第17話

 筋肉痛。疲労骨折なりかけ。急激な体力の消耗と無茶な運動による酸欠状態。保健室に運びこまれて診断された結果、フルコンボの症状だった。つまり、体力測定で自分の身の丈以上の動きをしたせいで反動がもろに出た。


 先生は呆れていた。張り切るのはいいが無茶をするな、と。このまま授業に戻るのは無理なので、特別に保健室で寝させてもらえることになった。


「失礼しま~~~す」


 聞き覚えのある声に、ビク! と怯える。カーテンが開いて、大荷物のあかりが入ってきた。


「なによ。人の顔見るなりげんなりしちゃって」 


 こいつは、今はあかりだ。けどいつ女神になるか。なんの目的か知らんけど、俺がこんな状態になっているのは絶対に女神がなにかしやがったからだ。警戒するのは当然。


「ほら、着替えの制服。それとお弁当」

「お、おう」


 ありがたいことに、俺がどうしようか悩んでいたことを代わりにやってくれたことに感動する。


「じゃあ私戻るから」

「あ、待った!」


 咄嗟に呼びとめた。なによ、と咎めるような厳しい視線に怯んでしまう。


 このままあかりをここにいさせたら、それだけリスクが増える。女神による被害。女神を諦めさせるまでは距離をとっていたほうがいい。わかっている。それでも、解決したあとあかりと仲直りできる保証はない。


 このままずっと話もできない関係で終わってしまう。それが嫌だった。


「なに? 私ともちゃん達待たせてるんだけど」

「ちょ、ちょっと・・・・・・・・・・・・・・」


 やべぇ。なにも考えてなかった。


 はぁ、と呆れた溜息とともに、椅子に腰掛ける。それであかりはすぐに戻るつもりがないって安心したけど沈黙が続いて気まずい時間が続く。


「ともちゃんて、いつも話してる子か?」


 話題がそれしかおもいつかなかった。情けない。


「そうだけど」

「俺はなんとなく席の近いやつらと話すようになったけど、きっかけとかあったのか?」

「なんで?」

「そりゃあ気になるだろ。女子と男子でなんか仲良くなったきっかけの違いとか。あと幼なじみなんだし」

「別に。普通よ普通。使ってる化粧品とか手鏡とかネイルとか。それきっかけで話しだした~~。みたいな」

「へぇ~~。そうか・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 話題終了。


「あんたさぁ。あれ本当に事故だったわけ?」


 ぎくりと。想定外にあかりからあのときのことを振ってくるとは。


 俺があかりに夜這いをかけたことの事情を説明していたけど、かなり強引に押し通したからあかりもすぐに信じてくれなかった。けど、あかりが前後のことを覚えていないこと。自分で俺の家に入って部屋にきたことから寝ぼけてしまっていて、倒れたあかりをそのまま押し倒した形になったという主張は、我ながら苦し紛れだと自覚している。


「悲しい事件だったね」

「事件じゃなくて事故でしょ。ねぇ、本当になにもなかったの?」


 あかりは疑っているのか。下手をすれば女神に乗っ取られていることと、俺が勇者だったこともバレてしまう。


「なにかって、なにが?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっちなこととか」


 そっち? とおもわずずっこけそうになった。いや、寝てる体勢だけど。


「するわけねぇだろ」

「ふぅ~~ん。そう」


 納得したのかしていないのか。なんだか疑わしいって目つきでそれでいて不満そう。


「じゃあ逆に俺がなんかしてたらどうしてたんだよ」

「変態」


 なんで?


「とにかく、ナニモナカッタヨ」

「じゃあなんで部屋中大変だったのよ」

「モヨウガエシヨウトシテタンダヨ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ううううう~~~~~ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。信じる」


 かなり悩んだんだろう。眉間に皺を寄せて体ごと頭を傾けて熟考の姿を少ししていた。


「レオンってさ。無理やりそういうことしないもんね。ある意味純粋っていうかガキっていうか。女子にっていうか私に毛ほども興味ないんでしょ」

「っ」

「あ――――――! でもなんか久しぶりね。すっきりしたわ。久しぶりに、ゲームでもする? ちょうど新作発売されたでしょ。家に帰ってから――――」

「違ぇよ?」

「ん? なにがよ」

「毛ほども興味ないなんてこと、ねぇよ?」


 大事な幼なじみってだけじゃない。小さい頃から一緒で、喧嘩もしたし笑いあった。ドキッとするときもあった。あかりは俺にとって世界で唯一大切な女の子だ。


 あかりに助けられた。あかりのおかげで俺は青井レオンであることを受け入れられた。青井レオンになってからも、側にいてくれたからこの世界が楽しくなった。あかりがいなかったら俺は今頃どうなっていたか。


 そんな女の子に毛ほども興味ないなんて、あるわけがない。


「え、ちょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ちょっとマジになってんのよ! 冗談だってば冗談~~! あっはっは! あははは!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「あははは・・・・・・・・・・・・・・・」

「あかり。言わなきゃいけないことがある」

「へ?」


 もう我慢できない。もう全部伝えよう。


「は!? ちょ、こんなときになに!? は!?」

「こんなときだからだ」

「いや、もうちょっとムードとか・・・・・・・・・・・・・とにかくダメだから!」

「逃げんな!」


 痛みで軋む体に鞭打って、あかりの手首を掴む。強引に連れ戻して、そのままベッドに座らせて肩をがっしりと押さえる。


「ちょ、ちょっとレオン。ダメだって。保健室の先生が――――」

「安心しろ。あの人今寝てるから」

「余計だめじゃん! いろいろな意味で!」


 俺の処置を終えてすぐ、机に突っ伏しはじめたからな。あの人。


「え、ちょ。まさかこのまま? ここで? え? いや、ある意味私がやり直す意味なくなるけど、でも――――」

「あかり。聞いてくれ」

「ひゃいっ」


 あかりの目が潤んでいる。頬は上気していて、そわそわと落ち着くがない。俺はこんなあかりに、一世一代の告白をしなきゃいけない。


「俺はお前にずっと隠していたことがある」


 そう。俺がかつて勇者だったこと。異世界から転生してきたこと。そしてあかりが今女神に乗っ取られていること。すべてを余さずあかりに告白するんだ。


 今後のあかりのためにも。なにより俺達のためにも。


「いいかあかり。俺はお前が――――」


 緊張しながら、あかりをまっすぐに見つめる。


「おやめなさい勇者ジンよ。この娘を私達の事情に巻きこむことになります」

「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ゴォォォン!! とそのまま額と額を全身全霊でぶつけてしまった。


「い、痛い・・・・・・・・・・・・・・・・。女子供に、ましてや女神である私に対して暴力を振うなんて見損ないましたよ。うう・・・・・・・・・・・」

「シャラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアップ!!! 見損なったのはこっちじゃボケエエエエエエ!!!」


 両手でガッシリと頭蓋をホールドし、泣きながら怨嗟をぶつける。


「どうしてそこまで邪魔するんだああああ!」

「あなたが悪いのですよ。素直に戻らないから。それに、聖剣をあんな粗末に扱っていただなんて」

「だからっててめぇえええなあああ! あ、ちょっと待て! 体育のときもお前がなにかしたんだろ! 白状しろお!」

「そんな泣きながら訴えなくても」

「うるせぇ! こっちにとっては世界を救うより明日からの学校生活とか注目のされ具合とかのほうが大事なんだよぉ! さっさと吐けやぁ!!」

「それが人にものを頼む態度ですか?」


 プチン、となにかが切れた。


「コォォォォォォォォォ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「え、勇者ジン? なにをするつもりですか? 目が魔物のようになっていますよ?」

「フシュウウウウウ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もう限界だ。イライラが限界を突破した。


「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!」


「きゃあああああああああああああっ」


 上下左右に、女神の頭をシェイクする。ブンブンブンブン! と力いっぱい。乱暴に振り回す。


「ちょ、おやめなさい勇者ジン。そんな風にされると気持ち悪くて――――女神としてあるまじきものが出てしまいそうです。うぷ」

「そのまま出ていけええええええええええええ!! むしろ追い出してやらあああああああああああああ!! 人の人生弄んでそんなに楽しいかああああああああああああああ!!」

「いやあああああああああああ!! 誰かあああああああああああああ!!」

「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 騒ぎで起きてしまった保険医に追い出されるまで、暴走が続いた。

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