第32話
夕食から二時間くらい経っただろうか。小腹が空いてしまったのでコンビニへ出掛けた。もう少し遅かったら補導されてしまうだろう。本当はリビングで食べれるのを探そうとしたんだけど、帰ってきてたパパとママの営みの声が聞こえてきた。
あの二人、まだ現役かよ。親の生々しい性行為を目撃したわけじゃないけど、関連せざるをえない。二人にはあくまで親であってほしい。なのにそんな声を、しかも俺が普段使用してるリビングから聞こえたらパパとママも男と女なんだって意識して、もやもやする。
家にもいたくなくなったし、外に出て少し時間を潰したい。漫画を何冊か立ち読みしたあと、手早くパンと飲み物をチョイスする。
ちょっと遠回りしてみるか。このまままっすぐ帰ってもパパとママはまだやってるかもしれないし。そのせいで鉢合わせするかもしれないし。
・・・・・・・・・。よし、そうしよう。
くるりと踵を返して、反対方向へ。普段俺は夜遅くまで外にいたりしない。でも、実はちょっと憧れていた。いけないことだって理解はできているけど。学生が夜外にいるっていう。味わえない非日常感は想像するだけでワクワクする。
それに、昼間は人通りが多くて賑わっている街が、ポツポツと点在している建物と比例して静けさを漂わせているから、どことなく違う世界に来てしまったようだ。
そんな風に夜空を見上げていたり、寒さに身を震わせていたら道路工事をしている箇所に通りかかった。休憩中なのだろうか。何人かは脇に座りこんで食事をしている。
ん?
見覚えのある人が、というか妙に周りから浮いている女の子。嫌な予感がして、つい立ち止まってしまった。そのせいで女の子とばっちり目が合った。
「あ、青井君」
「やぁ、委員長」
回り道しなければよかった。まっすぐ家に帰っていれば。
時既に遅し。
「こんな時間までバイト?」
「ええ。そう・・・・・・・・です」
変にもじもじしだした委員長は、ハッ! として。そして照れたように顔が赤くなっていく。小さく身を捩りながら視線を俯かせた。
「このバイト、時給がいいの。深夜だと高くなるし」
「へぇ。でも女の子には大変じゃないの? それに未成年て深夜まで働けないんじゃ」
「・・・・・・」
あ、しまった。己の至らなさを悔いても遅い。委員長はあえて辛い肉体作業を許されない深夜までやろうとしている事情を知っているのに。
二人とも、無言になって気まずくなってしまったじゃないか。
「その、あんまり見ないで」
「え?」
「私、作業着着だけど汚れてるし。汗もかいてるし」
なんとか打破しようとしていたのを、委員長は勘違いをしちゃったみたいだ。元・魔王とはいえそこは年頃の女の子なんだろうか。意味はわからないけど恥ずかしがっている。
「似合ってるじゃない」
「・・・・・・・・・デリカシーって言葉知ってます?」
選択肢を間違えたんだろうか。
「青井君こそ、どうしてここに?」
「ああ。俺ちょっとコンビニいってたんだよ。ほら」
証として袋の中身を晒してみる。眺めていると、どこからかぐうぅぅぅ~~~、とお腹の音が。俺が空腹を誘発してしまったみたいで、そして委員長は恥ずかしくなって。
「もしよかったら一緒に食べる? 買いすぎちゃったかな~って後悔してるんだ」
「・・・・・・」
動こうとしない委員長より先んじて、近くの段差に座りこむ。委員長は自販機で飲み物を買ってき、俺に渡してくる。律儀な子だな。この律儀さが魔王時代にあったら、と苦笑いしながら二人で食べ始める。
つい流れで誘っちゃったけど、でも今は女神フローラもいないし。普通のクラスメイトとして接せられるかな。
「あ、これおいしいです」
「でしょ? 俺このパン好きなんだよ」
「普段はパンの耳なら食べてますけどパン自体食べられませんから」
「あ~~。あれ砂糖まぶして揚げると美味しいよね~~」
「いえ。油も砂糖ももったいないので。マヨネーズだけです」
「あ、あ~~。そうなんだ」
地雷がそこかしこに埋まってるけど。
「毎日こういうバイトしてるの?」
「ええ。けっこう多いんですよ。道路工事だけじゃなくて土木工事とか交通整理とか。あとライブの会場設営とか舞台の準備の手伝いとか。臨時ですけど、登録してるサイト経由ですから、突発的に通達されることも多いですけど」
「まじか。大変だなぁ」
「普段はコンビニとファミレスと喫茶店が主ですけど」
「多いね」
「ええ。でも、それでもまかないもらえますから」
どうしよう。元・魔王だってのに今のこの子の境遇に同情してしまう。
「でも、私バイト減らそうとおもってるんです」
「そうなの? どうして?」
「やりたいことが変ったんで」
「やりたいことって?」
「もっと学校の友達と過ごす時間を持ちたいんです」
なにも言えなくなってしまう。明るく、どこか切なげで。
「私、昔から一人だったんです。学校でだけじゃなくて。家でも」
「うん・・・・・・」
「一人で生きてきて。それに夢中で」
「うん・・・・・・」
「でも、説明できないけど。許せないことがあって。忘れられないことがあって」
「うん・・・・・・」
「だからお金を貯めてたんです。やりたいことのために」
「うん」
俺は、なんて心得違いをしていたんだろう。この子は元・魔王じゃない。昔の俺なんだ。
「最初は、気分転換のつもりでした。青井君と皆と一緒に遊ぶ時間は。同情されてるのかって内心怒ったりして。でも、すごく楽しくて」
昔の、まだ勇者ジンとして異世界に戻ろうとして、この世界に適応できなかった昔の俺と一緒なんだ。
「もっともっと、こんな楽しい時間、皆と一緒にいたいっておもったんです」
元・魔王・・・・・・いや、委員長が答えを出すのに、どれだけ葛藤したんだろう。どれだけ悩んだろう。俺を憎んでいて、俺より辛い人生を送ってきた。なのに、
今まさに元・魔王はこの世界で人間として生きることを受け入れたのと同義だ。
「う、」
「青井君!? なんで泣くんですか!?」
俺は、なんて浅はかだったんだろう。最初からこの子を元・魔王だって断じて距離をとっていた。だけど、もう過去の因縁や女神フローラ、ありとあらゆる原因なんて消し去ってこの子とこそ仲良くしたいっておもったんだ。
俺はあかりと出会えた。けど、委員長はそんな存在と出会えなかった。
俺は青春や学校生活を楽しめていた。けど、委員長は楽しむ余裕なんてなかった。
なんて皮肉だろう。もしかしたら、ちょっとした些細なことで俺と委員長は逆になっていたかもしれない。
かつての俺と同じ子。もしかしたらこうなっていた子。そんな子が今の俺みたいにこの世界に適応しようとしている。だったら俺が否定しちゃだめだ。俺こそ肯定して助けないと嘘だ。
それこそ、この世界に来てからのすべてが無駄だったってことになる。
「委員長・・・・・・委員長・・・・・・」
「青井君は優しい人ですね。誰かのために泣けるんですから」
ばっきゃろう。これは誰かのためじゃねぇやい。自分の情けなさゆえにじゃい。
「お~い、神田川! そろそろ休憩終わるぞ!」
「あ、じゃあ私はこれで」
「うん・・・・・・。委員長。また明日・・・・・・」
はにかんだかんじで委員長が控えめに笑った。それだけで例えようのない罪悪感。う、やばい。また涙が。もう魔王とか勇者とか関係ない。明日から優しくしよう。
「おい、危ない!」
「え?」
工事に使っていた重機が倒れそうになっていた。他の人達は急いで離れているけど、逆に近づいていった委員長は皆と気づくタイミングが遅れていた。
不安定なバランスを保ってぐらぐらと揺れていたけど、重力に逆らえなかったのか。そのまま倒れはじめた。
まだなにがおころうとしているかわからない横顔のまま、頭上を見上げたままで。
「委員長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
走りだした。間に合うかどうかじゃない。咄嗟に駈けだしたけど、委員長の元に辿りつきそうになったときは、もう避けられない位置にまで重機が迫っている。
だめだ間に合わない!
「おい、大丈夫か!?」
「え、え?」
けたたましい衝撃音のせいで、耳の奥が痛い。土煙で濛々としている。体のあちらこちらが擦り傷のせいでズキズキと痛んでいる。
けど、腕の中にいる委員長の無事なことだけははっきりとしている。
「え、青井君? なにが?」
次第に周囲の喧噪とざわめきが聞こえて、俺達の側にぐしゃぐしゃになった重機の残骸。それをたしかめてもまだ心臓がバクバクしている。間一髪だったことに安心するより、もしも間に合わなかったらってゾッとするこわさが勝る。
「重機が倒れたんだ」
勿論、委員長を抱きかかえて咄嗟に横に飛んだからじゃない。聖剣を使った。聖剣で直撃する箇所を斬って、そのすぐあと脱出できたんだ。
いや、脱出しながら斬ったんだっけ?
まぁどっちでもいい。それにしても、よく聖剣使えたよ。斬る訓練なんてしたことなかったし。最近は忌むべき象徴でしかないし。
けど、今は喜ぶべきだ。
「おい、大丈夫か!」
「怪我してないか!?」
「おい神田川! 立てるか!?」
腕の中で今更ながら恐怖で震えている同級生を守れたんだから。
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