3話.科学者が機械になる話〈遭遇編〉
NBIに
上席研究員として留学したにも関わらず、私は言語の壁に苦しんだ。当たり前と言えば当たり前で、他国の言語など義務教育で小学二年生を途中で離脱した私が身につけているわけがないのだ。
父はイギリス人だが、達者な日本語を日本人よりも流暢に話していたのだから。混血の容姿で判断されては困るのですわ。
数ヶ月後に太平洋と国境線を飛び越え、態々同年代の
研究室の窓からはいつも青空の色濃い
三十数枚にもなる原稿の論文を数十程度発表して、十一歳の頃に帰郷した。研究者として多くの功績を残し、天才という肩書きと名誉を両手一杯に抱えて、日本の大地に舞い戻ったのですわ。
四年経っても、日本は変わらなかった。NBIは相変わらず京都の山奥にサロンの様に構えて研究者を集めては、よく理解のできない研究や実験を続けていた。
しかし、四年前と今とでは私の認識は抜本的に異なる部分があった。研究に対する認識が不理解では無かったのだ。紙の山脈の中で伸びた髪を掻きむしりながら苦しむ若い研究員の解いている数式を、隔離された実験動物に対して投与されている薬品の種類を一瞬で私は理解出来るようになっていた。NBIの行なっている実験が非人道的である事に気づくのもそう遅くは無かった。
これこそ、
私は研究者としての人格形成は完成され、 この
私がNBIでの地位を確立するのも、それほど遅くはなかった。年功序列など存在しない成果主義の組織において、
副所長や研究室管理者などの役職の座に着き、研究の一部を割り当てられるようになった。それでも、私の中の意識に然程の変化はなかった。何故なら、私は天才なのだから必然であると。
「いつか、僕の寝首を掻っ切って、NBIを君が統治する日もそう遠くはないのかもしれないな」
黒髪に銀髪の混じった若くも老けてもいない男。私を日常から研究者という非日常に引っ張り出した男。NBI所長━━
「思ってもいないことを言わないでください。私は飽くまで自らに課せられた
代償を、この身で支払っているにすぎないですわ」
「天才の少女が、天才の科学者になってしまったようだね」
無機質的な壁に囲まれたエレベーターによって、五○五の実験室に移動し、私はカードキーでその扉を開けた。中にはすでに数人の白衣を着た研究者がモニターを見つめていた。私の横に所長が立った。
私たちに気づいた研究員達は、次々に挨拶をする。私たちは、返答せずに培養液に満たされた培養槽の中にいる
ほぼ全裸の男が、酸素と一部の二酸化炭素の混じった気体を流し込むための呼吸補助器の管に繋がれている。私が副所長に就任してから、所長に紹介させられた
私がコレと初対面した時、所長が口にした言葉は「彼は不死身だ。決して死なない。その事を僕は既に実証済みなんだ」。
「研究資料を見せてください」
その時に近くにいた数人の研究員が、音も立てずに実験室から退散した。モニターに流れた映像は、無惨であった。モニター映像は一つが流れ終わる
その映像は、培養液の男が人間性の欠落した無感情の試験体だという事を露見できてしまうものだった。五秒間の間に映像では男が、二回、四回、十六回と段階的に縮小する画面の中であらゆる死に方で死んでいた。正確には死んでいるとは、定義できないのかもしれない。心臓を止めたり、その身体を木っ端微塵にしていたのだ。
非人道的の範疇を超えて、このようなことが許されるのかという自問が私の脳裏をよぎりましたわ。数度、むせ返りそうになったモノを自分の消化器官に帰らせている私を横目で視認してから、落ち着いた頃合いに、所長が話しかけてくる。
「どうだい?彼の細胞は細胞を分裂することで伴う人間としての寿命が無い。そして、心臓や脳も含めて切断しても無意識的に全て繋がるんだ」
そう言い放っていた所長の目は、血走っていた。所長は、生物の部類としての人間を数十回、もしかしたらそれ以上の回数、殺害行為。いや、訂正しよう。訂正するべきなのか。否。殺人行為を繰り返していたのだ。
こうして、
「こんにちは。私の試験体」
涼川照望の研究を任されて、誰も居ない私と試験体だけの空間の中で、培養槽を軽く手で撫でた瞬間。胸の奥が満たされ疼いた。私も大概だったのだ。
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