第22話 炎上




「……マジか。いや……結果的には……」


 理子が珍しく戸惑った表情でこっちを見る。

 ほんの少しの間、手が宙を泳いでいた。やがてTVのリモコンを掴むと、朝のニュース番組を幾つか回した。


「ところで所長は元気?」

「……ん?」

「坂本所長でしょあんたの上司。連絡とってる?」

「急に何……社員一斉送信でたまにメッセージ送ってくるけど」

「見せて。ああ、やっぱいい。ざっくりどんな内容かだけ教えて?」

「それくらいなら。ええとね。来月の行事とか、変更連絡とか。臨時の休みが多い中、ミスのないよう頑張りましょう。とか」

「ふぅん。それって他の社員さんの反応は無いの?」

「ほとんど報告だけだから……社員だけのやり取りは別にあるし」

「愚痴とか軽い相談?」

「正解。私は気の利いたフォローも打てないけど」

「最近でいつもと違うって感じたことある?」

「ん‥…特には。当欠当日欠席が多いなってくらい」

「所長の業務って大変そうね」

「休日出勤よりも、残業代出ないのが萎えるらしいよ」

「……所長は違うな。推定でシロってだけだが」


 しろ? 違う? 何が?

 理子に聞こうとしたが、もう用件は済んだ、と言うようにTVを見つめている。いつも携帯を見ながら食べるスタイルなのに。自分も同じく妹の真似をしてみる。父がいたなら二人とも怒られただろうな。

 映像が何度か切り替わる。不意に倉田さんの家がTVに映った。頭が理解に追い付かず、最初はニュースキャスターが何を言っているのか分からなかった。


『――の倉田カスミさんが軽いやけど。倉田直弘さんが離れの中で見つかり、意識不明の重体。自宅に火をつけた疑いがあるため、警察は出火原因の検証を急ぐとともに意識が戻り次第――』


 離れが……黒コゲになっている。

 放火? 旦那さんが? 見間違いじゃない。

 なんでそんなことするの!? 

 昨日招かれて、話を聞いたばかりだぞ。どうして……


「落ち着け」

「でも、カスミさん達が……」

「思っていることは分かるし無理もないけどさ。今から言うことをよく理解した上で答えて。もしかしたら疑問以外にも、色んなことが解消されるかも知れないわ」

「……」

「あんたの身に実際起こっている呪いのようなモノ。その条件を一度でも考えてみた?」

「どうしてそうなったか、ってこと? えっと……」

「頭の中を引っ掻き回すな。で、深くは考えてなかったでしょう?」

「う、うん」

「カスミさんの旦那さんと、あんた。共通事項が二つある。それは数日前……倉田さんの死体と、彼女の絵を見たってことだ。そこから記憶が飛んだりおかしな奇行は始まっているの。自覚があるかは知らないけど」

「確かにあの時の帰り道から、変だったかも……」

「さっき話に出した坂本って所長……現場に居合わせているのに、メールとかやり取りは普通。出勤して仕事もしているし休んだりしてない。以上から呪われた人と接触しただけじゃ何も起きない。これはあくまで推測だし外れてる可能性はある。でも最後まで聞いて」


 理子はそこから俯き携帯に視線を落とす。

 指で画面をスライドさせて……文章を目で追いながら口を開いた。


「仮に死体を見るのが呪いのトリガーだとしたら、坂本所長がまともでいられるはずがないのよ。彼女がすべての元凶って可能性も低い。幸運にも被害を逃れた一般人ってとこね」

「じゃあ絵を見ると……って理子、それだと」

「正直に言うと、昨日の帰り道や家での記憶に穴がある。あんたと同じ症状、身に染みて実感したわ。あの絵を見るのが条件で……どうしたの? 顔が真っ青よ。もう絵は燃え尽きてる。

「なら、理子は大丈夫なんだよね!?」

「安心して。呪いの媒体である絵は消滅した。あたしたちみたいに誰かがあの絵を見ることはない。あくまで推測だけど、カスミさんの旦那さんは自分の異変と向き合って、どこかの段階で絵が怪しいんじゃないかって思った可能性がある。それで絵を燃やしてしまおうと考えたのかも」

「だから、離れごと火をつけたの……?」

「さあ。あるいは正気を失っていく過程で、辛うじて残っていた意思がそうさせたのかもね。もう絵がない以上、こっちからわざわざ検証しなくても済んだし。それでさ。重要なのはこれから……あたしたちの受けた呪いは、本当に消えたかどうかってことだけど」


 思わず声を上げそうになった。

 私たちの異常の原因が消えたんだから、呪いも無くなったはず……! 朝方に続いた無意識状態は……絵が燃えていく過程で起きたんだ。そうに決まってる。


「し、心配しすぎてない? 大丈夫よきっと」

「そう都合よく願うのは勝手よ。これから先のことは分からないけど……倉田さんと岡崎。二人は呪い殺された。カスミさん夫妻も火傷を負った。悔やむのはやるだけやってからだ。あたしは神さまになんか頼らない」

「でもどうするの? お互いに記憶が飛ぶかを見張る?」

「ビクついて待つのは好みじゃない。……ねえ。さっきのニュース。事前に気付けたのも、今まで話したことも。実は協力してた人がいたからなの。あんたが何か厄介事を抱えているサインを出していた時から、情報を精査してその人に相談してた。あたしは送られてくる非科学的な助言を参考程度に流して来たけど……調

「ほ、本当に……?」

「魔術や呪いの類いを信じるならね。解決に少しでも向かうならオカルトでも何でも、あたしは試したい。で? やるの? やんないの?」


 目の前に携帯が突き出される。

 そこにはびっしりと文章が書かれていた。幽霊。呪い。魂。怨み。それらの概念を言語化したもの。理子の説明はだいぶ抜粋して簡潔にしてくれたから理解できたらしい。私には非現実的な単語が頭をぐるぐる回り……よく分からなかった。

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