クラリス&クラーラ ~最果てに咲く、百合の花~

哀餓え男

第1章 到着! オオヤシマって変な国!

第1話 犯したい/犯されたい

 雪のように白い砂浜。

 波の音を聴きながら、二人の少女が目の前の惨状に言葉を失っています。

 そのうちの一人、修道女のような恰好をした、銀髪を肩くらいまで伸ばした少女の名はクラーラ。

 ベースとなっているのは紺色の修道服ですが、その胸部には分厚そうな金属製の胸当て。両腕、両脚に堅牢そうなガントレットとグリーブ。右手には、見ただけで当たると痛いと思える、とげ付きの鉄球が付いた身の丈ほどもある杖……モーニングスターを持っています。

 おっと、申し遅れました。

 私はしがない語り部の一人。

 名を……シーラとでもしておきましょう。


 「ねえ、クラリス。どうしてこんな事になったのか、聞いてもよろしいかしら」


 そのクラーラが、逃げ惑う人々を目で追っていたもう一人の少女、クラリスに問いました。

 彼女は長い金髪を三つ編みにして左肩から垂らし、この世界の国の一つ、チュウカに伝わる妖怪、キョンシーに似た服装をしています。

 ただし袖がなく、両方の脇から裾の先まで大きなスリットが入ったキョンシーの衣装……と言うよりは、キョンシーの衣装っぽい柄が描かれた布を、腰に巻いた赤い帯で締めているだけのスケベキョンシーでございます。

 スリットの隙間からはも下着がチラチラと見え、顔以外の全てを隠しているクラーラとは対を成しているとさえ思える露出っぷりです。 

 そして両腕、両足には、防御ではなく攻撃用と思われるくらい刺々しいガントレットとサバトンが、禍々しい鈍色にぶいろの光を放っています。

 二人に共通するのは、紅い宝石をあしらったチョーカーくらいでございます。


 「あたしに聞かれても困る」

 「いやいや、あなたが、「潮の流れに乗ってりゃあ、何処かに着くわよ」なんて言いながら実行した、大雑把すぎる計画のせいでは?」

 「そうだったっけ?」


 責めるかのようなジト目で見られても、耳の穴をほじって明後日の方を向いたクラリスの様子を見るに、反省は微塵もしてないないようです。

 ですがこの状況、クラリスのせいだとは一概いちがいには言えません。

 彼女たちが乗っていた船が、『リュウキュウ』と呼ばれる国を出るなり難破したのがかれこれ一週間前。

 彼女たちは、潮に流されるまま、『アワジ』と呼ばれているこの島に流れ着いたのでございます。

 ですがタイミングが最悪でございました。

 その最たる理由は……。


「ねえクラーラ。アレって、ドラゴンだよね?」

「わたくしどもが知っている竜種とは形状が異なりますが、そうだと思われます」


 彼女たちが漂着した漁村は、およそ5mほどの大きさのドラゴンに襲われている真っ最中だったのでございます。

 しかもそのドラゴンは、頭部の形状こそ似ているものの、彼女たちが良く知る翼の生えたトカゲみたいな形状ではなく、蛇のように長い胴体にオマケのような手足が生えた形でございました。


「西と東で、ずいぶんと形が違うんだね」

「そのようですね。で、どうします? 助けますか?」

「いやいや、形は違ってもドラゴンだよ? しかもあたし、クラーラが満足にご飯を食べさせてくれなかったから空腹で……」

「いくらドラゴンでも、吐いているブレスの威力や体の大きさを見るに、かなり下位だと思われます。贔屓目に見ても中位くらいですから大丈夫です。それと、あなたが満足するまで食べさせたら、初日で食料が尽きていましたよ」


 余談ですが、クラリスは無駄に食べます。それはもう、胃袋の中に異次元に通じる穴でも空いているのでは? と、言いたくなるほどの量を平気で平らげてしまいます。

 クラーラからすれば、あれだけ食べてあのスタイルを維持しているのがうらやましいようでございます。


「じゃあ、やるの?」

「やります。お礼に食料を分けていただけるかもしれませんし、明らかに異国から来たとわかる恰好をしたわたくしたちにも、フレンドリーに接してくださるかもしれませんから」

「相変わらず、クラーラは腹黒いなぁ。そこはシスターらしく、困っている人たちは無償で助ける。の、精神でやれないの?」

「あいにくとわたくし、そういう高尚こうしょうな精神は持ち合わせていませんので」

「そんな服着てるのに? 神父さん、泣いちゃうよ?」

「別にかまいません」


 そう口では言っても、クラーラは孤児だった自分に名前と衣食住を与え、最低限の教育をほどこし、あまつさえ、王国最高峰の魔術学院へ通わせてくれた神父に感謝しています。

 ただ、彼の信仰にまで染まっていないだけなのでございす。

 彼女が信仰しているのは、今も昔も彼女かのじょだけ。

 気高く、美しく、慈愛に満ち溢れ、死して聖女として崇められるようになった、彼女だけなのでございます。


「では、いつも通りにいきますよ」

「そりゃあ良いけど……」

「良いならほら、お行きなさい。あなたは脳筋なのですから、殴る蹴るしかできないでしょう?」

「言い方、酷くない?」

「酷くありません。ほら、ドラゴンがわたくしたちに狙いを変えたようですよ」

「ドラゴンのうろこは堅いから、あんまり殴りたくないんだけど……なっ!」


 文句を言いつつも次の瞬間には、クラリスはドラゴンの左頬を殴り飛ばしていました。

 ですが、クラーラはもう少し静かに移動してほしかったようでございます。

 彼女が魔力を込めて蹴った砂浜が爆発し、砂を頭から被る羽目になってしまったクラーラが、無言でクラリスを睨んでいます。


「クラーラ! 足場が欲しい!」

「了解しました。砂よ、拘束しなさい。『砂鎖拘束魔術サンドチェイン』!」


 それでもクラーラはクラリスの要望通り、砂を鎖状に成形して相手を拘束する砂鎖拘束の魔術でドラゴンを拘束するついでに、足場として何本も空中に張り巡らせました。

 ですが、少々作りすぎてしまったようです。

 

 「ちょっ……! 魔力持っていきすぎ! ただでさえお腹が空いてるんだから、そんなに遠慮なく使わないでよ!」

 「あなたの魔力総量を考えれば、微々たるものでしょう?」

 「んなことない! ゴッソリ持っていかれた!」


 相手が大きいのですから、それを拘束する砂の鎖も大きくなる。ゆえに、使う魔力量も多くなるのは当然でございます。

 ですが、先ほどクラーラが言ったように、クラリスの魔力総量を考えれば微々たるものなのも確か。

 彼女たちが育ったブリタニカ王国の魔術師が持つ魔力を全て足してもまだ届かないと言われた、クラリスの魔力総量から考えれば正に砂粒程度の量なのでございます。


「うわぁ……。やっぱり堅いなぁ」


 と、言いながらも、クラリスはドラゴンの鱗を拳と蹴りだけで易々やすやすと貫き続けています。

 ですが、いくら鍛えていると言ってもクラリスは女。

 男性ですら、鍛えた程度でドラゴンの鱗を砕くことも、音すら置き去りにする速度で移動もできません。

 それができるのは、彼女が出鱈目でたらめな量の魔力を持っているから。

 ですが通常、魔力とは魔法を行使するための燃料でしかありません。

 術式に魔力を通すことによって初めて、魔力は魔術へと姿を変えて世界に影響を与えるのでございます。

 なので、脳内で術式を構築し、燃料として供給する才能が全くないクラリスにとって、規格外の魔力は宝の持ち腐れでした。

 

「魔法が駄目なら、物理でぶん殴る……でしたっけ」


 クラーラが思わずもらしたそれが、クラリスが安直すぎる短絡思考たんらくしこうの果てにたどり着いた、無駄に多い魔力の使用法の一つ。

 クラリスは体内からあふれ出る、無限とも言える量の魔力を体にまとって黄金の鎧とし、必要に応じて拳や足に纏わせる魔力量を増やすことで、純粋な力そのものである魔力をドラゴンの鱗すら砕く武器としたのでございます。

 ただ、クラーラはそれを、高度な技術だと思っていません。

 魔力こそないものの、全ての魔術、魔法を扱える才を持つクラーラからすれば、クラリスがやっているのは魔力を体外へ放出しているだけ。

 体に魔力を纏っているように見えるのも、体全体から放出する魔力が多いから。

 そう、とらえているのでございます。

 クラーラからすれば、クラリスがやっていることは訓練すれば誰でもできること。

 自身が持つ魔力を感知することができない人でも、無意識にやっているほどごく有触れた人間の基本性能を、訓練で強化しただけなのです。

 それでも、自身が『黄金聖女ゴールデン・クラリス』と名付けたあの闘法を見た時は、さしものクラーラも開いた口が塞がりませんでした。

 その理由は先ほども言いましたが、魔力とは力そのものではありますが、燃料でしかありません。

 例えば、火を起こすための薪で殴っても威力が知れているように、魔力も魔術、魔法へと変えなければ大した威力はないのでございます。

 ですが、魔力を纏わせたクラリスの拳はドラゴンの鱗を難なく砕き、その蹴りは大地すら割ります。

 それもこれも、全ては魔力量が多いから。

 要は、クラリスがやっているのは魔力を使ったゴリ押しなのでございます。

 魔力は魔術、魔法に変えてるかうモノという常識が染みついているクラーラからすれば、クラリスの行為は正に出鱈目だったのございます。


「げっ……! クラーラ! なんかいっぱい来た! コイツの仲間がいっぱい来た!」 

「あら、本当ですね。ざっと数えて……20匹ほどですか」


 クラリスにボコられて瀕死ひんしの仲間を助けに来たのか、同種と思われるドラゴンが海から鎌首かまくびを突き出して彼女たちをにらんでいます。

 さすがに、あの数のドラゴンに一斉にブレスでも吐かれたら、彼女たちたち諸共もろともに、あのあたりは更地になってしまうでしょう。


「数なんかどうでも良いよ! あたしじゃあどうにもなんないから、クラーラが何とかして!」

「他力本願はよろしくありませんね。ですが、わたくしがやるしかなさそうなのも事実」


 クラリスにはああ言いましたが、他力本願なのはクラーラも同じ。

 彼女はクラリスとは違い、術式が組めます。

 彼女たちが育ったブリタニカ王国を始め、周辺諸国がが禁忌きんきとし、欲している、魔法と区分されている術式もいくつか習得しています。

 ですが、クラーラには魔術を発動できるだけの魔力がありませんでした。

 賢者すらひれ伏すと言われた技術と知識を持ちながら、彼女にはそれを行使こうしするための魔力がなかったのでございます。

 クラリスという名の、歩く魔力タンクを手に入れるまでは。


「ではクラリス、手を」

「はいはい……っと。ねえクラーラ、わざわざ手をつなぐってことは、首輪で吸えないほど大量に魔力を使うってことだよね?」

「その通りです。相手はドラゴン、しかも、あんなに数がいますから」


 通常の初級、中級、上級の三段階に区分されている、所謂いわゆる、現代魔術と呼ばれているモノならば、クラーラとクラリスが首に巻いている魔道具、奴隷商人が常用している『搾取の首輪』で吸える程度の魔力で十分。

 ですが、あの数のドラゴンをほふるのに現代魔術では威力不足。

 クラーラは、そう判断したのでございます。

 故にそれ以上の、魔法と区分されているほどの威力が必要ですから、彼女はしかたなくクラリス手を繋いで、直接魔力を送ってもらうつもりなのでございます。


その町は悪徳の町。That town is a town of vice.不徳の町。a town of immorality頽廃の町。 Decadence Town故に、我は滅しましょう。Therefore, I will destroy it.永遠の炎によるEternal while receiving刑罰を受けながら、 the punishment by the flame,見せしめとなりなさいBe a show.……」

「ね、ねえ、クラーラ。魔力がとんでもなく抜けていってるんだけど、もしかしてそれ、神話級?」


 クラーラは答えませんでしたが、その答えはYES。

 現代魔術が三つに分けられているように、古代魔法も神話級と伝説級の二つに分けられています。

 神話級とうたわれるだけあって、本来なら詠唱えいしょうも、クラーラの保護者である神父がいつも後生大事に持ち歩く聖書の一節並に長いのですが、彼女は天才ゆえに、はるかに短い詠唱で発動が可能。

 これは、そんな神話級魔法の一つ。

 かつて、有史以前に存在していたとされる町を滅ぼした神の炎。その名も……。


「『広域殲滅魔法ソドム』!」


 クラーラが発動のトリガーである魔法名を言い終えると同時に、ドラゴンの群れの上空に巨大な魔方陣が描かれ、そこから飛び出すように現れた無数の火球が、ドラゴンの群れを海ごと焼き尽くしました。

 その様を眺めるクラーラの浮かべる表情は恍惚に歪み、本人にその気はないのでしょうが、両腕で大きな胸を持ち上げるように、体を抱きしめています。

 何度見ても、神話級魔法による破壊は素晴らしい。

 そう、彼女は思っているのでしょう。

 ですが同時に、自分の力だけでこの光景を作り出せないのが残念でしかたがないとも思っているようです。

 それに対してクラリスは、「あわわわわ……」と訳のわからないうわ言を言いながら、空を見上げています。


「クラーラのアホ! 海の上であんな魔法使ったら、津波が起きちゃうでしょうが……! って、高っ! さっきのドラゴンの5倍くらい高い津波が来てる!」

「あら、本当ですね」

 

 クラーラはあっけらかんと答え、慌てることも、恐れることもしていません。

 何故なら彼女は、あの威力の魔法を海へ向けて放てばこうなると承知し……。


「あ、あれ? もう一つ大きい津波が起きて、クラーラが起こした津波を相殺そうさい……した?」 

「神話級魔法、『広域水流操作魔法ウトナピシュテム』。ソドムと同時に構築していた魔法です」


 ちゃんと、対応策を講じていたのでございます。

 クラーラににかかれば、神話級魔法を口頭で詠唱しつつ、違う同規模の魔法の術式を同時に組み、発動することも容易。

 まあそれも、クラリスが持つ魔力があってこそ、なのですが。


「さて、それでは住民を捕まえて、まずは腹ごしらえといたしましょう」

「言葉、通じないのに?」

「言葉は通じなくとも、伝心魔術でどうにかなります。それにクラリスは、あの方からオオヤシマ語を習っていたでしょう?」

「習ったんじゃなくて、無理矢理教えられたの! って言うかやめてよ。アイツのことなんて、思い出すだけで不愉快なんだから!」

「そうでしたね」


 そうは言っても、その彼からの情報を信じて、彼女たちはここまで来たのです。

 例え怪しくても、いまだに半信半疑でも、わざかな可能性に賭けて、二人は育った国から見れば正に最果ての、この『オオヤシマ』まで。


「オオヤシマの男には性転換したがる奴が一定数いるから、その手の魔法や薬が存在しててもおかしくないって、アイツは言ってたけど本当かなぁ」

「転生者にはオオヤシマ人が多いから、死者を転生させるなり蘇らせるなりする方法の手がかりがあるかもしれない。と、言う情報も怪しさ大爆発ですよね。ですが、火のない所に煙は立たないと申します。手がかりが全くないよりは、マシだと思うことにいたしましょう?」

「そうだね。あたしたちの目的のために」

「ええ、あなたがお姉さまと呼びしたい、わたくしが聖女様と呼び崇拝すうはいするあの方を蘇らせるために」


 そこまでは、二人の目的は共通しています。

 ですが、そこから先が少し違います。

 クラーラは聖女を蘇らせ、性転換させて男にしたい。

 クラリスは、自分が男になりたい。

 そして……。


「ああ、早くお姉さまを……犯したい」

「ああ、早く聖女様に……犯されたい」


 そんな歪みまくった劣情を叶えるために、二人は極東の地まで来たのございます。

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