5話.NBI
私と染毬はNBI━━
「ねぇ、照望が元研究員と今でも交流があるだなんて、
私と染毬は
「ごめんください。
私は京都の銘菓を売っている、とある老舗菓子店入り口の襖障子を開き挨拶をした。
「……てっ……照望さんッ!」
色とりどりの和菓子や、瓶に入った金平糖がガラスケースの中で煌めいている。レジの前に立っていたのは、鶴ヶ峰蘭子当人だった。店のロゴの刺繍が施された
「どうかなさったんですか?
「すまない。急ぎの用事だったんだ」
私の背後から、ゆっくり染毬が出てきた瞬間に蘭子の表情が強張るのが分かった。
「まるで死人でも見たような表情ですわね」
「あっ…………いえ」
蘭子にとって染毬は、上司のような存在であった。元人間の天才少女は、研究グループの中でも二番目の地位に君臨していたのだ。世間一般の、簡単な認識的な呼称で表すのならば副所長だ。他にも多くの上位的な立場だったらしいが、長ったらしい名前のものは知らない。
「今、少しだけ時間いいかい?」
私と染毬は、二階の飲食スペースの座敷に通された。
「無限坂 玲衣を……。あなたは知っていますわね?」
無表情で、染毬は不必要な質問をする。
「……はい。勿論です。玲衣くんのお世話係でしたので」
「彼を収容していた場所のカードキー……まだ持ってるかな?」
口調こそ穏やかにしようと心がけている。しかし、今も玲衣が移動しているかもしれないと推測すると、時間との勝負である為に、のんびりもしてられない。
━━『無限坂 玲衣のお世話係』。
お世話係というのは、その名の通り身の回りの世話で、認識としては間違いは無いのだろう。
数少ないカードキーを保持できるのは、管理室にあるカードキーを自由に持ち運べ、『お世話係』という聞こえこそ可愛らしくとも、実際は一般人に最も近い人間が任命される役職であった。
蘭子は、言ってしまえば本来研究員では無いのである。
「……カードキーですか。今になって……突然。何かあったんですか?」
「あなたには、関係ないのですわ」
カードキーの引き渡しを彼女に求める限り、蚊帳の外には出来まいと私は染毬の発言を撤回しようとする。
「無限坂 玲衣が保護されている施設から脱走したそうだ」
私は染毬が
しかし、私は思う。彼女は、NBIで起きたコト。そこで生じた過去を無かったことには、したくは無いと言う気持ちがあると。
「君なら、持っているんじゃないかと思って訪ねたんだ。律儀に、私のビルに毎月、美味しい金平糖を贈ってくれている━━君なら」
蘭子の瞳の奥が一瞬揺らぐ。
「……どうぞ!」
真っ直ぐに突き出された手には、不恰好な形の布で作られた手作りの御守りが握られていた。
「あっ……あなたは、あの狂った
染毬の発する言葉には、混乱と疑念が含まれていた。表情こそ変わらずとも、声色が明らかに腑に落ちていない様子だ。
天才科学者は自らの理解できない事柄に、呆然としているようだった。仕方がないので私は、染毬の代わりに蘭子からカードキーをゆっくり受け取る。蘭子の手から、カードキーの入った御守りが離れる。
数分後、私と染毬は老舗菓子店の玄関から出ようとしていた。昨日までの大雨はすっかり止んでいた。
「朝早くに訪ねてしまって、すまなかった」
「いえいえ、また来てください。次は日和ちゃんも連れて……」
「ああ。きっと日和も喜ぶ」
「カードキー……、ありがとうですわ」
黙っていた染毬が、突然口を開いた。蘭子は、
「照望さん!私には、彼が只の子供に見えました……えっと……その、玲衣くんをよろしくお願いします」
私にとって、その言葉は意外だった。私が詳しく知らない少年の狂者性は、染毬と蘭子で異なっていたからだ。返す言葉が見つからなかった。「ああ」と返答した気がする。
再び、私は染毬を助手席に座らせて車を走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます