基盤
良い夢を見た後の目覚めは勿体ない気がする。
そんな事を想いながら、
手入れが面倒と思いつつもせっかくだからと伸ばしている日本人らしい質素な黒髪に、張りの良い健康的な肌をした相貌。そこまでならばルックスのレベルは非常に高いのだが、生来の目つきの悪さが可愛らしさに厳つさを加えてしまっている。
制服を着て、アニメキャラのマスコットやストラップを付けたカバンを担いで家を出る。
ブレザーのポケットに突っ込んだラノベを読み始めると、気が付けば既に馴染みきった高等学校の校舎に辿り着く。
教室にて自分の席に着くと、流れるような動きで手持ちの装備を本からスマホに切り替えて、各種ソシャゲのスタミナを消費していく。
クラスメイトから朝の挨拶が投げられる。
おはよう。
愛想も抑揚もないが、顔はちゃんと合わせて返事をした。
デイリー報酬の受け取りまでを済ませ、スマホを置くと、ユノアは使命感からの解放に息を吐き、同時に机に常備してあるノートを取り出した。
表紙に肖像権フリーと記されたノートを開くと、十数ページにかけて、ラフなイラストが描かれている。どれもが女の子であり、可愛らしい子や凛々しい子、妙に怒ったような子などが描かれている。
ページをめくり、白紙のページまで辿り着く。
ユノアは真っ新なページの下に版権絵の下敷きを入れると、事務的な雰囲気の目をして、教室を見渡した。談笑したり、課題に勤しむクラスメイト達を次々と観察し、あるグループに目を止めた。
女子3人で構成され、各々が少しばかり派手な制服の着こなしをしているグループだ。その中の一人、ツインテールの女子に目を付ける。
あどけない顔つきだが、集中力の籠る視線がどこか計算高い印象を持たせている、ユノアのお気に入りの一人。
不意に目が合い、視線がぶつかるがユノアは気にせず、もう数秒だけツインテール女子を凝視すると、視線をノートに落とし、シャーペンを走らせた。
手早い動きで線が交錯し、ツインテールの輪郭が浮き出てくる。
そこへ、モデルにされたツインテールが不満そうな声を掛けてくる。
また勝手に自分の事を描かれている事にご立腹のようだ。だが、ユノアは以前に許可を得ていると回答する。
その場限りの話しとは言っていなかったから、と涼しい顔で補足して、描写を続ける。
当然ツインテールは文句を付けるが、ユノアも創作意欲を掻き立てる綺麗なルックスが悪いと言い返し、ツインテールは不貞腐れながらも機嫌良さそうに去っていった。
余計に可愛く感じ、ユノアは少しイラっとした。
けれどもノートには可愛いツインテールのイラストが着々と描き上がっていく。自身の感性には抗えなかったのだ、仕方がない。
やがて、続々とクラスメイト達が登校し、教室の中は更に
人によってはひどい雑音の中だが、ユノアは黙々とペンを走らせる。まるでユノアだけが周囲から隔絶されたような状態にも見える。
ユノアは一言で言えばオタクだ。
それもオタクである事を隠さず、むしろ必要以上に
あまりにも趣味に真っ直ぐ過ぎる姿勢は、自然と心の闇の深さを醸し出し、カジュアルに漫画やアニメ、ゲームを好む者からはもちろん、日常的に二次元コンテンツを
コミュ障というワケでもないので、当たり障りのない振る舞いで敵は作らない。だが、ツインテールに関しては少し特別であり、他にも好みの容姿を持つ人間に対しては、
どちらかと言えば悪目立ちしがちだが、あまり角は立たない。しかし好かれる事も無い。
とはいえ、世の中には物好きというか、ちょっとした縁で関係を続ける人間もいる。
会えば自然と明るい挨拶を交わし、他愛ない会話を楽しむ。そんな親友がユノアにもいたのだ。
基本的にユノアの趣味の話を押し付ける事が殆どだが、親友はいつも笑ってユノアの話を聞いてくれる。
きっと特別な間柄という意識はお互いに抱いていない。けれども、心の底から幸福を感じる。
始業まで残り僅かな時間。騒がしさが鳴りを潜め始めた頃に、廊下の方から慌ただしい足音が響く。
勢いよく開け放たれた扉から、結髪したショートヘアの女子生徒が突入する。
それだけで嵐のような雰囲気の少女だ。どちらかと言えば陰気なユノアとは対照的である。
疲労感の滲んだ笑みが、真っ先にユノアに向けられた。
特に何かを案じていた訳でもないのに、妙な安心感を抱き、ユノアは微笑み返す。
有体に言う日常。
多分だが、そういう時間に限って、人は特別な事とは思わない。
ユノアにとってもそうだ。
だがこれが、二人にとって大切な世界の出来事であるのは、間違いなかった。
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