異端の魔女は花を咲かせる

白横町ねる

静海編

第1話 プロローグ

 二十二時。日本、静海しずみ


 暗い太平洋から逃れるように、黄や橙の灯りが、まばらに息づいている。その灯りの上では、星の見えなくなった現代の夜空が広がっていた。目を凝らしたところで、その先に何を見つけることも出来はしない。

 しかし――これは、見間違い、なのだろうか?

 広大な暗闇のキャンバスの上。桜色の小さな輝きが、行き惑うように光の筋をえがいていた。

 まるで、蛍のような、儚い光だった。そのあとを、同じく紫色の輝きが、弧を描いて追っていく。追いついては離れ、追いついては離れ。なにか、交尾のような、甘い戯れを想起させた。いや――待って欲しい。本当にそうなのだろうか? 紫色の輝きから放たれる、怪しげな五条の光。それは、まるで桜色の輝きを喰い千切ろうとしているかのように見えた。


「どうして!? どうしてこんなことするの!? わたしたち、おんなじ魔法少女なんだよ!?」


 高めの位置で結ばれた、栗色の短いツインテールが風にあおられている。桜色の主は、あろうことか、人間の少女だったのである。

 一幕の攻防を終え、二つの光は距離を置いて向かい合った。


「あなた――」


 ねっとりとした声が聞こえる。

 対する紫色の主もまた、人間の少女のようであった。しかし、異様な黒ずくめの格好からは、その正体は分からない。桜の少女は、手にした杖を、ぎゅっと握った。


「――疑問に思ったことは、ある? 魔法少女とは何なのか。魔物がどうして存在するのか。それから――


 それは、戦いの最中さなかにしては、あまりに突拍子のない問いであった。であるから、相対あいたいする少女もまた、戸惑うような声を発することしかできなかったのだ。


「え……? な、なんの、こと?」

「思ったこと、ないんでしょう?」


 間が、あった。それはつまり、肯定の証に他ならない。


「ぜんぶ思い込みで片付ける。言われたことを鵜呑みにする。世の中のことは、なんにも疑問に思わない。それはね――」

「それ、は……?」


 少女は、恐る恐る続きを促した。

 しかし、それは過ちだったのだ。

 なにせ、これは自分とは対極の存在。に属する者の言葉なのだから。

 なんにしろ、戦いの趨勢すうせいは、次の一言で決まった。


「――あく、と言うのよ」

「え」


 桜の少女は撃ち抜かれた。

 あとには、ただ、元の暗闇だけが残った。

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