派遣極小国家いさみ

へーコック

短編。不思議な小さい国のお話です。

 暖かい陽の光を浴びて彼は目が覚めた。

 もう既に何度か、目にしているはずの天井だがとても新鮮に感じる。天井だけではない、周りの景色すべてが真新しい。不思議に感じながらも今、何時なのか確認する。9時40分。かなり寝てしまっていたようだ。なにせ緊張であまり眠れなかった。そのせいか変な夢を見た気がする……グローバルだとかなんだとか……まあいい。今はそんな事よりも急いで支度をしなくては!なにせ気になる女子とのデートなのだから。


 彼女との出会いは数ヶ月前、まだ冬のことだった。この日も変わった夢を見た彼は寝ぼけていた。いつもの誰かが良くわからないコロナという単語を羅列している夢ではなく、彼らの国の神が深刻な顔をして誰かと相談している夢だ。

 その日は稀に見る大雪だったので寝ぼけ眼でぼーっと外を眺めていた。

 すると、大雪の中外を出歩いている彼女を見かけたのだ。思わず声をかけた。

「そこの貴女!危ないでござるよ!」

「あら、何がかしら」

「今日は天気がよろしくないでござる。早く  中に入ったほうがよろしいと思うで候、それにあまり外に出すぎるのは神も感心せぬ」

「余計なお世話ってもんデスワヨ。ワタクシは寒いのが好きなんデスノ。でもそうね。神のご機嫌を損ねるのはまずいものね‥」

 この国は人材派遣を主な産業としている派遣国家である。人材派遣は神の采配であるとの噂もあるので、印象は良いに越したことはない。彼は頷いた。

「それにしても貴方、ござるござるって変な喋り方ね、初めて聞いたのデスわそんな言葉。」

「否、そちらこそデスデス言っておるが……」

「あら、本当だわごめんなさい……ウフフフ」

 そう言いながら彼女はこちらに近づいてきた。


 遠くからではよく見えなかったが、近くで見る彼女はそれはそれは美しかった。

 雪景色よりも白いのではないかと思える肌にツルッとしたシャープな顔つきをしている。丸丸として真っ黒な肌を持つ彼とは大違いだ。彼は少し緊張しながらも彼女と世間話をした。

 少し話してみると、一見冷たそうなイメージとは裏腹にとても気さくな人物なようだ。それに服をよく見てみると同い年だという事も分かって馬があった。彼は彼女についてもっと知りたいと感じ、様々なことを聞いた。

 どうやら彼女はお嬢様の中のお嬢様らしく普段は外出すら許されない本物の箱入り娘のようだが、警備の目をかいくぐって外に出てきてしまったようだ。おてんば娘、というやつである。

 同じリズムでしんしんと降り続けている雪を眺めていると、永遠に二人の世界が続くような気がしていたが、ふと彼女が「アラ、もうこんな時間だわ、そろそろお家に帰らなくっちゃ」と呟いた。

 だが、二人共なんとなく動かなかった。しかし彼女には門限がある。仕方なく帰り支度を始めたが、彼女はふと言った。

「……ワタクシの家あそこなの。中は常に涼しいノヨ?すごいと思わない?ぜひいらしてくださいデスワ」雪よりも白いその肌を染めながら彼女は言った。

「ぬ。うむ。」

 彼は緊張してそれしか言えなかったが、次会うことができると言うことが嬉しく、彼女の姿が見えるまで見送り続けた。



 その後、彼女の家には何度も通ったが中に入れてもらえることはおろか、会うことすらできなかった。

 何度も追い返されたが彼は諦めず、何度も通った。じっと外で待っているとふと彼女と目があう。彼女が手を振ってくれる。その時間があったからこそ彼は辛抱強く通うことができたのかもしれない。

 そんな日々を過ごしていた。

 しかし、毎日来る彼を煩わしく感じたのか彼女の保護者はついに根負けした。

 門の前でのみ、という限定だっだが、5分程度の会話をする事が出来るようになった。通う内に彼女も心をひらいてくれたのか、周囲には秘密にしている事まで教えてくれた。

「実はワタクシ、この国の外に興味があるのよ。それでたまーにこっそり監視の目を盗んで、散歩しに行ってるんデスワ。バレたら怒られるのでそんなに遠くにまでは行けてないですケド」

 彼は彼女に初めてあったときのことを思い出していた。あのときの彼女は、そのまま雪景色の中に溶け込んで、どこかへ行ってしまいそうな、そんな不安を感じさせた。

「し、しかし、あまり遠くに行くのは掟で禁じられておるが……」

「何よ掟掟って、お父様みたいなこと言うのね、ガッカリ」

 彼は焦った。焦ってとっさに、

「い、いや、今のはその……違うでござる。そうだ、外の世界に行くでごわす。誰にもバレない日なら大丈夫でござる。」

「マア、貴方ったら。驚かせないでよ。掟破りなんてワイルドで素敵デスワ。じゃ、約束ね。」

 そういう経緯があって彼らはたまに何度か外の世界にデートにいくようになった。

 掟を破る事に少し罪悪感もあったが、初めて会った時からしばらく経っているのに彼女との関係があまり進展していなかったので、彼は喜んだ。



 それは最後のデートから数ヶ月前経った後の久しぶりのデートだった。彼は楽しみすぎて緊張であまり眠れなかったため、少し寝坊していた。

 待ち合わせの場所までいくと彼女は汗をハンカチで拭いながら待っていた。

 普段は神の目があるので控えていたが、今日はいないようなので、初めて外でピクニックをしようということになった。

 その日は特に暑くいわるゆ猛暑日だった。

彼女はとても暑がりで常に汗をダラダラと流している。

 ちょっと異常なくらい汗をかいているので疑問に思ったが、彼女が大丈夫だと言うのであまり気にしなかった。

 途中、忘れ物をして家に戻る必要があったので、彼女を待たせていた。

 しかし、戻ると彼女は見当たらなかった。愛想を尽かされたのかと落胆したが、ここから外の世界に行く道は一本しかない。それならすれ違うはずだろう。

 何か変だと感じながら元の場所に戻ってみるとそこには彼女のものと思われる衣服と両足、それと水溜りしかなかった。

 なにが起こったのか理解できず、呆然とする事しかできない。

 一体何が起きたのか……。彼女は忽然と姿を消してしまったのだ。



 彼女の父親に事の次第を伝えると、その白い肌を真っ赤に染めながら尋ねた。

「…お前ら外に出ていたのか…?お前が娘になにかしたのか…?」

 違う、私は彼女を愛していた。そんなことをするはずがない。

「我はそんなこと……何もしておらぬ!」

「いや、お前が神の掟を破り娘を外に連れて行ったせいだ……娘はその罰を受けた。お前が殺したんだ。やはりお前らの種族は信用できぬ。本来我らは派遣先を奪い合うライバル同士だろう。」

「しかし、掟や種族などというものは古い考え方でござる!今の時代、そんなものに縛られるのはおかしい!グローバルで科学的な時代でゴザルぞ!差別反対でござる!フェミニズムでござる!」

「掟破りのせいではないというのなら、他に何かできるのはお前以外にいないだろうが!お前らしか外に出ていなかったんだからな」

 確かに周りには誰もいなかったし、こんな暑い日に外出するものなど、一人もいない。

神の掟に特に気温の高い日には外出してはならないというものがあるからである。

「し、しかし我は何も‥」

「いや、たしかに掟というのは古い考え方かもしれない。それは認めよう。今はコロナに対してのワクチンまである。科学技術がすべての時代だからな!やはり貴様がなにかしたのだ。認めぬというのなら神に捌いてもらもう!」

「ああ、いいでしょう!」


 だが、神は期限が悪いようである。神に相談してもこちらを見もせずに、そらあんたしょうがないよ、としか言わない。

 この国の神はいくつもの掟を定めていて、それを破ることは神に背く行為でもあるから怒るのは当然かもしれないが……。


 彼と父親の言い争いは続き、周りを巻き込み、次第に一触即発の状態になってしまった。以前のようなほのぼのした雰囲気はなく、皆が殺伐としていて居心地が悪い。

 それは夢でも同じだった。

 最近の夢では神は酷く焦っていて、だれかにしきりに話しかけており、時折落ち込んだりしている。

 彼は考える。

 それもこれも彼女がいなくなってしまったせいなのか。特に人材派遣を生業としているこの国では人は宝だ。極小国家なこともあって一人の価値は大変大きい。

 それにしても…あぁ、本当にどういうわけなのだろう。掟を破った祟りなのか……いやまさか、そんな筈はない。

 では一体誰が?



 ある日、神がいい加減見かねたのか仲裁に入る。

 一体どうしてこうなったんだい?

 私達が事情を話すと神はしばらく訳のわからないといった顔をしていたが、合点がいったのかぼそっと呟く。

 アイスクリームが消えた‥?あぁあれか、そらあんたアイスクリームは外にいたら溶けるだろうに。

「神、アイスクリームとはなんですか?」

 あぁ、いいいい。なんでもないよ。とにかく暑い日は外に出ちゃだめだよ。せっかくの商品なんだからお客様の元に派遣されるまでに台無しになられちゃ困るじゃないか。いつも言ってるだろ?いいところに派遣されれば一生安泰で過ごせるからね。はー、まったく、去年の冬に仕入れたお菓子が殆どだがコロナや寒波の影響で誰もお菓子を買いに来なかったからね…

 こんなに長い間売れてないのは初めてだからわからんがどうやらいつの間にか客の話を聞いて知恵をつけちまったのか…

 これは急いで皆派遣しちまったほうがいいかもしれないねぇ‥

 さ、開店の時間だ。みんな、いいとこに行けるようにいつもどおりシャントしな。


「坊やいらっしゃい、ようこそ駄菓子屋いさみへ!今日は消費期限の近いものばかりだから、お安くしとくよ!さあさあどれにするかね?

オススメはそこの丸々とした黒糖まんじゅうと、雪のように白いミルクアイスクリームかな。まあウチのお菓子はみんな『生きてるかのように』味わい深いものばかりだからどれでも美味しいよ!」

 次第に意識を失っていくまどろみの中で、神が何を言っているのかは分からなかったが、いつも通り私達は棚のなかで横になった。

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派遣極小国家いさみ へーコック @kaiayu91

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