第16話

 午前中最後の授業は、体力測定だった。本来は体育の授業だけど、まだ最初だし、皆きゃっきゃうふふして授業というより、お遊び感覚。俺はというと、完全にインドア派な趣味が多くてスポーツも運動も好きじゃないから気分が浮かない。


 同級生達と談笑しながらも、あかりを視線で追ってしまう。髪の毛を軽くまとめて体操着に着替えている姿は、つい最近まで中学生とはおもえないほど大人びてみえて、ドキッとする。女友達とお互いの結果を報告しあって悔しがっている顔も、笑いあってふざけている笑顔も今の俺にはかけがえのないものばかり。


 そして、決意を新たにする。


「次、青井。早くやれ」

「あ、はい」


 先生に促されて、立ち幅跳びに慌てて挑戦する。運動は得意じゃなくても、やるからには全力で。


「ほっ!!」


 想定していた着地点を、大幅に越えているのを空中で確認する。というか俺こんなに飛べたっけ? 中学生の最後に測ったときなんて半分もいかなかったのに。


 あれ? と跳んでいる途中の刹那的時間、違和感を覚えた。着地してマット特有のポフ、という柔らかさじゃなくてダン! という重々しく派手な床の音、感触。


 いつまでも後ろを振り返れない。だって、既にわかってるんだもん。


 俺がマットを越えるほど跳躍してしまったことが。


 自分でもなにがなんだか把握できない。しーん、という音が聞こえてきそうな周囲の沈黙も相まって、なにかリアクションをとるのがこわい。


「「「「す、すげぇ青井!」」」」


 わぁ! と花が咲いたように俺の近くにいて見物していた男子生徒達が騒ぎだした。


「お前陸上でもやってたのか!?」

「い、いや? まぐれだヨ?」

「どうやったらそんな跳べるんだよ!」

「食う寝る遊ぶゲームするって生活をずっとやっていたら誰でもできるヨ?」


 予想外の食いつき具合と、目立ってしまったという気恥ずかしさ。本来俺はこんな風な一斉に注目を浴びるキャラじゃない。本来の自分には不釣り合いで想定外の事態に引き攣った愛想笑いとダラダラな冷や汗がとめられない。


 しかも、これだけじゃない。走り幅跳びに握力測定と反復横跳び。長座体前屈。シャトルラン。ハンドボール投げとあらゆる測定でとんでもない記録を出してしまう。


 なんなんだ。今の俺になにがおきてるんだ。


「ねぇねぇあかり! 青井ってあんたと同じ学校だったんでしょ!?」

「昔からあんなかんじだったわけ!?」


 囃したてられて煽てられている間、俺から離れたグループがあかりの元へ。あかりも対処に困っている様子で、謎の罪悪感が芽生える。


 あかりと、目が合った。一瞬むぅ、としたかんじで膨れっ面になったかとおもうとすぐに顔を背けてしまう。


 え? なんでそんな反応? おもわず一歩足を踏み出す。


「ぐ、ぎゃああああああああ!!??」


 途端に、全身余すところなく激痛が走る。筋肉、骨、神経。ほぼすべての箇所が痛くて立っていられずに倒れる。筋肉痛なんて生易しいものじゃない。どこか少しでも動かそうものなら鋭い痛みが必ずどこかで生じる。


「お、おいどうした!?」


 次第にざわめきが大きくなって同級生達が俺を囲んでしまう。


「心臓発作で倒れたじいさんみたいになってんぞ!? 青井!」

「やべぇ! 顔紫色になってる!」

「メディック! メディック――――――――!!」

「おい、大丈夫か!? 貧血か!? どこか痛めたのか?! 保健室連れてくぞ!」


 体育の先生に背負われ、急速に離れていく体育館、同級生達。そんな最中、俺ははっきりと見た。普段なら絶対にそんな顔しないであろうあかりの、どこか既視感ある慈愛に満ちた顔。


 女神だ。あいつがまた入れ替わってなにかやりやがったんだ。あのやろう。


 内心毒づきながら歯軋りをする。

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