急ブレーキをしたが、遅い。避けきれないと判断したユノアは、ブーメランを投げてミサイルの迎撃を試みた。

 先に飛んできたミサイル群は見事にブーメランにより切断され、その場で爆発したが、後続のミサイルたちが爆炎を掻い潜り、ユノアに迫った。

 バックステップで逃げようとし、どうにか直撃は免れたが、爆発の衝撃を身体の前面に満遍なく浴びた。

 殴る蹴るといった喧嘩を鼻で嗤うような、重厚な暴力。

 硬化による防御力の向上を乗り越えて痛みが襲ってくる。

 気が付けば、また吹っ飛ばされた身体が建造物に叩きつけられ、その角の部分を砕いた。

 瓦礫と共に落下し、石の破片が背中に降りかかる。それと同時に、望遠のカードが虚空から飛び出し、少し離れた場所に落ちた。

 死ぬ。これはマジで死ぬ。

 心臓を激しく鳴らしながら、ユノアは危機的状況を認識し、衝動に駆られるように身体を起こした。

 驚くべき事に、身体はまだ動いてくれる。普通の人間だったら肉片になっていたであろう攻撃を受けても、自分はまだ生きている。荒々しい思考が巡り、ユノアは忌々し気な顔で恐竜ロボを睨んだ。

「リロードが早いのか、フェイントなのか。どっちにしても……」

 歯を食いしばり、節々の痛みに抗うように、ユノアは勇ましく立ち上がる。

「強すぎるでしょコイツ。初戦がボスレベルって……まあゲームやってたつもりも無いし、他がどうかも分かんないけど」

 吐き捨てるような態度。死にそうな状況に追い詰められていると自覚しているのに、ユノアは強気でいた。

 頭は逃げる事よりも、どうすれば敵である恐竜ロボを倒せるか、それしか考えていない。

 武器は手放してしまい、カードも入れ替えられない。そもそも手札が無い。

 弱点部位は把握しているが、接近するのは困難。

 ミサイルの弾数、リロードの時間も不明。そもそもリロードが必要なのかも分からない。

 劣勢を覆す手段。それは今すぐには用意できない。

「ああ、面白くない。こうなったら……」

 三度放たれるミサイルの一斉射。ユノアは横に駆け出し、爆風を背中に受けて加速し、広場から離れた。

 完全に戦線から離脱する動きだ。それを許さないのか、恐竜ロボも踏み出して、ユノアを追いかける。

 街道に入り、恐竜ロボは走りながらミサイルを放って、ユノアを攻撃する。

 背後から迫る脅威をユノアは建物の角に曲がる事で回避する。ミサイルの幾つかは建物に阻まれ、ユノアに効果的なダメージが届かなくなった。

 そうして、またしても追いかけっこが開幕する。

 今度は石造りの街を行き交う道筋で、ユノアは手が出せないのに対し、恐竜ロボはミサイルを打ち放題という、一方的な追いかけっこだ。

 ミサイルを避けながらだと、これ以上距離を離す事が出来ないため、ユノアは絶対に逃げ切る事が出来ない。

 にもかかわらず、ユノアは引き締まった表情で走り続ける。

 時折、強化された跳躍で建物を乗り越え、恐竜ロボとの間に壁を作るが、恐竜ロボはミサイルで邪魔になる建物を攻撃し、脆くなった石材をその強固な装甲で強引に突き破って、ユノアを追い続ける。

 爆炎と灰塵が連鎖的に吹き荒れ、破壊の痕跡が道を作っていく。その先を行くユノアは、ようやく目的の場所に辿り着き、一気に跳躍した。

 行きついた先は、聳え立つ時計台の真下だ。ユノアが最初に居た塔ほどではないが、それなりの高さを誇り、その質量も相当な大きさである。

 当然のようにミサイルが来ると、ユノアはどこか優雅な身のこなしでその場から離れ、時計台の陰へと逃げ込んだ。

 根本の部分が穿たれた事により、時計台は支えを失う。そうして不安定になった時計台に、跳躍したユノアが蹴りを叩き込む。

 狙うは恐竜ロボ、後ろから押す形で力を加えられた時計台は、そのまま恐竜ロボの方へと倒れる。

 このまま激突すれば、巨大な質量を伴った純粋な圧力で、恐竜ロボも無事では済まない。それは恐竜ロボからも遼然であり、的確な照準によるミサイルの一斉射で対応される。

 爆発の連打に、石造りの建造物は耐えきれず、砕け散った。大小の破片が爆風に押されて広範囲にバラ撒かれる。

 他愛ない、とでも言いたげな恐竜ロボ。

 強力な破壊兵器を有する相手に不意打ちを仕掛けるにしても、時計台と恐竜ロボの間には、対応するのに十分な余裕の持てる距離があったのだ。

 また囮による戦法を警戒し、恐竜ロボは時計台の後ろから降り立っていたユノアの姿を補足していた。

 当然ながら、ユノアは時計台を蹴り飛ばし、着地するまでは次の行動に移れない。

 時計台を囮にしていたとしても、恐竜ロボとの距離を詰める事は不可能だったのだ。

 だから、ユノアはこれから、恐竜ロボに接近する。

 カメラを絞る事により、赤く光る恐竜ロボの目が点になったように見え、驚いたような雰囲気を出す。

 その視線の先、佇むユノアの顔には、勝利を確信したような笑みが浮かんでいたのだ。

 跳躍し、ユノアは瓦礫が舞う空へと躍り出た。

 空中で無防備となったユノアに、恐竜ロボは容赦のない一斉射を放つ。しかし、今この瞬間、この状況において、ユノアは限定的だが自由を持っていた。

 ミサイルが届くより早く、ユノアは時計台だった大きな瓦礫に足を付ける。ユノアの体躯より圧倒的に巨大な瓦礫は、ユノアを支えるのに十分な重みを持ち、それを足場に、ユノアは更なる跳躍を決めて見せた。

 瓦礫から瓦礫へ縦横無尽に飛び移り、ユノアは恐竜ロボのミサイルを避けながら進む。

 時計台を形成していた瓦礫は、恐竜ロボに向けて降り注いでいる。倒れる塔を登るような経路で瓦礫を渡る事で、ユノアは自ずと恐竜ロボへ接近。もとい、落ちていく。

 焦ったように、恐竜ロボはミサイルを撃ちまくる。砲門がユノアを追うように向くので、自然と巨体が仰け反っていく。

 その姿勢は、ユノアが恐竜ロボの真上まで来た証だ。

 時計台の大きな文字盤まで辿り着き、それを最後の足場として、ユノアは渾身の力で跳躍。重力を味方にして、恐竜ロボの元へと高速で落下する。

 その速度にミサイルは追いつけず、幸運な事に、恐竜ロボの武器は弾切れになったようだ。

 無理やりに身体を捻り、ユノアは足からの見事な着地を決め、地面に亀裂が入った。足、すっごく痛い。

 恐竜ロボのすぐ目の前、至近距離まで辿り着いた事により、背部に付いた砲台ではユノアを狙い撃てない。

 恐竜ロボは、台座を出現させ、同時に赤い槍の描かれたカードも出現させる。

 考える暇はなかった。ユノアは現れたカードに手を伸ばし、奪い取った。

 槍のイラストに触り、台座を出現させる。

 空いている左手で一番手前の振動のカードを引き抜き、槍のカードを差した。

 大顎おおあごを開き、牙を備えた恐竜ロボの頭部が迫る。

 刺し穿つ音が廃墟に響き、それに続くように、落下した時計台の破片が派手な音を奏でた。

 やがて、舞い上がった塵が風に流される。

 そこには、肩で息をしながらも、強く佇むユノアと、関節部と砲台、そして大きな顎を真紅の槍によって刺し貫かれ、頭部のカメラから光が消えた恐竜ロボがいた。

「勝った……」

 疲れ切った声でユノアは呟く。

 僥倖ぎょうこうが重なったおかげで掴んだ勝利だ。本当なら、懐に飛び込んでから振動を伴った殴打をひたすら関節部に叩き込むしかなかったが、敵がカードの入れ替えを選んだ事で、より確実な勝利を物理的に掴み取る事が出来た。

 だが、油断は禁物だ。

 このまま噛み付かれても、致命傷には届かないだろうが、もう痛いのは御免である。とユノアは一歩、恐竜ロボから離れて、その大顎の射程からギリギリ抜け出る。

そして、めたような目で、敵を見据えた。

 咄嗟とっさに発動した槍のカード。それは、望んだ場所に槍を出現させるという効果のようだ。

 意味があるかどうか分からないが、ユノアは恐竜ロボに手をかざし、すでに槍で刺されて破損している砲台に意識を向けた。

 次の瞬間、左右の砲台に一本ずつ槍が伸ばされ、その砲門を完全に潰した。

「なるほどね。大体わかった」

 そう言うと、ユノアは引っ張るようなイメージを頭に浮かべ、それに呼応して槍も虚空の揺らぎに戻っていった。

 槍から解放された恐竜ロボがその場に崩れ落ちる。

 その様を睥睨へいげいしながら、ユノアは利き足である右足の足首を軽く回した。

「カードに頼り過ぎた感じね。まあ私も人の事は言えないけど」

 腰を落として、それらしい構えを取る。

 この世界の事とか、自分の状況とか、この恐竜ロボの正体とか、それら重要な事を完全に無視し、ただ湧き立つ怒りのままに、ユノアは逆襲する。

「うおりゃぁっ!」

 感情の籠った裂帛と共に、強烈な回し蹴りを恐竜ロボの頭部に繰り出す。

 サイズ差により、恐竜ロボは倒れたままズルズルと半回転しただけに終わった。

 それでもユノアは爽快感を抱き、気持ちよさそうに大きく息を吐く。

 バキンっ、と突然出現した槍の一撃で、恐竜ロボの右脚関節が穿たれ、身体と脚のパーツが完全に断裂した。

 なんとなく、見てない場所に槍が出せるかどうかだけ試してみた。

 視界の外でも攻撃できる事を確認すると、ユノアはもう一つの発見をした。

 蹴とばした事により恐竜ロボの位置が少しズレ、その下にあった2枚のカードの存在に気付いたのだ。

 ユノアは即座にカードを拾い上げ、その絵柄を確認する。

 一つは、周囲に炎が描かれ、その中心に燈色の人型の枠線が引かれていた。パッと見では効果が読み取れなかった。

 もう一つは、かなり特徴的だ。地上を表すであろう薄緑と薄茶色。水辺を表すであろう水色と濃い青色。ご丁寧に方位磁石も描かれている。

「これってどう見ても」

 逸る気持ちのままに、ユノアはカードのイラストに触れ、台座を出現させる。

 取り敢えずブーメランを抜き、空いた所に新しいカードを装填した。

 カードの効果が発動し、ユノアの手に大きな紙が出現する。

 両手で持ったそれを広げ、ユノアは感嘆の声を上げる。

「地図だぁ!」

 地図、マップ。その土地の地形を書き記した、冒険の必需品だ。

 状況の進展を大きく期待したユノアだったが、すぐに落胆へと引っ張られ、輝きだした表情が曇っていく。

 その地図に記されているのは、ユノアが現在いる廃墟を簡易的に描いた図だ。薄茶色の地に、灰色の角ばった模様。その中心部分に赤い矢印がポツリとあり、これが自分の現在位置なのだろうとユノアは察した。

 そして、廃墟の周囲に何があるのかというと、何も無い。正確には、何も記されていないのだ。まるで塗りつぶされたような漆黒が、廃墟を囲みこんでいた。

「これはつまり、まだ行ってない場所は反映されないってだけでいいんだよね?」

 答える声は無い。

 ワンチャン恐竜ロボが知ってるかも、と一瞥いちべつするが、機能停止のガラクタにしか見えず、ユノアは嘆息した。

「まあいいや。最初の敵を撃破、武器と地図をゲット。普通に前進してるでしょ」

 ふとそこで、ユノアは疑問を覚えた。

 槍のカードを奪えたのだから、あのミサイル兵器も奪えるのでは?

 そう思って、恐竜ロボの周囲を捜索する。

 しかし、カードは1枚も見当たらなかった。

「装備してたカードは死ぬと無くなるとか?地図ともう一枚はドロップアイテム?」

 ゲーム的思考だと思いつつ、それを裏付ける現象を思い出した。

「そういえば、私からもカードがドロップしてたんじゃ」

 大きなダメージを受けた時、バインダーに収納していたカードが飛び出した。

 そういうシステムなのだと仮定すると、ユノアは自分のビルドアップ、ジャンプ、硬化などの装備していたカードが落ちなかった事を考慮し、恐竜ロボが装備したミサイルのカードはドロップしないのだと納得した。

 同時に、落としたカードも回収しなければと、急ぎ足で広場へ向かう事にした。

 その前に恐竜ロボの状態を確認する。

 武器は壊され、片足はげて、口は貫かれてと、酷い有様だ。

 もう襲ってくる事はないだろうと、ユノアは放置を決定し、広場へと向かう。

 結構な距離を移動してきた為、少し時間がかかったが、無事に広場へと戻れた。落としてしまった望遠のカードと、ブーメランの本体も回収した。

「さてと。これからどうするか」

 言いながら、ユノアは地図を出現させ、両手で大きく広げた。

 すると、地図は張り出されるように浮かび、巨大化した。

 こうなるなんて知らないし、そんなつもりも無かったユノアは目を丸くするが、そういうものなのだろうと無理やり納得し、顎に手を当てて、地図を眺めながら思案する。

「この黒いのが未到達部分だとして、進んでいけば地図も広がるよね」

 一分も掛からなかった。

 その判断が地図の正確な仕様であるとも分からないのだが、試してみない事には始まらない。

 前向きな気分で踏み出し、ユノアは進み出した。

「本当にもう……何がどうなってんの?」

 最初の敵を倒して、無意識に進展を感じていたユノアだったが、明確な答えを得られた訳ではないと残念な顔をする。

 この先どうするべきか。考えても分からないし、誰も教えてくれない。

 そろそろ天の声が、救いの手ならぬ救いの声を恵んでくれてもいいと思うのだが、そんな声は全く聞こえない。

 廃墟に吹く風の音だけが、どこか不気味にユノアの道行きを応援しているようだった。

 それはそれでちょっとカッコいいと感じるので、ユノアとしては好ましい雰囲気だった。

 自分の気持ちに則り、好き勝手やろうと、ユノアは心を躍らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る