最終話 そして。
――気づくと、僕と胡桃はさっきまでいた校舎内の下駄箱の前に立っていた。
このいつもの見慣れた校舎の光景も今では違ったものに見えてしまう。
いや、もうここはいつもの場所ではないのだ。ここは、胡桃と出会った特別な場所となってしまったのだから。
「不思議でしょう?」
胡桃はそんな僕の気持ちを見通しているかのように問いかけた。
「もはや、貴方にとってここは今までの世界ではない。貴方はもう一つの世界を覗いてしまったのだから」
「もう、変えられないのか?あの世界にはもう変わることはないのか?」
僕は思わず、初めに胡桃に注意されたことを尋ねてしまった。どうしてもその気持ちを抑えることができなかったのだ。
「残念ながら」
胡桃は事務的な口調で答えた。そうだ、そう言われることはわかっていた。
そして胡桃は、諭すように、慰めるように話し始める。
「でも、これでわかったでしょう?世界や未来は、何がきっかけで大きく変わるかわからないんすよ。未来はすでに決められている、なんて言います。ですが、この先に何が起こるかわからない以上、未来なんて決まっていないものと同じなんす」
僕は少しの間、沈黙してから答える。
「そうだね、そうかもしれない」
後悔、先に立たずとはよく言ったものだ。今の僕には目の前の今日を、この先の明日を生きるしかない。
悔いのないように生きることは難しいけれど、それでも前に向かって転がるように生きる。それがロックンロールだ、なんてふざけてみる。
「後悔、してますか?」
胡桃が気を遣う様に尋ねる。
「少し、ね」
それでも僕は強がって、微笑んで答えてみせた。
「僕たち、また会えるかな?」
「さてねえ。神のみぞ知る、ですなあ」
胡桃はとぼけた調子でそう言うと、コートの内ポケットをごそごそと漁り、さきほど使ったライターを取り出した。
どうやらこれがお別れの合図のようだ。
「では、あっしはもう行きます」
「また、会いに来てよ」
僕がそう言うと、胡桃は少し照れるように頭をぽりぽりと掻いた。
「そうっすねえ。何せあっしは貴方のファーストキスの相手っすもんねえ」
「なっ・・・」
僕が言い返すよりも早く、胡桃は手をひらひらとさせて僕の動きを制した。
そして、人差し指を自分の口にあてながら、僕に向かって思わせぶりにこう言った。
「では、最後に貴方へ尋ねましょう」
そして胡桃はいたずらっぽく、にやりと微笑む。
「――貴方はこのあと、右足から歩きますか?左足から歩きますか」
終わり
ファンタジア 秋野 柊 @shun0923
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