一般聖女の御伽噺

譚織 蚕

おとぎ話

 むかーしむかし、あるところに1人の公爵令嬢がいました。

 彼女は誠実で、とても優しく、そして正直。

 しかし、ひとつだけ秘密を持っていました。


 それは、国を豊かにする能力を持つ聖女であるということ。

 国や領民のことを強く想う彼女は、一生懸命に能力を使います。

 神からのお告があると直ぐに屋敷の角にある一部屋に籠りました。

 聖女誕生の地として神気を帯びたそこで祈ることで、彼女は能力を使って日照りに苦しむ農村や洪水に喘ぐ辺境の町々を救っていたのです。


「我らが民を救いたまえ。雨の神、水の神、土の神よ。我らにご慈悲を与えたまえ」


 しかし、この能力にはひとつだけ、デメリットが存在していました。

 それは、人に言ってしまうと能力は失われてしまうというもの。

 神によって付けられていたこの制限によって、彼女は両親にも、妹にもそして婚約者である王太子にも時折部屋に籠る内向的で病弱な少女と思われていたのです。


「きゃっ、やめてアンナ!」

「うるっさい! あんたが今回も領地に帰らないって言うからでしょ!?」

「そ、それはおいのr…… いや、なんでもないわ」

「ちっ、そんなんだから王太子様に嫌われちゃうのよ! はんっ、未来の国母が聞いて呆れるわ!」


 特に彼女への当たりが酷いのが妹のアンナでした。彼女は姉である聖女に向かって怒鳴ったり、蹴ったり殴ったりすることもしばしば。


 痛いのを我慢して、それでも国の為にお祈りをやめなかった彼女ですが……


 ついに事件が起きてしまいました。


「クリス! お前との婚約を破棄する!!」

「ふふっ、あんたはもう終わりよ。修道院にぶちこんでやるわ!」


 あるパーティの日、遂に彼女は公衆の面前で王太子に婚約破棄を申し込まれてしまったのです。

 しかも王太子には、常日頃からドメスティックな暴力が尽きない妹が頬を染めながらくっついていました。


 あぁ、今更ながら令嬢は"クリスチア"といい、親しい物にはクリスと呼ばれておりました。


「王太子様、どうしてそんな…… 」

「お前は病弱で、気弱で、箱入りで、そして醜女だ。そんなお前に王妃として何ができる!? 国の税金を使いこみ、家で贅沢をしっぱなしだとアンナから聞いた!」


 王太子がこんな事を仕出かした原因はすぐに分かりました。王妃の座が欲しいアンナが卑劣な情報操作をしていたのです。

 そして加えて……


「醜女なんて…… 離れた貴方様の心を取り戻そうと、美容にも人一倍力を入れていたのに……」


 王太子の好みが大いに含まれていました。


 決してクリスが醜女という訳ではありませんが、清楚系のクリスよりちょっと軽め容姿をしたなアンナの方が王太子には可愛く見えたのです。


「私にはすべき事があったのです! 国の為に……」

「なんだ? 領民に顔を見せ、彼らを労るアンナよりお前が民に何かを成したか? ほら、言ってみろ!」

「そ、それは……」


 クリスは必死に抗弁しますが、何をしていたか言ってしまえば能力は失われてしまいます。そうすれば彼女はもう民を救えません。

 心優しい彼女はその選択をとることが出来ませんでした。


「所詮家と家の結婚。妹でも血筋は同じだ」

「そうですよ、お姉様。それなら私の方がいい、ってね」


 確かに王太子の言っていることは間違いではありません。アンナとクリスの家は一緒ですし、クリスは表面上確かにただのニートです。

 だから彼女は……


「分かりました。私は修道院に入ります」


 引く決断をしました。

 民の為には、仕方ありません。


「分かってくれたか!」

「ふふっ、王太子様…… 式はいつにしましょう?」

「そうだな…… 再来月はどうだろう?」


 話が終わったとばかりに惚気ける王太子達によって、パーティの直後にクリスは修道院にぶち込まれました。


 国内では王太子の横暴を批判する声もいくらかは上がりましたが、元々まだ婚約者だった令嬢のことには興味が薄く、新しい婚約者が国民人気の高いアンナだというでその声も徐々に沈静化。


 クリスはほぼ全ての人に忘れ去られ、辺境の石の塔に軟禁されてしまいました。


「あぁ、神よ…… 私が何かしましたか?」


 元はと言えば神が他言無用の制約を課したことが原因です。

 誰にも感謝されず、それどころか地位も立場も自由すら奪われたクリスは、神を恨みました。


 まぁそれも当たり前のこと。聖女とは言えクリスだって1人の人間なんですから。


 彼女は一晩恨みました。眠れないほど恨みました。

 しかし、次の日神は当たり前のようにお告げをだしてきました。


『王都に難あり』

「あぁそうですか。そーですか!!」


 最初は神の言うことなんか聞く気はありませんでした。しかし、神の言うことを聞かなければ、民が苦しみます。


「神よ、王都の難を取り除き給え」


 彼女の能力は、聖女の願いにより、神が地上での権能の使用権を得るというもの。


 彼女は神に不信感を抱きつつも、祈りを続けます。

 すると、いつもなら3日はかかる祈りが一瞬で終わりました。修道院という神域が、彼女に力を貸し与えたのです。


「……なんだったのでしょう?」


 そうと知らないクリスは、何が起こったのかさっぱりです。

 そもそも王都の難とはなんぞや? といった所。


 しかし、能力は確実に発動していました。


 それから1ヶ月後。

 王都からの早馬がクリスの住む塔へと届きました。


「えっ!?」


 そして伝えられたのは、王太子が廃嫡されたという衝撃の言葉でした。


「どうしてですか!?」


 クリスには不思議でなりませんでした。自分の1件以外は彼は完璧で、地位も磐石だったから。

 もしや王都の危機でなにかが!?

 捨てられたにも関わらず、クリスは王太子の身を案じました。

 しかし、使者が続けて発したのはおかしな事を言葉。


「王太子様は…… 呪われました」

「えっ?」

「貴女様を追放してから5日後。突如王太子とアンナ様にだけ、嵐が訪れたのです。彼らの頭の上には常に雨雲が乗り、休む間もなく雨が降って……」


 眠れなくなった彼らは、今も不眠に苦しんでいるそう。

 クリスは驚きました。そして聡明な彼女は気付いたのです。

 王都の難とは彼らで、この呪いは私が祈った結果なのだと。


 クリスは神に感謝を捧げつつ、王太子と妹を苛んだことを後悔しました。

 優しい彼女は、自分のせいで人が傷つくことを良しとしなかったのです。たとえそれが自分を裏切った人達でも。


「クリス様、大丈夫ですか!?」

「い、いえ。お構いなく……」

「でも顔色が……」


 クリスはクラっと来て、倒れそうになってしまいます。

 そして支えてくれた使者に掴まって塔の一室に戻った彼女は、すぐに再び祈りを捧げました。


 それから数日後、王太子とアンナにかけられた呪いは突如解除されました。

 しかし、彼らの堕ちた地位は戻ることなく、辺境に名ばかりの伯爵夫妻として飛ばされ、そこで彼らは20歳の若さで謎の死を遂げました。


 国は一連の出来事はクリスになにか原因があると睨み、彼女を王都に呼び戻そうとしましたが彼女は神域である石の塔を離れませんでした。


 それからずっとクリスは塔で祈り続けます。

 次第に民達に祈りの聖女と呼ばれ始めた彼女は、死ぬ間際まで民に愛され127歳での大往生を遂げました。


 秘密の聖女はいつしか真の聖女となったのです。

 そして生前の功績が称えられ、彼女はいまでは神の末席に列せられています。



 めでたしめでたし。



 パタンと本が閉じられる。


「ママーこれどういうこと? 」


「いいことをして神の言いつけを守る人には必ず幸せが訪れ、人を貶めるような悪者には必ず報いが与えられるってことよ。さぁティア、いい子は早く寝なさい? クリスの大嵐が来るわよー!」


「ひゃっ! ママ、ティアたいちょーは夢の中の探検に向かいます!」


「はいはい。いってらっしゃい。私の可愛い聖女様」


 幼子に軽く口ずけをして、クリスは部屋を出る。


「なぁ、この話どこまでが本当なんだい?」


「ふふっ」


 聖女は笑う。書いてもいいのだ。言ってないから。


「倒れそうな私をあなたが支えてくれたってところまでかしら?」


「ははっ、覚えてくれてて恐縮だよ」


「忘れる訳ないじゃない!」


 小さな塔に、聖女と、使者と愛しい少女と3人暮らし。

 今日も彼女は神に祈る。世界がずっと幸せでありますようにと。


 彼女は祈る。家族に、愛しいティアに祝福を。



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