第21話

 「え? ちょっと、勇者ジン? どこへ?」


 家とは真反対へと歩きだした俺を追いかけるフローラは無視する。あてどなく歩いて、手頃な目的地を物色。うん、ここがいいなとそのまま適当なビルを探して、なんとか屋上へとやってきた。


 高さのせいか、妙に風が強い。眺めは人が蟻みたいに小さくて、地面までの距離がおそろしく見える。


 ごくりと、死を意識する光景に唾を飲んで手すりを飛び越える。


「ちょ、ちょっと勇者ジン? なにをするつもりなのですか?」


 俺の思惑とこれからすることが不明なのか。それともある程度予想できているのか。困惑しているフローラにわざと笑顔をむける。


「うん、ちょっと死のうかなって」

「え!? ちょ!?」


 これは、賭けだ。失敗すれば本当に命を落とす。


 フローラの発言と態度から察するに、俺の転生はフローラの手によるものじゃない。意図せず偶発的におこってしまったことだと。だとすれば、女神が俺を見つけるのにこんなに時間がかかるはずがない。


 つまり、次俺が死ねばもう転生する可能性はない。そうすれば聖剣は失われる。再び勇者にふさわしい存在を待つしかない。


「ごめんなさい、女神様。俺ちょっと疲れちゃいました」

「なにを言っているのですか? 冗談はやめなさい。いい加減怒りますよ?」


 フローラはやっぱり本気と受け取ってない。俺に死ぬ気がないって。こうすれば自分が引き下がるって考えを読んでいる。だから、俺は敢えて携帯電話をまず投げ捨てた。うう、中身のデータ大丈夫かな。


 次いで靴を脱いで、ブレザーを脱いできちんと畳む。そうしてから前に一歩進む。つま先どころか足が半分以上出てしまっている。後ろ手で手すりを掴んでいるものの、突風でも吹けば真っ逆さまだと状況。


「勇者ジン。なにをしているのですか?」

「ごめんなさい。フローラ様」


 昔の俺を意識しての喋り方とあえての様付け。功を奏したのか、まさか本気かって色がありありと浮かんでいる怪訝そうなフローラ。


「そりゃあフローラ様にも皆にも、わがままを言ってるなぁって自覚していますよ? でもね? 戦いしかなかった俺が、やっと幸せを手に入れられたんです」


 泣きながらの笑顔。悲しげな笑顔に、フローラは息を呑んだ。もちろん俺は演技だけど。


「う……。初めてだったんです……。戦い以外の生き方が……ウェ、ウェ……。こ、こんなにも。嬉しくて。こ、こっちの世界に来てからも驚いてばっかりでぇぇ……一人で心細くて……。なんとか異世界に戻る方法を探して……。僕、辛かったんです……。ウウウ」


 ちょっとやりすぎかな。けど、これくらい過剰すぎる演技のほうが追い詰められてる感がだせるんじゃないか?


「初めてだったんです……たった一人の幼馴染の存在に、家族に救われたのって……」

「ジン………」


 フローラは今信じているか? 信じさせられるか? 


「ジン。あなたがそこまで―――」

「でもぉ!! もうこのままじゃ僕のせいで女神様に迷惑かけるしぃい!!」


 会話する間なんて与えない。ここで俺が死んでしまえば、勇者を失う。そうすれば、異世界を救う手立てはなくなる。フローラ自らそう信じ込ませ、俺を諦めさせる計画だ。


「もう勇者としても生きられないしぃ! でも、青井レオンとしても生きていたら……フローラ様にも元の世界にも迷惑かけるだけだしぃ! だったらもう死ぬしかないじゃないですきゃあ!!」


 まずい。最後嚙んじゃった。恥ずかしがるな。このまま押し通すんだ俺。


「勇者ジン。まさかあなたがそこまで……」


 口を手で押さえて、慟哭をはじめる。よし、計画通り。


「だからぁ! いっそのこと死んで楽になりたいんでしゅ! 死なせてください! それで新しい勇者を探してください!」

「ま、待ちなさい! わかりました!」


 飛び降りそうになった俺を寸ででフローラががっしりとホールド。そのままずるずると引きずられていく。女の子の体だからか、手すりの内側に戻すのにも一苦労。最終的には二人ともグロッキー状態で息も絶え絶え。


 あ~~~。こわかった。勇者だったときは何度も死を覚悟していたけど、やっぱり現代は違うわ。


「まさか勇者ジンがそこまで追い詰められていただなんて。これは少し考えなければなりませんね」


 考えるな。ただ諦めろ。そして帰れ。


「でも、聖剣も勇者もやっぱり必要ですし。それに本人の同意もなければ私の力では」


 まだ足りないか。


「うわああああああああああああああああああ!! ごめんなさいフローラ様あああああ!!」

「ちょっと! やめなさい! また飛び降りようとしないで!」

「だってフローラ様にも迷惑かけたままだしいいい! このままだと俺が寿命で死ぬまで変な期待をフローラ様に持たせることになるしいいいいい!!」


 また飛び降りようとする俺を必死に引き留めるフローラの図となった。


「わ、わかりました…………。本当に死なせるわけにはいきません。私も少し女神として横暴すぎたかもしれません」


 少しじゃねんだわ。


「あなたの代わり――ごほん。冷静に考えて、問題を解決手段は一つではありませんね。別の方法を模索してもよいかもしれません。あなたがまた転生するか保証も――ごほんごほん。急を要しすぎました」


 ところどころ本音が見え隠れしてやがる。


「少し私自身も時間をかけましょう。あなたを探していた年数に比べれば造作もありません」


 もっと早くその結論に辿りついてろや。けど、まだこいつは諦められていないのか。まぁ今はここいらで充分だろう。


「けれど、これだけは覚えていてください。転生していたのはあなただけではないかもしれませんよ」


 ? どういう意味だ?


「勇者であるあなたが転生しているのですから。他の誰かもこちらの世界に転生している可能性もあるということです。それでは、また」


 ふっと目を閉じた瞬間全身から力が抜けていく。ぐったりと倒れたあかりの体の隣で、最後の言葉の意味を考えてみる。


「あるわけねぇだろ」


 んなあほなって感想しかない。フローラ曰く、世界も時代も数ある中で、俺は偶発的にこの世界の今の時代に転生した。なのに、俺と同じ異世界人が、この世界の、この時代に転生できる確率なんて計算するだけバカバカしい。


 とにかく、当初の目的とはずれたけど、女神フローラはしばらくあかりの中から出てこないはず。その間に対策を練らないと。

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