第15話 花は散る(一)

「さくらちゃん、元気ないね」

「え?」


 ホームルームが終わったあと、カナちゃんの声で顔を上げた。


「あ……もしかして、アレナの検査結果、あんまり、よくなかった、とか……?」

「う、ううん、全然!」

「だよね~。もしそうだったら、施設行きだもんね」

「あはは……」


 学校では、年に一回、アレナの定期検査がある。今日はその日だった。この検査に引っかかったら、施設に送られて、アレナの損失を遅らせるための厳しい指導を受けることになる、らしい。ちょっと怖いけど、でも、必要なことだから、そういう仕組みになっているんだと思う。


「それで、どうしたの? 何か、悩みごと?」

「うん……」


 あれから、闇の組織の子に言われたことを、ずっと考えていた。疑問を持たないこと。今の仕組みを無批判に受け入れることが、悪だということを。


「あ……」


 さっき、わたしは何を思った? アレナが不足していると判定されたら、強制的に送致されるのは仕方のないことだと思い込んでいた。それが常識だと思っていた。こういうことが、いけないのかも知れない。こんな簡単に人の自由を奪っていいのだろうかと、疑問に思わないといけないのかも知れない……。


「あ?」

「悪っていったい、なんだろうって」

「……? 哲学の話?」

「え? あ、そ、そうそう。ちょっと予習してて、気になって」

「あ~、さくらちゃん、哲学の先生から目付けられてるもんね」

「あはは……」


 そうだった……。


「悪って言ったら……うーん……。あ、ほら、マンガやアニメとかで、悪役っているじゃない? そういうののことかな。黒い服を着てて、血も涙もなくて、支配を企むようなやつら」

「うん……やっぱり、そうだよね」

「っていうか、それ以外になくない?」

「だ、だよね」


 自分が悪に成り得るだなんて、そんなこと、普通思わないよね……。

 一通り談笑したあと、帰り支度を整えて校門を出た。カナちゃんと別れて、ひとり通学路をさかのぼっていく。商店街を通っても、信号を待っていても、かどでぶつかりそうになっても、。そう、それは普通のこと。

 歩道橋の上に立った。

 夕暮れの中、ただ花だけが見事に咲いている。静海は昔から花にゆかりがあった土地だった。そのことを、歴史の授業で勉強した。そういう下地があったから、近年になって、静海では花で想いを伝えることが多くなったらしい。だから、花の栽培が盛んになって、こういう街になったんだ。ロマンチックな話、だよね?


「……」


 そう、なんだよね?


「――っ」


 この感覚……!


「さくらちゃん!」

「フヨウ!」


 どこからともなく、フヨウが現れた。


「魔物が出るノシ。魔法少女の出番ノシ!」

「……」

「さくらちゃん?」

「ん、うん……」



(――そう。たとえばね。魔物とは、本当に悪い存在なのか、とかね)



「どうしたノシ?」


 そんなの、悪い存在に決まってる。不幸をばらまく存在なんだから。それに、わたしだけじゃない。たくさんの魔法少女のみんなも戦ってる。だから、倒すべき存在なんだ。うん、間違いない。


「ううん! なんでもない。行こう!」


 迷いを振り切って、歩道橋から飛び立った。

 わたしは、正しいことをしている。そのはずだ。だから、何も心配することなんて、ない。なにも……。なんにも……。

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