送信取消せるのって便利

『てんちゃん、一緒に風呂入ろう』


 晩御飯を一緒に食べて。部屋に戻って。

 ベッドに寝転がりながら、このメールをてんちゃんに送ろうか、悩んで悩んで、悩みまくる。


 文字を打つだけ打って、消して。

 文字を打って、消して。

 それを繰り返している。


 きっと私には、これを送る勇気はない。


 でも、送りたい気持ちの方が大きくて。

 だからこんな意味もないことを繰り返しているんだと思う。


「どうしよ……」


 そう独り言を呟いた。

 と同時にてんちゃんからメッセージが届いた。


『私、先に風呂入るねー』


 私の考えてることを見透かしたような内容だった。


 ……やばい。

 これ即既読ってやつだよね。

 なんかネットでそういう単語を見た気がする。


 この日本で普及しているメッセージアプリには、中々不便なことに相手が自分のメッセージを見たか分かる機能が付いているのだ。

 今までそんなに気にしていなかったけど、こういうのはなんかまずい。

 返信を待っていたみたいになるじゃないか。


『あれ、見てるー?』


 またきた。

 やっぱりバレてる。


 私は焦りながら、打っていた文章を消し、新しい文を書く。


『ごめん。文字打ってた』


 ここは一応正直に言っておく。

 ……風呂のことは言わないけど。


『なんて打ってたの?』

『なんでもない』

『気になる( ˙꒳​˙ )』

『なんでもないよ( ˙꒳​˙ )』

『(´・д・`)』

『<(_ _)>』


 なんだこれ。

 会話ですら無くなってしまった。

 ちょっと楽しいけど。


『そういうわけだから風呂入るねー』


 ……ここで、一緒に風呂入ろって言ったら、なんて言ってくれるのかな?


『ねぇ』


 勇気を振り絞って、送信してみる。

 だけど既読はつかなかった。

 そう思っていたら、私の部屋の前を過ぎる足音が聞こえる。


 ……もう風呂にいったのか。

 安心したけどなんか複雑。

 今から風呂に突撃してもいいかもしれないけど、嫌がるだろうな。

 なんて思いながら、送信した文章を取り消す。

 送った文章を取消せるこの機能は便利だと思う。

 『◯◯さんが送信を取り消しました』という文章は出るのだが、打った言葉はバレない。


 だから、


『大好き』


 こんなのを書いてもてんちゃんには分からないわけだ。


 その文字を見て、こんなのを書いている自分に、恥ずかしさの感情を抱いてしまう。

 そう思っていても、ばれないから次の文を打つ。


『愛してる』


「んーーー!」


 もっと恥ずかしい。

 ベッドの上で足を無意識にバタつかせてしまう。


『結婚して』


「あぁぁああぁ!」


 これはダメだ。

 何がって、自分がダメになってしまいそうだ。

 消そう消そう。


 というか。

 日本は厄介なことに同性婚が認められてないんじゃ無かったっけ。

 遅れてる国だなって思う。

 だから、てんちゃんと結婚する時は海外かな。


 ……んー。

 どこがいいだろう。

 私的には、ヨーロッパあたりがいいかな。

 フランスとか行ってみたい。

 イギリスも捨てがたいしー。


 ……。

 ちょっと待って。

 なんで私は結婚のことを考えているんだ。

 早い。早すぎる。

 付き合ってすらいないのに。

 てんちゃんには、私のことが好きでも、私と付き合う気は無いのに。

 まずは付き合うところから初めないと。


『付き合ってください♡』


 あ。

 打ってみたはいいが、謎の予測変換で可愛いハートがついてしまった。

 これもすぐ消そう。ぽちぽちっと。


 でも、このメッセージのやり取りも、付き合ったらどんな風になるんだろう。

 毎晩好きって言い合ったりとか?

 『愛してるよ、お姉ちゃん』とか言われたり?


 やっばい。

 ちょうはずい。


 でも。

 こういうのを妄想するだけでも、その瞬間だけは、満たされた気分になる。


 やがて、てんちゃんが風呂から上がって『なにをそんなに沢山消したの』と言われたのはもっと恥ずかしかった。

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